十一話 レッドジャスティアン参上
四月十四日日曜日 御笠宅
ベーコンエッグにトースト、インスタントのポタージュスープ。目玉焼きを蒸している間にバターを塗ってると、仁君が起きて来た。
「あ、おはよう志藤君。手伝おうか?」
「いや、もう終わった」
「姉ちゃんは?」
「リビングで寝てる」
制服をソファーに掛け、焼酎と瓶とビールの空き缶に埋もれているピンク頭が見えた。上はタンクトップ、下は下着である。
「うわあ……ここで寝たんだ……」
「そのようだ。向こうで食べよう」
志藤君が準備をしている間、仁君は御笠博士の処理に当たる。
「姉ちゃん、姉ちゃんってば」
「……あん?」
眠そうな目が僅かに開く。
「朝だよ、ゴハン食べんの?」
「出しといて……後で食う……」
頭を掻きながらテレビをつける。日曜の朝なので戦隊ヒーローものをやっていた。この時代でもあるものはある。残るものは残る。
「姉ちゃん嫁入り前だろ、なんて格好だよ」
はーっと仁君が呆れた顔をする。確かに高校生男子二人と同居している姿ではない。だが御笠博士はそんなの気にしたこっちゃない。信頼かずぼらかと問われれば、三対七ぐらいだろうが。
そして二度寝に入る御笠博士。
「はーっ……」
ため息をつき、二人は隣部屋で朝食を摂った。
「んで悌子、一週間付き合ってみてどだ?」
土曜日を利用してパジャマパーティー、あるいは芋煮会が行われていた我が家。突然の友達の言葉にきょとんとすると、ニヤニヤした顔でさらに問い掛けられる。
「初めての彼氏」
「ああ……」
そうだ、なんだかんだまだ一週間ちょいしかたっていないのだ。無理やりお付き合いを始めてから。
「な、何よぉいきなり……」
まさか香港まで行きましたとも言えず、私は誤魔化す。
「志藤、良いじゃない? この前なんてあんたのこと校門で待ってたし」
「普通は彼女がやるんだけどねえ……」
「あ、あれは私がたまたま遅れて……普段は私が待ってるの」
部活のない日とか掃除当番当たってない日とかは私の方がこれでも待ってる方が多い。まあ、攫われたりもするんだけど。志藤君関係でなくてもそんな目に合うとか……いやあれも志藤君関係か? 最初にマンホールの蓋投げたの志藤君だし。ある意味激動の一週間だった。嬉しい意味でも。そうでない意味でも。
「無口でとっつきにくい割には男女関係なく人が集まるのよねー」
「頭いいし、スポーツできるし。ほら。この前のテスト志藤君一位だったじゃない。あの菊園院まどかを差し置いて! いやー痛快だったわー」
「へ、へぇ……」
人間程度に制御できるって言うけれど、それでも普段の志藤君はハイスペックだ。目立つことこの上ない。私にした口止めも、意味があったのかなかったのか。クラスにもペグ付きの子はいないではないし、学校全体で見てもサイボーグレベルまではいかないまでもペグは珍しくない。武器は珍しいけど。流石に。
「で、どこまで行った?」
「へ? どこまでって」
香港だけど。
「この前の連休使っていちゃついてたんだべ?」
「え……まあ……」
「ハッ! まさかあんた少年誌では書けないことを……!?」
「はいToLoveるダークネス」
「あーこれはやばかったね。ってそうでなく!」
「高二だしねえ……初体験だねえ……」
「何朝からピンクトークしてんのよ」
思わず突っ込む。
「してないの?」
「してないよ」
「じゃあそう言うことに……」
「あっ!」
友達の一人がやっべーと言う顔をする。
「今日バイトの給料日だ……」
「日曜日、ってことは電子振り込みっしょ?」
「いや、現金主義なんで銀行行かなきゃならん」
「今どき現金なんてアナクロだなあ。ポイントカードでかさばってるよ、サイフ。電子にすれば一括管理なのに。サイフはち切れそうじゃん」
