第五話 危険な人質

 フランスの代表はすでに八つ裂きになっていた。文字通りの八つ裂きだ。香港代表のは返り血すら浴びていない。私は首を傾げてしまう。何が、起こったんだろう。隣に立っていた志藤君を見上げると、彼も少し驚いていたようだった。

「何? 何が起こったの?」

「試合開始のシグナルが鳴るまでは見えてたんだけど……」

 御笠博士も首を傾げて志藤君を見上げた。うちの彼氏は動体視力だって良いに決まってる。

「一瞬香港代表のが消えて、そしたらフランス代表のがばらばらに……」

 ううんっと考え込んでい――ると黒服のお迎えが来る。ちなみに志藤君は今日も学生服だった。一番丈夫らしい。オイルを浴びても一晩干せば元通り、とか。サイボーグ戦士のあれみたいなもんなんだろう。

「シドーちゃん、次あんただよ」

 御笠博士に小突かれて黒服と去っていく志藤君は、米国代表の機体と向かい合うことになる。いかにもむきむきマッチョで、一時期ハリウッドで話題だった俳優を思わせる容貌だった。むっきむき。中肉中背の志藤君と並ぶと分が悪いように思えるけれど、私はそんな事はちっとも心配してはいなかった。私の勘は当たるのだ。私の彼氏の方が圧倒的に強い、って。

「HAHAHA、前回同様即スクラップにしてやりますネ!」

 悪い人の代表みたいに葉巻(今どき吸ってる人を初めて見た。健康に悪くないんだろうか)をくゆらせて、米国代表チームが笑っている。

 シグナルと同時に志藤君の腹に正拳突きが入った。だけど志藤君は微動だにしない。ほらね。私の彼氏は少なくとも人工筋肉で嵩増しされたアンドロイドよりは強いのだ。ずっとずっと。

