花火

 蒸し暑い駅のホームにはいつもよりたくさんの人が並んでいた。なかには浴衣を着た人もいる。今日は近くの川で花火大会があるからだ。だけれども、私は約束がないので家に帰るだけだ。人混みと一緒に電車に乗る。

 しばらくすれば窓の外に屋台のあかりが見えてくる。りんごあめ、ベビーカステラ、たこ焼き、焼きそば、フランクフルト。どれも夏祭りの定番の食べ物。射的や金魚すくいにも目がいく。

 あーあ。去年は一緒に行けたのに。

 ため息が零れてしまった。

 花火大会に行けないのが悲しいわけじゃない。君と一緒に行けない花火大会なんてきっと楽しくないから行かないのだ。そんな言い訳がほんのちょっぴり、寂しいと思った。君がいないとやっぱり寂しいのだ。

 思い浮かべているのは、去年の花火大会のことだ。

 あまり祭りの時に浴衣を着ることは無いのだが、その日は少しだけ頑張って鏡とにらめっこしながら浴衣を着た。紺地に赤い花模様の浴衣だ。君のことを驚かせようと思って、一生懸命だった。待ち合わせの駅に着くと君はもういて、私のことを見つけるとぱっと笑った。

「とっても可愛いじゃん」

 照れながら言ってくれたその言葉がとても嬉しかった。きっと耳まで赤くなっていたのだろう。恥ずかしくてあまり目を合わせられないまま、人の流れに乗せられて会場へと向かう。

 ふと横を見れば、隣を歩いていたはずの君がいない。まさか、はぐれてしまったのだろうか。こんな人混みの中ではお互い見つけるのは難しいのではないだろうか。沈んだ気持ちが足元に溜まって、歩みを遅くする。

「いたいた。こっちだよ」

 君の声がして、右手首を掴まれる。振り向くと君の胸にぶつかった。私の右手首を掴んでいた君の大きな左手が少しだけ下にずれて、私の手を握る。

「こうしていれば、はぐれないから」

 君の手ってこんなに大きくて、あったかいんだな。

 君は指を絡め、いわゆる、恋人繋ぎをする。

 ひゅー、どん。どどん。

 空に大きな花火が上がる。赤、黄色、オレンジ、青、紫、緑。次々と空に昇って咲いていく大輪の花。

 どどん。どど、どん。

 咲いたあとの花火のように煙になって消えてしまいそうな君の手をぎゅっと握った。君は花火を見たまま、その手を握り返してくれた。

 君の横顔が花火に照らされて赤くなる。

「綺麗だね」

「ほんとだね」

 何かを言おうとしてもこの場に合わない気がして、それ以上は何も言えなかった。

 今年も花火が上がる。

 ひゅー、どどん。どど、どん。

 君とまた一緒に花火が見たい。

 君が煙にならないように繋ぎ止めていたい。

 君が消えないように捕まえていたい。

 君に会いたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る