「女の子には拘りがあるのです。でもこのぐらいカード入る財布も少なくなってきたから考えないとなあ、次。取り敢えず特別銀行に行って下ろしてこにゃ」
「ATM使えばいいのに」
「だって手数料取られるじゃん」
「よし、手数料より高いものをおごってもらおうではないか」
「えー」
「あっ……」
ふっと目を覚ました御笠博士に、すっかり後片付けを終えた二人が振り向く。
「何?」
「いっけねぇ、今日給料日だ」
「あ、そうだね」
「……面倒くさいから仁、引き落としといて」
「……はあ」
姉の言動、命令は絶対なのだ。そしてここにも現金崇拝者が。
「俺も行こう……ついでに買い出しもせんと」
そして三度寝に入る御笠博士だった。
仁君が手続している間、志藤君は椅子で待っていた。
「えい! がしゃ!」
隣にいた子供が人形で遊んでいた。どうやらヒーロー系の人形のようだ。
「さ、帰るわよ」
「うん!」
手続きを終えた母親に連れられてポケットに人形を入れる少年。だが自動ドア手前でそれが落ちる。
「おい。人形、落ちたぞ」
「あらすみません。ほら、お礼言いなさい」
「ありがとうございます!」
学齢前と思しき子供は素直に頭を下げた。同時に私たちが入って行く。
「何奢って貰おうっかな~」
「遠慮しろよ……」
「あ! 志藤君だ!」
志藤君も気付いて子供から視線を私に向ける、その直前だった。目出し帽に真っ黒な服装と言う、見るからに銀行強盗と言う姿の男たちが入って来たのは。
「きゃあ!」
裏口からも入って来る。この時代はちょっと危ないことも多いので、店員と客との間には必ず防弾ガラスが張ってあるのだ。それを込みでの裏口からの同時侵入。計画的犯行だといやに冷静に分析している自分がいた。
「う、うぇぇぇぇぇぇん!」
「うっせぇ、黙れ!」
泣き出した子供に飛ぶ恫喝。とりあえず志藤君は犯人を刺激しないようにだろう、子供を落ち着かせた。
「おい泣くな。男の子だろ」
「う、うん」
「きっと助かるさ」
「うん……ジャスティアンが来てくれる……」
おそらく人形の事だろう。
「ハッ、来るわけねーだろそんなもん」
折角落ち着いたのにまた不安がらされた。黙れと言ったり不安を煽ったり、この手の人間は考えていることが分からないな、なんて私は思った。特に恐怖は感じていない。だってここには、私の彼氏がいるんだから。
「うう……」
「大丈夫だ。絶対助かる」
と、この時志藤君はすでに緊急シグナルを頭から発信していた。頭で電話掛けられるって便利。私の電波じゃなあ、そうは行かない。
と言うわけで意外と警察の動きは早かった。
「ちっ、もう来やがった」
「心配すんな、こっちには人質がいる」
「そうだなぁ」
「向こうに二人、こちら側にも二人、いずれも機関銃保持……」
二階に移動させられた私たち。外からの侵入と中からの脱走を防ぐためだ。見張りが一人付いた。友達二人はガタガタ震えてるけれど、いい加減こういう状況に慣れてしまった私はそうでもなかった。これがお付き合い二週間の結果だと思うとちょっと切ない。
「中々だ」
感心しないでよ。
男の子を不安にさせないように。志藤君は話しかけた。
「ジャスティアンって言ってたか……どんなのなんだ?」
「うん、ネットアニメなんだ」
「おい、勝手に喋るな……」
「別に良いじゃない。抵抗できないのは変わらないんだから」
「それもそうだが……」
まごついてるのは私があんまりにあっさり状況を飲み込んでいるからかもしれない。
「ジャスティアンはジャスティスターからやってきた正義の戦士なんだ」
ジャスティスとガーディアンでジャスティアンなんだろうな、と私は当たりを付ける。
「三人いて、このレッドジャスティアンがリーダーなんだよ」
