『不思議な弟と無意識にフリとオチをつけるおかんの方がおもしろい』

 家に帰るとおかんが料理をしていた。部活で心底疲れていた僕は靴下ごと靴を脱いで背負っていたエナメルバッグを放り投げてリビングに寝そべった。あぁ疲れたと返答を求めてないけど求めている声をあげて天井を見上げる。おかんは黙って料理を作っている。無言でおかんの背中を少し見た後、起き上がって風呂場に向かった。まだ風呂焚いてないでー?いいー。服を脱いで洗濯機に突っ込む。冷たいシャワーにひやっとして、それでも我慢。スーハ―スーハ―言いながら冷水に耐えてシャワーを浴びる。少し、いつもと違うおかん。冷水に徐々に慣れ、僕は頬を伝う水を吸っては吐き出し吸っては吐き出しを繰り返す。おかんはまた家を出ていくのだろうか。


 バスタオルを忘れていたので、びしょびしょのまま風呂場を出る。おかんにばれないように箪笥からバスタオルを手に取り、急いで体を拭いて床を拭いた。洗面台で髪を乾かしながら鏡に映る自分を見る。学校では怖い話が流行っていて、僕は合わせ鏡をしたくなる。おかんが使っている100均の鏡を持って、鏡と鏡の間に自分を置く。何人もの僕がそこに映っている。今日も変わらず妖怪も女の人も映ってこない。パッと現れてピースくらいしてくれれば僕もいいリアクションを取ってあげられるのに。そういえば今日、岡島くんは呪われた。授業中、急に立ち上がり両手を前にして、あぁ、あぁ、と言いながら教室から出ていった。女子は悲鳴を上げ、男子はきゃっきゃとはしゃいでいる。虚ろな目をした岡島くんはそれでもあぁ、あぁ、と言いながら廊下を徘徊した。その階のすべての教室の扉が開き、興味津々な顔でのぞいている。僕は自分の席に戻ろうとして、ふと岡島くんの机を見た。「呪」という字がでかでかと机に描かれていた。


 頭を乾かしておかんの鏡を戻しに行ったら、和室の畳の上にまだ僕の足跡が残っていた。さだゆきは?おかんの返答がない。ちょっとイラっとして、さだゆきは?とさらに大きい声をおかんにぶつけた。がたんと音がしたので台所の方を見るとおかんが倒れていた。一瞬ひやっとしたがすぐにおかんがいつもの引き笑いをしているのが分かった。ひぃー・・・ひぃー・・・。おかんが笑っているのは、弟のさだゆきのせいだった。


 さだゆきは歳の離れた3歳の弟である。酉年に生まれたからかいつもぴょんぴょん飛び跳ねている元気な弟だ。家が静かな時はさだゆきが寝ているかうんこを我慢しているときのどっちかである。おかんが言うには、今日、急に家の中が静かになったらしい。それまでは最近のさだゆきブームのカクレンジャー忍者忍者~とかいうひと昔前のヒーロー戦隊の歌を唄ってはおもちゃを戦わせて遊んでいた。急に静かになったのでうんこを我慢しているのだろうと思って、おかんはさだゆきを探した。さだゆきは出る寸前ギリギリまで待つタイプで、その時まで箪笥と箪笥の間とかカーテンの裏とかに隠れる。しかし半々の確率でパンツにうんこをつけるので、それを洗いたくないおかんはさだゆきを探す。しかし、いつものように箪笥と箪笥の間にもカーテンにもいない。さだゆきーさだゆきーと呼んでもまったく応答がなかった。おかんはひやっとした。急いで2階に上がり、すべての部屋をのぞいたがどこにもいなかった。


 玄関を飛び出してさだゆきの名前を呼んでも返事がない。誘拐と事故がおかんの頭をよぎった。おかんはさだゆきの名前を叫んだがいっこうに見つからなかった。あまりにおかんが叫ぶものだから、近所の人たちが心配して顔を出してきて、おかんはさだゆきがいないんですと泣きそうな声で叫んだ。大丈夫よと励まされたおかんは警察に電話をしようと家に戻る。家に入ろうとしたときにおかんは、はてと思った。おかんは家を出てすぐ左に曲がって探し回ったが、右側は全く見てなかったわ、それに、なにか見えたと思った。扉に手をかけていたおかんは振り返ってもう一度家を出て右に曲がった。すると、道路の真ん中に黄色いものが落ちていた。おかんは走って近寄って、それがさだゆきの着ていた服であるとわかった。クマさんが書いてあるトレーナー。トレーナーを持ち上げると、その先にまた何か落ちているのが見えた。おかんは走った。それはさだゆきが履いていたズボンだった。ベージュのカーゴのズボン。おかんはわけがわからなかった。たださだゆきがいないということに喉がつまりそうだった。おかんはさらに走った。道の突き当りまでいくと今度は右左両方をちゃんと確認した。すると、右に曲がった先の向こう側にまた服らしいものが落ちているのを発見した。おかんは走って走った、さだゆきのランニングシャツだった、おかんは叫んだ、さだゆきー!


 「は~い!」


 全裸で、ブリーフを頭から被ったさだゆきが、縁側に座りこっちを見ていた。あんた、なにしてんの!?とおかんは全力で怒ろうとしたのだが、全力の安心が勝ってしまい、笑い転げてしまったらしい。さだゆきは言った、


 「たかちゃん待ってるの~」


 さだゆきは少しお兄さんのたかちゃんと仲良しなのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る