第十七話 竜と龍

四月二十三日月曜日


「未知の物質ぅ?」

「ダッテソンナ物、聞イタコトナイモノ」

「マントの話すような海水を甘くしたり、川を逆流させたり……ネ」

「……」

 ドラゴンさんは黙って聞いている。

「第一そんなおとぎ話のような……」

「……おとぎ話ネ」

 バードさんの言葉にラビットさんはうつむいた、


同日 某高校内 教室


「何で月に人が住んでんだ?」

「今みたいにコロニーがあったのかもよ?」

 教室がどっと沸く。古典の時間だった。実際のところは地球の戦争で邪魔になった人間たちを『優性種』と騙して棄民したことから始まっているのは、中学の頃に習っている。今ではメカリンピックなんてもんが開かれるぐらい幸せな時代になったけれど、地球全土がそうでもない。奴隷もいるし難民もいる。ちなみに今日の課題は『かぐや姫』だ。でもまあ帰って行くのに使ったのがシャトルのような物なら、月の居住地に帰って行っただけとも思える。

「おとぎ話ってうさんくさいの多いよねー、浦島太郎とか金太郎とか」

「金太郎に関しては改造人間だったんじゃない?」

「改造人間……」

 思わず見てしまうのは彼氏の方だ。

「……言っとくが俺はクマに乗ったりしないぞ」

 机のコンソールから低い声が聞こえて、ばれてたか、と舌を出す。でもまさかり担いでクマに乗ってる志藤君を想像するのはちょっと楽しかった。


放課後


「さあ! 出勤出勤!」

「こら、遊びに行くんじゃない」

「違う……突っ込むべきところは……」

 仁君の小さな声を無視して私は鞄をぶん回す。

 ――そもそもなぜ一般人が出勤する?

 聞こえないわね!


「あっ」

 PCに向かってハッキングを掛けていたバードさんの声に、ラットさんが振り向く。

「ウェンディーの事を調べてたんだけど……」

「何? あくどいことでもしてた?」

「んなもんばれてんじゃん?」

 ドッグさんの言葉にふるふるっとバードさんは長いおさげ髪を揺らす。

「いえ、今調べてみたんですけれど例の石、『物体X』と言うコードネームなんですが、三つ発見されてるの」

「数が合わないねえ……」

「多分、モシモノ為ニ一ツは極秘ネ」

「よし、じゃあそれをエサにマントをおびき出そう」

「どうやってです? 課長」

「……張る!」

「んじゃ俺が行く。この前の借りは返さねえとな」

 言ったタイガーにハーブ博士がブーイングする。

「タイガー、アンマリ無理シチャ駄目ネ。コノ前ノ痣モマダ残ッテルネ」

「俺も行くぜ。子猫ちゃんの話を信じたわけじゃないが。気になる」

 腕組参戦。

「私はどうしよっかなあ……」

「私は行くネ」

「よし、私も行く!」

 ドッグさんとラビットさんも参戦。

「ああ、じゃあこの四人ね。それじゃ……」

「……俺も行かせてもらう……」

 ドラゴンさんの言葉に御笠博士が驚いた。

「え!? 珍しいね、こう言うのに参加するなんて」

 ラビットさんが注意深く、その様子を窺っていた。


屋上


「やっぱりマント、気になるネ?」

「……」

「今回はシドー君も一緒ネ。必ず捕まえるネ」

「……ああ……」

 日は暮れ、ウェンディーカンパニーを六人プラスイレギュラー一人が張っていた。

「って何故いる!?」

「気にしない気にしない。現代の金太郎がどうやって鬼をやっつけるのか気になって」

「あのな……」

「シッ。誰か来るネ」

 ウェンディ―の社員らしかった。手にはスーツケースを持っている。

「まさかスーツケースとは思わないだろ、奴も」

「ふふ、まさかな……」

 そう言ってビルの中に入って行った。

「やっぱもう一個あったんだな」

「そのようだ……あとは餌に釣られてそのマントが来れば……」

 ドラゴンさんとラビットさんの気配がとがるのが電波で分かる。何かあるのだろうか、あのマントに。

 八時を過ぎた頃だった。殆どの社員は帰宅していて、明かりのついている窓もまばらだ。その時、志藤君のセンサーに引っかかる物があったらしい。私の電波もわずかに共鳴する。