その赤い人形にはどこかすっごく見覚えがあった。私もしゃがみ込んで男の子の頭をなでながら、志藤君と一緒にその背中の製造会社を見る。
『協力・機動課プロ RM』
レイコ・ミカサ……案の定ジャスティアンの元ネタは、爆着時の志藤君だった。
「……どういうつもりだ」
はあっと志藤君がため息を吐いた。
外では説得が始まっていた。
「周りはもう抑えたぞ!」
「人間相手は楽なもんだなあ」
「まったくだ、この前は危うく飛行機に轢かれる所だったしな」
そう、あの三人組です。
人質になり四時間、一般的に昼と呼ばれる時間帯になっている。と、強盗の一人が昇って来た。現金を引き出し終えた銀行員たちを連れて来たらしい。部屋に押し込められると、女性は涙目で男性も不安そうだった。そりゃそーだろう、いつもの休日出勤、と思ってたらこうだもん。電子マネーは足が付く、だから現金を狙った。そこまでは犯人たちも頭が良かったんだろうけれど……。
「オラ、ガキ。こっち来い」
「う、うわぁぁぁぁ!」
「トシ君!」
「すっこんでろ!」
母親に蹴りが入れられる。なんて事を。
「ひどい事をする……」
またも存在を忘れかけていた仁君の言葉に、私はこくんと同意する。わ、忘れてない。忘れてないっすよ?
下階に連れて行かれる少年、トシ君は人質にするならと扱いやすい子供を選んだのだ。卑劣な。彼が居なかったら多分私達女子高生三人組の誰かだっただろう。どっちにしろ、憤慨していい状況だけど、私はげほげほ咳き込みながら泣いているトシ君のお母さんの方に近寄った。
「大丈夫ですか……?」
私の言葉に、お母さんは泣き崩れてしまった。
見張りがどうやら居眠りをしてしまったらしい、いびきまでかいている。トシ君がいなくなって大人だらけの静かな部屋になったせいだろう、四時間も気を張っていたら疲れるのは同様らしい。
「ねえ、あれってちょっとチャンスじゃない?」
友達の一人がひそひそ声で喋る。
「そのようだな」
志藤君が頷く。そうして部屋にあった火災用シュートをなるべく音を立てないように取り出し、窓に取り付けた。最初は私達、次にトシ君のお母さん、そして銀行員さん達。
「最後は僕と志藤君だね」
だけど突然階段を上ってくる音、そして。
「仁、先に行け」
「でも、ってうわあ!」
シュートに放り込まれる仁君。
「ナメた真似してくれるじゃねえかガキ!」
銃声に目を覚ます見張り。銃弾は肩に当たったけれど、志藤君はよろけただけだった。
「大事な人質だからなあ、殺しゃしねーよ」
そう言ってシュートを下の方に捨てる犯人一味の一人。
「ったくよ! お前も寝てんじゃねーよ、見張ってろ!」
「お、おう……」
しかし強盗たちは気付いていなかった。『人質』から血が一筋も流れていないことに。
「仁君!? 志藤君は!?」
下りてきた仁君の長い前髪がちょっと乱れている。
「中、見つかったんだ。みんなは?」
「警察に保護されたよ。なんか銃声しなかった?」
「うん、でも大丈夫かな」
「志藤君なら平気だよ!」
「強盗の方……」
それは……断言できないな。
外に強盗が出て来た。トシ君連れだった。
「おい! 車はまだか!?」
「……今こっちに向かっている!」
「ナメたマネすっとガキの頭に穴が空くぜ!」
目を瞑る少年は、ぎゅっと人形を抱いていた。
「車を呼んで二時間だぞ!?」
「いろいろと時間が掛かるんだよ!」
「おうよ、スナイパーセットの時間稼ぎ……」
あっ
「やっぱりそう言うことかコノヤロー!」
敵対相手を信用する方が馬鹿だと思うのは私の偏見だろうか。銃口が警官に向けられた隙に、トシ君は犯人の手に噛み付く。
「いってぇ! このガキ!」
振り払われて地面に尻もちをつくトシくんは、勇敢だった。
「大人を舐めんなよな!」