「……今回は中々出来てますネ……」

 一撃必殺を狙ったのだろうマフィアのボスっぽい人はちょっと冷や汗を浮かべた。

 中々どころか何発食らっても平然としてる志藤君に、御笠博士が声を掛ける。

「こらぁ! 何遊んでる、さっさとやれぇ!」

 その声に志藤君は相手の腕を取り放電した。一撃だった。

「NO! 我が国最強のシュワチャンが!」

 呆気にとられるボス。志藤君が帰ろうとしたところで米国側のゲートがまた開いた。

「まだ終わってませんヨ……」

 まあ機体は何体持ち込んでも良いルールだけど、さっさと次に切り替えられるとちょっとシュワチャンが可哀想にも思える。

「二号機は液体金属になっていマス。そう簡単にはクリアできませんヨ」

 どうやら身体が刃物や液体になるらしい。二号機が持っていた銃が向けられた時、また御笠博士が隣で叫んだ

「シドーちゃん! あれを使え!」

 志藤君は左手に付けられた腕時計を見た。

「そう言えば来る途中の飛行機の中で渡してましたけどあれって? ただの腕時計じゃなさそうですけど」

 ニヤリとする御笠博士。

「前に顔が剥げて嫌って言ってただろ? その対策さ」

「はぁ……?」

「シドーちゃん! 左腕を胸にしてボイスコードを!」

 ボイスコードは声のカギだ。最近は家のカギにも使われる。思春期の男の子の声もきちんと認識できる優れものだ。

「ボイスコード……?」

「そう、ボイスコードは……爆着」

「バクチャク?」

 その瞬間志藤君の身体が爆発した――ように、見えた。

「HAHAHA! 自爆しましたネ! どんな兵器かヒヤヒヤしましたネ!」

 まあどう見ても自爆だったけど、白い煙が散っていくと同時にそこにはまだ人型がいるのが分かった。

「……? なんデスかアレは?」

「シドーちゃんの中身は銃弾なんてへっちゃらなんだけど外見は強化シリコンラバーだからね、銃弾とか刃物で傷付けられるとハゲちゃうわけ」

「はあ……」

「そこであの特殊スーツ。あれはザクマシンガンぐらいなら耐えられる」

 どうやら秘密兵器は銃弾避け、ラバー禿げ防止スーツのようだった。朝の特撮で見るみたいにちょっと格好いいそれは、だけど志藤君を呆れさせている。

「無駄なことに国税を使いおって……」

 まったくです。

「こ、ここここここコケ脅しデスね! やってシマイナサイ!」

 ぱららっとマシンガンの弾がばらまかれる。きん、きんと音がしてそれがはじかれていった。

「確かに耐久力はあるようだな……しかし」

 志藤君の身体が消えて、二号機の後ろに現れる。

「避けたほうが早い」

 そうして志藤君の手が敵の頭を貫いた。でも予想通り手ごたえはない。すぐに再生してしまう。

「HAHAHA、いくら攻撃しても無駄デスね!」

 いつものように放電しようとした志藤君に、御笠博士がまた叫ぶ。

「シドーちゃん、ボイスコード『レーザーカッター』!」

「レーザーカッター?」

 志藤君のスーツの後ろにあった円形のパーツが半分に割れ、そこから何かの柄のようなものが見えた。志藤君も気付いたらしい、勢い良く引き抜くと同時にビームの刃が現れた。とりあえず切ってみる――けど、やっぱり再生されてしまう。

「HAHAHA、日本人は諦めが悪いデスね」

 確かに再生してしまっては意味がない――けれど、志藤君の乱舞を受けるうち、二号機は縮んでいくようだった。

「What? 何事デスか」

「液体なら蒸発させちまえばいい。レーザーカッターの温度は二千九百万度、いかなる物質も焼き消し去る」

「確かに……太陽の表面温度より熱い……けど……そんなに熱い割に一番近い志藤君平気ですよね。私達もですけど」

「うむ……確かに……」

「そもそもビームの実体化ってどうやってんですか」

「なぜなにシドー君までには考えとく……」

 そして最後には、何もなくなってしまった。形を形成できるぎりぎりの湿度が失われたんだろう。ぺしゃんっとただの金属になって、それはなくなってしまった。

「ソンナ……」

「三号機を出しマショウ」

「ウ、ウム」

 やっぱり三号機まであったか。こういうのは三体連続がセオリーだと、漫研の私は知っている。どうやら女性型の機体のようだけれど、顔はちょっと粗末なマネキンドールみたいだった。正直怖い。アメリカ人とはやっぱり感性が違うな、と思う。

「三号機はあらゆる敵のCPUをジャック出来るのデス。さあ! 日本の機体をジャックしてしまえ!」

 が、あっと言う間に放電で壊された。

「WHY!?」

「あいにくとそんなもんで動いてるんじゃないんでな……」

 そう、アンドロイドにしか見えなくても志藤君はサイボーグなのだ。自分で考え行動する、制御なんて何もない。

「熱いハート、そして勇気で動いてるんだ!」

「……恥ずかしくないですか?」

「……ちょっと」

 てへっと笑う御笠博士にちょっとシンパシーを感じている間に、銃を持った黒服の集団に囲まれる。

「オノレ……コノウラミハラセデオクベキカ……」

 日本人化しているボス。

「生きては返しませんヨ……」

 かなり切れてるなー、そりゃ自信作三つあっさりだもんなー、と、私はここでも何故か他人事だった。志藤君が助けてくれるんじゃないか、って言うのじゃない。何か妙な安心感があったのだ、一緒に囲まれている、機動課の人たちに。

