第19話 なんで自分がこうも平然としていられるのかわからなかった


「残念だ。お前には素質があったのに……」


 師範の目から零れ落ちた大粒の涙が海田先輩の青白い頬に当たっている。もう息をしてない。般木の予言が当たってしまった。


 みんな悲鳴を上げながら逃げ出してしまった。もうこの道場は終わりだ。


「……真壁君……お主は逃げなくていいのか……」


「……師範……」


「君の素質は惜しいが……我欲で新入りまで殺すことはさすがにためらう」


 あまりにも哀れだが、今の光景を見てさらに欲しくなった。この老人はただの臆病者ではない。一つの剣技をあれほどまでに極めただ。


「俺が技を継ぎます」


「……なんと……」


 虚ろだった師範の目に、ほのかに光が宿るのがわかった。


「……面白い。だがもう、わしには気力がない……」


 師範は弟子を失った痛みのほうが大きそうだ。廻神流華、それに海田先輩……手塩にかけて育てた期待の弟子を二人も死なせてしまったわけだからな。それでも、このまま帰るわけにはいかない。この手袋で師範の体に触れるだけでいいんだ……。


「……」


 ダメだ。さすがというべきか、この状態であっても師範にはまったく隙がなかった。迂闊に近付けないのだ。それでも、このチャンスを逃すと自害でもしかねない空気がある……。


「真壁君……もしかしてわしと戦いたいのか……」


「……」


 いや、盗みたいだけなんだけどな。嫌な空気だ。剣術のド素人である俺が、その分野の達人と真剣で戦えというのか。それはさすがに無謀とかいうレベルを遥かに超えている。


「もしかしたら君が道場破りかもしれないという思いはどこかにあった。目が違ったからな……」


「……」


 師範からしてみたら、俺は素直に学びに来たっていう感じじゃなかったのかもしれない。確かに俺のやろうとしていたことは道場破りに限りなく近いしな。だから般木にもスルーされたっぽいし……。そういえばあいつ、俺の顔を見ようともしなかった。お互いに本気で戦ったらまずいと無意識に思ったのかもしれない。


「図星、か……。君には般木道真と似たようなものを感じるが、今のわしに死は怖くもない。受けて立つぞ」


「……」


 やっぱりこうなるのか。でも、体に触れる機会があるとしたらこれがラストなような気もする。やるしかないか。ただ、どう考えたって最高クラスの剣術師範に正面から立ち向かうのだけは避けるべきだ。


「はああッ!」


 自身に《加速》を掛け、勢いよく師範に向かっていく素振りを見せる……が、ダメだ。さすがは達人、フェイントを見破っている。


《枯葉》はおそらく全身全霊の力を一瞬に込める剣技。だからそれを使うタイミングを間違えると直後に隙が出来てしまう。それゆえに師範は間合いを読む力に長けているんだ。こうなればある程度のリスクは承知で突っ込むしかなさそうだ。


「うおぉっ!」


 迷わず飛び上がっていた。天井に届きそうな高さから、師範の頭上目がけて垂直に剣を落とす。


「――っ!」


 そのタイミングで《枯葉》が来るのはわかっていた。巻き込まれてズタズタになるところだったが、それは剣だけだった。


 即座に手放していたからだ。剣が転がる中、俺の体は師範の後方に着地していた。……よし、肩を指先でタッチした感覚があった。その瞬間、《枯葉》は俺のものになったはずだ。


「……つ、使えない、だと……」


 やはりそうだ。もし盗んでいなかったら、次に生じた《枯葉》によって俺の腕は細切れにされていたはず。


「《枯葉》は俺が継承しました。師匠」


「……うぬぅ……。奇妙なものを使う化け物がもう一匹いたか……」


 色々察したらしい。穏やかに笑いかけてきたかと思ったら、次の瞬間には自分の腹を十文字にかっさばいていた。


「……師範……?」


「ぐぐ……。真壁君……《枯葉》で……介錯を……」


「……はい」


《枯葉》を使い、師範の首を刎ね飛ばしてやった。手足もバラバラだ。


 というか、介錯とはいえ初めての殺人だというのに、なんで自分がこうも平然としていられるのかわからなかった。まるで自分を遠くから俯瞰している感覚。あの理沙っていう鑑定士の言う通り、この手袋が呪われたアイテムだからなんだろうか?


「……」


 棘のある視線を感じて振り返ったが誰もいなかった。……あれ? 廻神流華の死体がなくなってる。誰か片付けたんだろうか……。

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