『IWAKAN』
場内が一気に歓声と興奮に包まれた。シークレット・スーパースターのコンサートだ。当然観客は熱気に包まれる。なんたってあのシークレット・スーパースターだから。
わたしは固唾を飲んでステージを見守っていた。もうすぐシークレット・スーパースターのコンサートが始まるかと思うと、足が震えてきた。
小学生の時、わたしは初めてシークレット・スーパースターを知った。誰も正体を知らないシークレット・スーパースター。しかし、彼の歌声は世界中を魅了した。CDは全世界各国でミリオンセールになった。いつもひとりぼっちだったわたしはシークレット・スーパースターの歌声だけが唯一の救いだった。
中学生になっても衰えを知らず、シークレット・スーパースターはある国と国の戦争を終わらせたという伝説を作った。わたしはますますシークレット・スーパースターの虜になった。
高校生になったわたしはいよいよコンサートに行ってみたいと思った。そんなある日、とうとう日本に来日することが決まったのだ。あの時の興奮といったら忘れられない。おもわずご飯を茶碗3杯食べて母にものすごく叱られた。それでも興奮は冷めなかった。
わたしの家は貧乏だったので、自分でおこづかいを稼ぐことをずっと待ち望んでいたのだ。朝は牛乳配達、学校が終わると真っ先に家に帰ってコンビニのバイトに出かけた。
なんてったってシークレット・スーパースターのコンサートだ。10万なんて安いものだ。わたしは当時付き合っていた彼氏を捨てて無我夢中で働いた。
そしてとうとう今日。わたしはシークレット・スーパースターの登場を目の前にしている。大歓声の中、シークレット・スーパースター御用達のオーケストラバンドが登場し、さらに会場は盛り上がった。
そしておもむろにステージ中央にラジカセが置かれた。マイクがラジカセのスピーカーに当てられる。一斉にバンドの演奏が始まり、ドラムの合図でスタッフがラジカセの再生ボタンを押した。
バンドの演奏に負けないくらいの大音量で、シークレット・スーパースターは歌っていた。わたしも含め、会場の全員が涙を流してシークレット・スーパースターの歌声に聴き入った。ここまで人を感動させるものがこの世にあるのか。ここまで人を動かすことのできるシークレット・スーパースターのパワーは人間のものとは思えなかった。わたしの周りで何人かが卒倒した。それでもシークレット・スーパースターは歌い続けた。ただただ歌い続けた。わたしたちに向けて、ここにいない世界中の人たちに向けて。
10万なんて安いものだとわたしは思った。
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