「一つ言っておくが」

 志藤君はやっぱり落ち着いている。

「なんです? 遺言デスか?」

「機械仕掛けの俺より性質悪いぞ……『そいつら』」

「フザケルナ! カマイマセン、FIRE!」

 次の瞬間、やられたのは黒服の方だった。

 ボアさんの拳。タイガーさんの爪。スネークさんの関節技。ドラゴンさんの静かな刀。ラットさんの噛み付き。カウさんの締め上げ。シープさんの絡みつく髪。

 機動課はみんなどこかペグ化している、御笠博士以外。だから私は安心していられたのだ。半数の機動科職員を連れてきている事に。

「HA?」

「こんなところに手ぶらで来るわけないだろ……」

「あー暴れたりねえ……こんなんじゃ全然足りねえ」

「最近デスクワークばっかだったから鈍っちゃってるねえ」

 ぐるぐる今にも威嚇の喉を鳴らしそうなタイガーさんと、肩の関節をコキコキ言わせるスネークさん。

「ま、頭の悪い子猫ちゃんにはこっちの方が合ってるだろうな」

「なんだとこのブタ野郎。やるか?」

 ファイティングポーズで取っ組み合いになりかかったボアさんとタイガーさんの間に横にした刀を置き、二人の腹筋を止めてやめさせるドラゴンさん。相変わらず鮮やかで動きが見えない。そしてこの時代でも、元米兵のタイガーさんと沖縄出身のボアさんは仲が良くない。

 すっかり戦意を失った米国マフィア一味はしょっ引かれていった。

「ふっ……どうやら日本の警察のようですね」

「構いませんよ……生かして返すつもりはありませんから……」

 アメリカが消えシードとなった香港と、次の対戦をするのは――

 日本対フランス。連戦カードだった。

「おやおや、ばれちゃったね?」

「……隠す気、あったのか?」

 機動課のツナギみんなに着せといて、ねぇ?

 はてしかし、さっき香港代表に八つ裂きにされてたフランスの予備機がすぐに出て来るのはどういうことなんだろう。首を傾げていると、御笠博士が肩を竦めて教えてくれる。

「フランスは香港に勝つつもりなんてなかったんだろうよ。だからあんなガラクタ出したんだ」

「香港とグルってことですか? でも何で?」

「たぶんあたしら日本を潰すためだね。この潜入もばれてた節があるし」

「つまりこの試合の機体が、フランスの本命ってことだね」

 すっかり忘れてた仁君の言葉に、私は納得する。そう言えば装いが全然違う機体だ。爪が付いて、砲門もあって、遠近両用。そして何より玉ねぎみたいな形に巨体。MWみたいだけど、と、志藤君の目の色が変わったのが、後ろ姿からでも分かった。電波が変わる。オーラが変わる。御笠博士も少し表情が曇った。

「どうです、美しいでしょう? もともとは日本の研究所で作っていたMWですが、パクッて来ました。もしかして知っているんじゃないですか、日本の警察諸君?」

「あ? どういうことですか?」

「……十年前、日本のある研究所が何者かに襲撃され、丁度そこで試作されていた特殊なMWが強奪された……」

「どんなMWを作ってたんですか?」

「人の乗ったMWは制限を受けてしまう。中の人間を守るために必要なシグナルだ。あれはそれを克服した機体だ」

「どうやって?」

「『人の乗っていないMW』あるいは『人だったものが乗っているMW』」

 ひゅっと背中が寒くなる。

「脳だけ……シドーちゃんと同じさ」

「なんで……そんなものを」

「本来はペグボディの実験だったのさ。誰もこんな使い方なんて考えて無かった。より発達したボディを患者に与えるための、義体技術発展のための機体だったんだ」

「……詳しいんですね?」

「まあね……ま、その後の強奪事件で研究は凍結ってわけ」

「研究所の人たちはどうなったんですか?」

「研究員十四名……作業員七十五名、実験体二体、うち生存が確認されたのは研究員一名と実験体二体だけ」

 思わず手で口を塞ぐ。

「生存した研究員と実験体ってのは……あたしとシドーちゃんだ」


ずが しゃん!


 突然の爆音、フランスの機体は大破し機動を停止していた。

 機体の上には志藤君が佇んでいた。

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