銃口がトシ君に向けられる。誰もが息をのんだ。ぎゅっと強く握られる塩ビ人形。
「あの世でヒーローとでも遊んでな!」
とその瞬間、銀行の二階が爆発した。
「何が起こった!?」
そして火炎に包まれた『それ』が飛び出してきた。
「んなっ……」
銃とトシ君の間を遮るように着地……それは『人の形』をしていた。
右手には見張りをひっつかんでいた。
「……じゃ、ジャスティアン?」
その隙にトシ君は警察に保護される。
「く、くそっ!」
強盗達はそれを撃ちまくった。手持ちの弾がカンバンになるまで。さすがにそこに割って入っていく警官はいなかった。幸いにも。『彼』一人なら自分の身体を守ることなんてたやすい。とくに、人間相手程度なら。ただ跳弾は危ないかな。幸いこっちに飛んでは来なかったけれど、近かったら危なかっただろう。
「な、何なんだよ、当たってるよな?」
「くそ、化け物か?」
さすがに人間相手に『クサナギ』はまずいのか、『彼』――志藤君は放電を使った。広域放電で強盗三人を痺れさせる。爆着に巻き込まれたんだろう火傷した四人目と一緒に、強盗団は救急車で運ばれていった。現金輸送車とは違って、こっちは早く辿り着いた。それにしても街中で爆着とか、無茶するなあうちの彼氏は。去っていく姿を落ち着いて見送りながら、私はふうっと息を吐く。
「な……何だったんだ、あれ」
「さあ……正義のヒーロー……とか?」
機動課を知らない制服警官たちはしきりに首を傾げている。
「おじさんたち知らないの?」
「ボクは知ってるのかい?」
「うん! 正義のヒーロー、ジャスティアンだよ!」
ニカッと笑って、少年は人形を振りかざした。
「あー、給料下ろしに来ただけなのにひどい目に合った……」
「全くだよ……あれ? 志藤君は?」
「えっ!? あっえとっ」
まさかさっきまで目の前にいましたとは言えず、しどろもどろになる私の後ろから、
「なんだ?」
しれっと出て来るのがうちの彼氏の心臓に悪い所で。
「あれぇ? 二階って爆発したんじゃなかった? 結構なぶっ飛びようで……」
「そうそう、よく無事だったねえ。しかも無傷で」
「ああ、ヒーローが助けてくれた」
しれっと子供向けの嘘を吐く。でも実際ヒーローを目の当たりにしていれば、それは嘘でもないと気付かされてしまう。本当に隠す気あるのか、この人は。
「ヒーロー? ああ、さっきの赤いのね……何者なんだろ?」
「コスプレマニアの特殊部隊でしょ……」
私と漫研仲間はそれに反駁する。
「「コスプレの何が悪い!?」」
「い、いやその……志藤君は何だと思う?」
困ったらしい友人は、志藤君に尋ねる。
「正義のヒーローだろ」
クールに言ってくれちゃうんだから堪らない。
「何よそれ?」
「あはは……良いねえ正義のヒーロー」
そして私は友人たちと別れ、志藤君と仁君と帰路に着く。明日は何か奢ってもらおう。そろそろ温かいしアイスとかが良いな。
「それにしても、ついてない一日だった……」
「まあ、買い出しも終わったし、さっさと帰るぞ」
「うん……はぅあっ!」
珍しく声を上げた仁君にぎょっとしてその顔を見ると、前髪でもわかるぐらいに青ざめているのが分かった。どうしたって言うんだろう、何か買い忘れ? それこそ、一キロ単位のアイスとか。
「どうした?」
「昼……作ってなかった……」
今は三時、おやつの時間帯。警察に事情聴取されて結構時間を食ったのだ。
「あっ!」
志藤君もヤバイ、と言う顔になる。この二人が共同でこの反応をすると言うことは、昼を作ってこなかった相手と言うのはやっぱりもちろん――
「腹減った……」
ピンクの髪の悪魔だろう。
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