「来た……屋上だ!」

 私達は急いでビルの中に入り、スーツケースの男たちを追った。

「な、なんだあんた達は!? いったいどうやって中に……」

 モンキーさんがチャチャッと入館証偽造してくれましたとは言えない。

「それよりもその中身、狙われてるぞ」

「何!? この前のマントか!?」

 と、そこでひらりと外套が降って来る。よく見ると人一人ギリギリ通れるぐらいの穴が天井に開いていた。

「来やがったぜ!」

「何だ、優男だな。本当にこいつがお前を一撃で?」

「おお、何なら試して来いよ」

「そうだな!」

 そしてタイガーさんとボアさんが突進していく。

「気ぃ付けろ! 抜きこそしねえが後ろのは刀だぜ!」

「くたばれ!」

 ボアさんの一撃が床をめり込ませ、亀裂が走る。辺りに土煙が立った。

「ちっ……はしっこいやつだぜ」

 すかさずタイガーさんが向かう。

「今回は怪我しても知らねえぜ!」

 タイガーさんの義手から飛び出す爪は、見切られたようにかわされた。

「お前、この間の奴か……中々タフだな」

「まあな!」

 爪がとうとうマントをとらえた、けれど、それはフードを切り離したに過ぎなかった。

「チッ」

 後ろからボアさんも来てる。挟み撃ちだ。

 マントは刀を抜いた。ただし鞘は付いたまま、そこには何の殺気もないのを、私達――ううん、私は知っている。そんなに鋭敏な電波じゃない。もっと静かな――湖面のような、凪の海のような、静かな鼓動。

「悪いがこの前より強めだ……」

 マントの剣撃が二人をぶっ飛ばして、壁にめり込ませた。

「あのでかい二人を一瞬で!?」

 ドッグさんが驚く。

「ぐぐ……」

「うぐっ」

 煙が晴れて、マントの顔が確認できた。栗色の髪に青い眼、口元のマスクを下げると、この前見たのと同じイレズミがしてある。と、ドラゴンさんが見たことのない様子でうろたえるのが分かった゜

「……やはり……あなたが……なぜ……」

「お前も機動課だったか。確かコードネームは……ドラゴン」

「えっ何々、二人とも知り合いなの?」

 空気を読まずに野次馬根性になると、ラビットさんが静かに教えてくれた。

「そのマントはドラゴンに格闘術なんかを教えた人ネ」

「それってつまり……」

「師匠……」


「師匠だか何だか知らないけどとりあえずとっ捕まえる! ロンツァMAX!」

 最大レベルの銃撃に後ろに吹っ飛ぶドッグさん。『イリュージョン』の銃撃は小柄なドッグさんには少し荷が克ち過ぎるのだと、シープさんは言っていた。

「ヘルメス!」

 どこからともなく突風が吹いてきて、壁となり攻撃を防ぐ。

「!? んなろぉ! ルーパ! レオーネ! ロンツァMAX!」

 四方八方からの銃撃にさらされながら、マントは眼を閉じていた。逃げきれないところでロンツァMAXをぶち込む、どうやっても逃れられないはず、の、それに。

「んなっ殺す気ネ?」

「いや……師匠には無意味だ」

 鉄拵えの鞘がすべての弾丸を落とし、ロンツァすらも他の弾丸と同じように弾き飛ばされた。

「何だ今の……」

 ぺたん、とへたり込むドッグさん。当然だろう、必殺の技が必殺でなくなったのだから。

「たとえ師匠だとしても泥棒は良くないネ! 行くあるドラゴン!」

「泥棒か……それはカンパニーの奴らの方なんだが」

「円裂爪!」

「! そうかお前、アイツの……」

 アックス状の武器が振り回されるのを次々とマントは躱していく。

「足元ががら空きだぞ」

 ラットさんの時よりちょっと強めに足を掛けるマントに、ラビットさんが倒れた。

「残るは二人……」

 息をのむドラゴンさんと志藤君。

(私が数に入れられてない!)

