第十二話 『P』
「前科リストにも該当なしか……」
「ああ、文字通りファントム――亡霊だな」
暗い機動課のPCルーム、志藤君とモンキーさんはそこにいた。モンキーさんの口調もいつもとは違って軽くない。
「特殊MW『ソウルイーター』、それを奪った仮面の男……おそらくそいつがファントムだな。仮面に装飾的だが『P』と読める字があった」
「発覚してるジオブランドの社員リストにもないしな。今はまだ情報が少なすぎるぞ」
「……やはり強くあぶり出すか……」
と、そこで突然ドアが開く。
「あん? 電気も点けずに野郎二人が何やってんの?」
言いながら壁の電気のスイッチを点けたのはドッグさんだった。片手にはアイスバーを持っている。どうやら共同浴場を使った後のようで、頬も赤く火照っていた。くっくっく、といつもの笑いに戻るモンキーさんに、無表情な志藤君。
「まあ、お前が考えるようないやらしいことはしてないなあ……くっくっく」
「べ、別にそんなこと考えてねえよ! キモイ!」
「ところで何を持っているんだ?」
アイスパーではないもう片手に白いビニール袋をぶら下げているのを見て、志藤君が訊ねる。今時見掛けないものだった。マイバッグが主流の時代である。ああ、とドッグさんがふらふらそれを回して見せる。誰かからのもらい物だろうか。
「これ? クサヤとか言ってたなあ、昨日スーパーが大売り出ししててさあ、シープがプレゼントしてくれた。どうやって使うのかは知らないんだけど」
キラン、と眼鏡越しにモンキーさんの目が光る。
「ああ、それ食うんだよ、火であぶって……」
「へー、食べ物なのかあ」
「よし、調理場行くからついてこい……くっくっく」
その後米国人のドッグさんは日本人の感覚を呪うことになるけど、それはまた別の話だ。
四月十七日火曜日 某高校廊下
「そ、そうよね、確かに仁君も同じ高校なのよね……(一年間気付かなかったぜ)」
「うん、隣のクラスだよ」
「へ、へぇ……(存在感無くて分かんなかったぜ)」
偶然廊下で行き合った仁君に驚いているのをばれないようにするけれど。ここまで動揺していたらバレバレだろうか。隣で志藤君がIDを見て、ふむ? と首を傾げる。
「二年二組と言うとあいつと同じクラスか?」
「あいつ?」
「前にテストの後で俺の机のところに来て一人で盛り上がってた奴がいただろう」
「き、菊園院さん……」
「そうだね、同じクラス」
ちょっと頬を赤くして仁君が頷く。まさか。あの姉がいるぐらいだからあの程度は許容範囲内なのかしら。思っていると友達の姿が見えて、おーい、と呼ばれているのが分かる。
「いたいた、探しちゃったよ。昼休みの逢瀬の時間に失礼します、姫」
「いや誰が姫やねん」
思わず突っ込みを入れるけれど動じた様子はない。さすが我が漫研部員、ちょっとのキャラの変わりようには動じない。志藤君と違って。
「まあまあ。五・六時間目の体育、一・二組合同だってさ」
「何でまた?」
「うちの方の先生が熱出して早退したんだって。学期始めは大変だからねえ、先生方もさ」
「っそ……」
そうして一組二組、男子は合同サッカー、女子はドッジボールをすることになる。
「君が転校してきたという志藤君だね?」
いかにもボンボンっぽい見掛けの男子は二組の向町君だ。正直態度が菊園院さんよりでかいから鼻につくし好きじゃない。
「ああ……」
「この前のテスト、いきなり一位だったそうだね。いったいどんな手を使ったんだい?」
「右手だが」
「うっ……どんな不正をしたのかってことさ」
「いや、特に何も」
「ま、ボロを出さないように気を付けたまえよ……」
去っていく向町君。傍で話を聞いてた一組の男子がふんっと鼻を鳴らして息を吐いた。
「ったく、相変わらずムカつくボンボンだな」
「いるんだよなあ、ああ言うの」
「……誰だ?」
自分のクラスメートぐらいしかインプットしていない志藤君は、直球で訊ねた。
「向町っつって、大手会社のボンボン。成績良いし運動も出来るけど、性格がアレでな」
「中学の頃はテストで一位よく取ってたなあ」
「あ、お前同中だっけ」
「ああ、で、高校に入ったら落ちた」
「何で?」
「まあ今回は志藤の出現もあるけど……」
男子の視線をたどっていく。そこには勿論――。
「菊園院か……」
先日まで学年トップを爆走していた菊園院さんだった。
「二組ってエリートが多いからさ、ああいうの多いんだよ。一番になりたいってのが」
その二組にいるのが仁君だったりするのである。
そうして男子は五時間目をサッカーで終え、六時間目は何をしようかと言う会議に入っていた。
「バスケのコート空いてるからバスケやんねえ?」
「でも人数足んねえよ。殆どサッカーで使い切っちまった奴ばっかだし」
「志藤、バスケやんねえ?」
「ああ、別に良いぞ」
「あっ、俺もやる」
二組の仲の良い男子も入って来る。
「あと一人欲しいなあ……」
「おや、バスケでもやるのかい?」
声をかけて来たのは向町君だ。バスケ『でも』って辺りの言い方が非常に鼻について嫌味だ。菊園院さんは志藤君の一位を『努力』と評価したけれど向町君は『不正』と認識した。おそらくそれで、志藤君の身体能力の真贋を見極めようとしているんだろう。
「あ? まあ……」
「どれ、ではお手合わせ願おうか?」
その視線は志藤君に向けられていて。
