第21話 この子の周りだけどんよりとした雲が漂ってそうだ


 早速、S級剣術枯葉の威力をダンジョンで試したい。最高の攻魔術を盗むのはそのあとだ。


 というわけで武器屋でそれなりに高い剣を購入した。何か特殊な能力が付与されているわけでも、上等なコーティングが施されているわけでもないが、普通より頑丈で使いやすいらしい。モンスターを数多く倒していくとどうしても切れ味が悪くなるし、いつか壊れるもんだからそんなに高くなくていいと聞いたこともあるしな。


 それに加えて近くの店で昼食を済ませたら所持金がすっからかんになってしまった。まあそれでも、今の俺にはいくらでも稼ぐ手段があるので心配していない。この手袋で直接盗んでもよし、イケメンから盗んだ美貌で乞食してもよし。殺し屋から奪った恵まれた肉体で力仕事しても……いや、それだけはNGだが。


 この流れなら究極の剣技を試すついでに、倒したモンスターから素材でも獲得して売りさばくのが自然だろう。でもただ金を稼ぐだけじゃ面白味に欠けるな……。


 よーし、パーティーメンバーでも募ってやるか。そいつから何かいいものを盗めるかもしれない。その際、自分の力量は隠しておこうと思う。仲間にするなら、自分より弱いやつに強く出る小物タイプが欲しいな。別に正義漢ぶるつもりはないが、そういう悪党にもなりきれない小物感溢れるやつから大事なお宝を盗むのが快感なんだよ。


「どれどれ……」


 早速、パーソナルカードでパーティー募集サイトの『探求者になろう』にアクセスする。急ぎたいのでマイページでリアルタイムチャットを作り、そこに入って待つことにした。


 昼頃ということもあるしすぐ来るかと思ったが……ダメだ。やはり自分の探求者IDのランクを非表示にしたのがまずかったのか。制覇階層も79階層っていう浅いところで止まってるから、初心者クラスか性格に問題ありだと思われているのかもしれない。


 当然だが、ダンジョンに通う探求者は命がかかっているので、弱いやつや変なやつとは組みたくないものなんだ。かといってランクを表示すると浅い階層しか行ってないのにグレーカードSだなんて、まるで探求者殺しのように見えるかもしれないしな……。


 それも《枯葉》習得でSクラスになってるわけだし、より警戒されるだろう。名前と違って、こういった情報は虚偽ができない。相手に閲覧されたくないなら非表示にするしかないんだ。


「――お……」


 思わず声が出た。コンタクトがあったからだ。相手も非表示の項目ばかりで、名前だけ明らかにしている。ムゲンという変な名前だ。これも俺のように偽名なのは明らかだが、そのことを隠す様子もない。同じように訳アリってわけか。もしかしたらこの手袋のことを知っていて、奪う目的かもしれない。面白くなりそうだ。




 ◇◇◇




 遅いな……。待ち合わせの時間はとっくに過ぎているというのに。まさか、悪戯か? そんなこともあろうかと、遠くから待ち合わせの場所であるパーティー募集掲示板を観察していて正解だったかもしれない。


「……」


 その周辺を見渡すが、やはり探求者らしき姿は依然としてない。うさぎのリュックを背負った長髪の少女が無表情で立っているくらいだ。


 14~16歳くらいか? つり目で幼くもどこか大人びた顔立ちだが、一応ダンジョンは15歳からっていう決まりがあるし、探求者ではないだろう。恰好にしても、紺色のフォーマルスーツにスカートだから、まるで中学校から飛び出してきたみたいだ。早退して親を待ってる可能性もあるな。


 それにしても、なんかボロボロだな、あのリュック……。遠目からでもつぎはぎだらけで目立つ。おそらく貧乏な子なんだろう。表情までもが乏しい。


 ……んー、しかし遅いなあ。まさか、あの子がムゲン……なんてことあるわけないよな。


「……」


 なんかきょろきょろしてる。親か友達が迎えに来なくてイライラしてるのかもしれない。お、またコンタクトがあった。


 何々……まだですか、だと。え、もしかして……あの子がムゲンってことか? うーん……まさかとは思うが、行ってみるか。下手すりゃ誘拐犯と思われそうだが。


「……ちょっと、いいかな」


「……」


 俺が近寄ると、口を真一文字に結んで露骨にむっとしてみせた少女。知らない男が近寄ってきて警戒してるっぽいな。やはり違うか。


「あ、ごめん。人違いだった。ムゲンって人かと思って」


「それ、あたしだけど……」


「えっ……」


 しばしの沈黙。


「遅いよ……」


 非難の目を向けてくる。謝れってか? この俺に?


「ご、ごめ……って、誰が謝るか!」


 そうだ、俺はもう決めたんだ。いい人であることは捨てた。いい人であるということは誰かにとって都合のよい人であるということ。奪われるだけの人。だから謝るのは俺じゃない。相手のほうだ。


「むしろあんたが謝ってくれよ」


「な、なんであたしがっ……」


「大体、そんな子供みたいな姿だったら待ち合わせの相手だとわからないだろ! だから謝れ! 土下座しろ!」


 ……土下座は言い過ぎたかもしれない。


「……はあ。しょうがない。わかったよ……」


 ……おいおい、本当に土下座しやがった。っていうか周囲にいるやつらがジロジロ見てるし……気まずい。


「もういい、やめろよ」


「……うん」


 立ち上がって服をポンポンと払う子供。捻くれてそうな面なのに妙に素直だ。


 ん? この子、どこかで見たような顔だが……気のせいだろうか。


 こんな子供の知り合いなんていないからな。あの鑑定士の子くらいだが、あの子とは全然違う。鑑定士の子が陽ならこの子は陰だ。それくらい雰囲気が違っている。この子の周りだけどんよりとした雲が漂ってそうだ。


「それじゃ、行きましょ、ウォールさん」


「……あ、ああ」


 ウォールっていうのは俺の真壁という名前から取った仮名なわけだが、初めて使うので呼ばれると違和感がある。


 しかし見た目の割になんか妙に手慣れてるっぽいな、この子。制覇階層は俺よりちょっと多い程度だが、割と強いのかもしれない。それか、誰かに命令されてるとか? ま、お手並み拝見といくか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る