 ドラゴンさんは右下に刀を構えた。

影断抜刀流えいだんばっとうりゅうから竹誘いの構え……良いだろう乗ってやる」

 マントは頭上で構えた。

「いつでも良いのか?」

「……いつでも」

 二人とも鞘は抜いていないのに、殺気がビンビン電波になって頭が痛む。呼吸をするのも億劫なぐらいのそれに、だけど志藤君は二人を凝視していた。一つも見落とすことがないようにと。

 先に動いたのはマントだった。

「鞘こそついてるがすごい勢いだ……」

「影断抜刀流から竹崩し……」

 マントの刀身を刀の底で受けるドラゴンさん。

「振り下ろしは力を強く加えることが出来るが、命中率に欠ける。軌道を変え、更にそこからカウンターを掛ける……良い手だ」

「影断抜刀流……鎧貫き!」

 マントの胸を目掛けて強烈な突きが入る。

「……」

「や……殺ったの?」

「いや、まだだ。と言うか殺さない」

 弾かれた刀身の勢いで今度は突きを持ち手の底で受け止めていた。

「何コレ……流浪人剣〇じゃん……」

「さしずめマントは師匠ネ」

「お前たち詳しいな……俺のデータベースにもハーブ博士が勝手に入れたのがあるが」

「……鎧払い!」

 本来は弱い脇や腿を突くわざらしいけど、鞘付きなら打撃技にもなる。

「ふっ……」

 すべてを払われてドラゴンさんの顔に鞘のままの刀身が突き付けられる。

「勝負ありだな……」

「くっ……」

 隣で志藤君が腕時計を口元に充てた。ちょっまっ

「……爆着」

 ドゴォンとボアさんの一撃にも劣らない衝撃波が起きる。また埃だらけになったそこで、私はゲホゲホ咳き込んでいた。

「げほっ、先に言ってよ~……」

「SID……お前は02の方だな」

 そう言えば01ってどこなんだろう。誰なんだろう。今更そんな事が気になる程度には、彼氏の実力を信頼している悌子ちゃんです。うちの彼氏は世界一強い。絶対。と、クサナギを抜くそぶりを見せたので、ちょっと距離を取る。それでも割と熱い。

「プラズマカッター……これは鞘を抜く方が良いな」

 マントも剣を抜いた。

「見せてもらおう……この時代の『メサイア』の力!」

「『メサイア』?」

 救世主の事で良いのかな、なんて頭の隅で考えているうちにマントは志藤君に向かって行く。早い。志藤君が走るのより。もしかしたらもっと。

「くっ、速い」

 左手の打撃を受け止める。

「くっ」

 クサナギを振る。だけどそこに相手はいない。消えた、かと思った瞬間、相手が屈んでいるのが見えた。そのまま自分が抜けてきた穴を逆に通って行くように志藤君を殴り抜けるのが見えた。まるで昇竜拳のごとく。そして爆着スーツが割れる音も、響いて来た。