二組の男子がひそっとその耳にささやきかける。
「お前……気に入られたみたいだぞ」
同情を含んだ言葉だった。
向町君の後ろには取り巻きが四人の計五人、こっちは志藤君も合わせて四人で一人頭数が足りなかった。
「僕の方はこれでちょうど五人だ」
「おお待てよ、こっちまだ一人足りてねえんだ」
「何人いても同じさ……凡人はね……」
ほんっと嫌な奴だった。
「……仁、お前暇か?」
隅っこの方で休憩していた仁君に、志藤君は話しかける。びくっとした仁君はしどろもどろ、うん、と頷いた。
「じゃあ五人目はこいつで」
「誰?」
やっぱりあんまり知られてなかった。
試合が始まって間もなく、ギャラリーはいっぱいになった。口だけではなく実力もある二組のエリート軍団はどんどん点を入れていく。
「ふ……やはり凡人は……」
余裕の顔の向町君。
「かあっ遊びでも人を見下しやがって……」
「志藤、何か言い返せよ」
「ん? 何をだ?」
あくまで冷静な志藤君。呼吸一つ乱さずに。
「何でお前、そうクールなの……?」
「って言うか余裕だなあ……息ぐらい乱せよぉ」
「そうだな……」
志藤君にボールが渡る。瞬間、志藤君は一気に自分コートの端から相手コートのゴール下まで移動した。そしてそのまま――。
「な、何をした!?」
「レイアップ」
「いやそうじゃなくて……」
当然向町君も驚く。
「よしっそのノリで相手からボールを取っちまえ!」
相手も志藤君にボールを取られまいと警戒するけれど、一瞬後にはそのボールは志藤君の手の中にある。志藤君に三人のマークがつく。
「何としても志藤からボールを取り返すんだ!」
一人目が襲い掛かる。そのカットは空を切る。
横にずれた志藤君にすかさず二人目が向かう。一人目の後ろに隠れていて見えなかったのだ。だけど当然そのカットも避ける。
予想通りお決まりの三人目もいたけれど、無駄だった。
「この先には行かせない……!」
思えば高校の体育のバスケなのに殺気を発しているところがすごい。
一瞬止まった志藤君。当然ダブルドリブルは反則なのでもうそこから動けない。
「うっ……なんだあの二人が放つプレッシャーは……」
「体育で殺気って……」
にらみ合いが三秒続いて、先に動いたのは向町君だった。
「チェストー!」
なぜ薩摩示現流。と言う突っ込みもなく、くるっと志藤君は後ろを向いて。
「パス」
ボールはパスされ頭からリノリウムの床ににのめり込む向町君。ボールが渡ったのは仁君だった。
「んな……しかしあの距離では」
鼻血を出しながらも余裕の向町君。三十対三十二、残りは六秒。仁君がいたのはハーフラインだった。
「何で仁なんだよ、俺にくれよ!」
「いやそれよりフリーの俺に」
「右に二度、上に三十五度……」
長い前髪がふわっと浮くと、中性的でちょっと御笠博士に似た顔が露になる。
ジャンプと共に投げられたボールはゴールに吸い込まれるように入った。
「は!?」
向町君の声。
「あの距離でか?」
「ハーフラインからだぞ?」
カウントがゼロになり、試合は終了した。
「見た?」
「……見た見た」
ドッジボールをやっていた一部の女子は見てしまったのだ。仁君の顔を。普段は目立たない前髪のその奥を。
否、女子だけではなく。
「おい、お前すげえな!」
「それに結構かわいい顔してたんだな!」
「好きになって良いか?」
フリーセックスの時代です。少子化は収まったので、やっぱりゲイは関係なかったんだなあ、あれ。
「ごらぁあたしの仁君に近付きすぎよ!」
「何言ってんの、あたしのよ!」
みるみる仁君の周りに人が集まる。その脇では。
「おのれ志藤……この借りはいずれ……」
ひっそり憎悪の炎が立っていた。
「しっかしまだ残ってるとはね……」
「相手チームは三人、こっちは二人ね……」
「あ、一人減って二対二だ」
「くっ、吉岡さんこっちですわ!」
「はいっまどか様!」
ちなみに菊園院さんの横で花びらを撒いているのが吉岡さん。
そう、女子のドッジボールはまだまだ六時間目の最後になろうとしているのに続いていたのだ。
コートに残っているのは……。
「まだまだぁ! 菊園院タマ取ったらあ!」
「まどか様危ない!」
菊園院さんを庇ったボールが吉岡さんに当たった。返すボールで一人アウトを取った菊園院さん。一対一。一対一? え? ちょっと待って。
「え? え? みんなやられちゃったの?」
身体能力も高くなく、文化系の私が残ってしまった。いつもこうだ。だって私には――
「ッそこ!」
そう、無敵の電波がある。
「あいつ昔っから勘と運は強いからなあ……」
そのまま避け続けていると、六時間目も終わりに近付いて来る。
「はあ、はあ……どうやら正攻法では無理のようですわね……」
「はあ、しんどい~……」
時間的に最後の一球。
「桂橋さん! ポケットから百円落ちましたわよ!」
体育の後には水分補給のために持っている、唯一の現金だ。え、と思うと菊園院さんが大きく振りかぶって――
「あ、ほんとだ。危ない危ない」
私の避けた菊園院さんの全力のボールは、体育館の片づけをしていた仁君の頭にぶっちぎりで直撃した。
そうして六時間目が終了する。
「ふ……中々やりますわね、桂橋さん……」
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