君に会いたい

天野蒼空

 春がきた。

 私の薄手のコートが少し暖かくなった風に翻る。まだスカートの短くない制服の少女たちが道いっぱいに広がりながら歩いている。綿飴みたいな雲がぽっかりと空に浮かんでいる。

 駅前の桜並木が薄ピンクのトンネルに変わった。道路には落ちた花びらが貼り付いている。ランドセルを背負った小さな子どもたちが、舞っている花びらを取ろうと手を伸ばし、跳ぶ。

 なんてことない、春の朝。

 私はイヤホンを耳に突っ込んで、ホームに滑り込んできた電車に乗る。流れているのは君がよくカラオケで歌っていた曲。低音の静かな部分の歌い方がよかったな、なんて思い出す。

 もう、一年も前の事だけど。

 君は旅が好きって言っていた。見たことの無い景色が好きだって言っていた。ここじゃないどこかがいいと言っていた。

 そのまま、ここじゃないどこかに行ってしまった。

 君は、今、どこにいるのかな。

 一週間に一度くらい返ってくる普段は既読にならないメッセージを、何度も何度も読み返してしまう。写真フォルダの君の写真だけ集めたアルバムを何度も何度も見返してしまう。そんなことしたって、君が帰ってくる訳じゃないのに。

 一応、彼女というポジションには居る。いや、君が出発するまでは居た。今はどうなのだろうか。私の気持ちは変わらないけど、君は今、私の事をどう思っているのだろう。まだ、私の事を覚えていてくれているだろうか。

 朝の満員電車の、むせ返るような化粧品と香水の混ざった匂いが寝不足の頭を痛めつける。出来ることなら朝の満員電車は乗りたくないが、そういうわけにも行かない。この場所は窮屈だ。君が飛び出して行ってしまったのも、今は解る。

 タタン、タタン。タタン、タタン。

 鉄橋を渡り、にょきにょきとビルが生えている街へ。規則正しくレールの継ぎ目で音を鳴らしながら、電車は進んでいく。

 土手の上を走る部活中の学生らしき集団をみながらふと思い出す。あの川沿いの道にあるベンチで君が話してくれた夢のこと。旅に出るって話してくれたこと。

本当は、遠くになんて行って欲しくなかった。キラキラした君がなんだか遠い存在に感じてしまった。

 君はこう言った。

「必ず帰ってくるから、その時まで待っていて」

 その言葉を信じて私は待っている。

 今は何を見ても、何を聞いても君を思い出す。ああ、君に会いたい。

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