「がはっ……お前、まさか……」

「言っておくが俺はAWDでもまして魔法使いでもない……」

「何故、石を狙うっ」

「先も言った通り、あれはもともと我々の……否、すべての生き物のものだな。何れにせよ個人が、まして私利私欲のために使うべきものではない」

 屋上で膝をついている志藤君に、マントは淡々と告げる。

「どういう事だ?」

「……この世界を構成している物質は、さまざまある」

「……」

「その中の一つに、不完全、不安定な物質がある。それはその不安定な状態を利用し別の物質に様々な干渉をし、組織・性質を変える」

「それが……海を甘くしたり、川を逆流させる?」

「その通りだ。そしてその物質にはもう一つの性質がある」

「他物質の性質を変える以外にか?」

「この物質には……意思があり。進化もすれば衰えもする」

「な……生物か!?」

「それは俺にも分らん……勿論お前らの『科学』でもな」

「お前は……一体……」

 そこで下からエレベーターと階段で追い付いた私達が屋上に到達する。

「志藤君、無事!?」

 流石に屋上まで吹っ飛ばされた彼氏を信用できない彼女である。だって爆着スーツが割れたんだもん。音まで聞いたもん。めきってしたもん。心配にならないわけがない。元々のボディも弾丸ぐらい平気だと言っていたのは御笠博士だけど、今はさすがにそれを信じる訳にもいかなかった。大砲だ、あんなの。

「無事、のようネ……何か話してるネ?」

「人間……元人間、か」

「何故お前はその石に詳しいんだ」

「そんな事はどうでも良い……今のお前たちに話したところで信用するはずもない」

「ならば公務執行妨害も兼ねて力づくで聞く!」

「そうだ……お前の力、見せてみろ」

 志藤君が消えた。いつものカウンターアタックだ。

 マントは動かない。その後ろに、志藤君が現れる。

「よし、とらえた!」

 クサナギが振り下ろされる。が。

「んなっ!?」

 実体剣で受け止められた。金属をも蒸発させるあのクサナギが。

「ば、馬鹿なッ」

「こんなものか?」

「くっ」

 バックステップで再び攻撃を仕掛ける。

「放電……スパークソニッカーある!」

「ほう……ならば!」

「向こうも放電した!?」

「パワー、スピード、耐久力……どれも中々だ」

「はああああああ!」

「だが俺とお前の違いは?」

「おおおおおおお!」

「……経験だ」

 激しい放電同士のぶつかり合いに、シドー君が後ろに吹っ飛んだ。安全柵も何もない、虚空へ。

 だけどその手は、マントがしっかりと掴んでいた。


「あいつ……」

「何者なんだろう。志藤君も助けてくれたし。石はちゃっかりかっぱらって行ったけど」

「いけすかねえ……」

「ああ、何かドラゴンの奴に似ていやがる……いてて」

「身体、大丈夫アルか?」

「大丈夫だろ! 丈夫そうな身体だし」

 署に戻る六人とその他。勿論その他はこの私なんだけど、私は志藤君にお姫様抱っこされていた。

「おい……まだ立てないのか?」

「いいじゃん、もうちょっとこのまま」

 ぎゅぅ。

 最近ロッテちゃんに志藤君取られてたし、たまには彼女の特権を駆使したいのだ。いや、志藤君が落ちたと思って腰抜かしたのも本当なんだけど。腰って本当に抜けるんだなあ、慣用句かと思ってたけど。

「まんまと石は持っていかれたネ」

「ま、良いんじゃない? カンパニーはあくどいことしてたし、マントも悪人じゃなさそうだったし」

 とりあえず無事に生還したことを喜ぶ。この後、始末書が待っていることも知らずに……。

「(本当『人』なのだろうか……ティラ……)」


「……! なぜ俺を助ける?」

「別にお前に恨みはないんでな……」

「お前の……否、お前らの目的はなんだ?」

「!? そんなものはない……しいて言えば世界の流れを傍観することだな」

「神様にでもなるつもりか?」

「お前らから見れば、そうかもな……」

 マントはフ、と笑った。それで志藤君は戦意を失った。

「変な奴だ……」

「お前もな。そろそろ人が集まって来る。俺は行くぞ……機会があればまた会うだろう」

「ああ……」

 やがてビルの中から警備員たちも出て来る。混じって機動課とその他も。

「お前らは俺達の事を知っているようだが、俺達は知らない……何と呼べばいい?」

マントは後ろ向きから顔だけ振り向き、ふ、と笑った。

「ティラ……だ」

 そうしてマントは屋上から消えた。

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