第6話 取引


 暗闇が支配する深い地下の世界。

 重罪人を、その命が尽きるまで幽閉する王国の牢獄。

 

 あの邪竜に魔法で飛ばされてエディスと再会した日。

 俺の人間としての人生は終わりを告げた。

 

「誰かっ、話を聞いてくれ!!」

 

 俺の声を聞く者は無く。

 兵士達に捕縛されて、裁判も無くすぐにこの牢獄へと放り込まれた。

 鉄扉越しの形だけの尋問。

 そして、それ以外は何もない空虚な時間が続いていた。

 

 * * *

 

 俺はこの深い闇の牢獄で、ただ座禅を組み、己の心を見つめ続けている。

 

(エディスのおしっこは良い匂いがした)


 自然の理を知り、自然の流れを感じる。

 

(おしっこの洗礼が俺の力を高める)


 霊長の長を自認するおごり高ぶった『人』の心の泥が落ち、知性も本能の中に在り、本能によって立つただ一匹の『獣』であると自分を知る。


 強さとは、即ち自分を知ること。

 自分を知るとは、即ち獣となること。

 獣とは、即ち生きる意味を体現すること。

 

 ならば俺とは。

 

(おしっこと共に在ること)


「違うわ!! ボケ―――――ッ!!」


 ハァ、ハァ、ハァ。

 

 結構長い間幽閉さているから頭がおかしくなっている。

 

「早くここを出ないと持たないぞ、これ」


 俺自身の力の高ぶりは感じる。

 ぶっちゃけ幽閉されてから俺は以前の三倍は強くなった。

 

 竜の力に勇者の力が加わった。

 今ならばこの頭上の城諸共、ワンパンチで吹っ飛ばすことも可能だろう。

 

 しかし。

 

 その後に待っているのは社会的な死だ。

 

 今なら魔王がいない(俺が倒した)ので、新たな魔王にされかねない。

 

「本当に、なんでこうなった……」


 ルユザに怒りを覚えるが、恨んではいない。

 彼女に悪意はなかったのだから。

 

 どんなに腐っても、女の子を恨むようになったら男は終わりだと思うから。


 

「どうしよう……」


 俺がそう呟いた時だった。

 

 カツ―ン。

 カツ―ン。

 

 誰かがゆっくりと階段を下りて来る音が聞こえた。

 しばらくして、その誰かは俺が閉じ込められている鉄扉の前に立った。

 

「もしもし、生きていらっしゃいますか?」


 随分なお言葉である。

 

「もしもし。頭狂いそうだが生きています。どーぞ」


 ガチャリと鍵の開く音がして、開いた扉の先に、ローブを纏い仮面を付けた人物が立っていた。

 

「あなたの力を貸して欲しいのです」

「……見返りはあるのですか?」


 俺の問いに仮面が自信満々に頷く。

 

「ええ。用意しています」


 一応正体を隠そうとしているが、俺はこの仮面が誰かを知っている。。

 

 俺が学院の中庭で宮廷魔法士共に拘束された時、学院の校舎の中からぞろぞろと見物客の学生共が出てきやがった。

 その中の一人、取り巻きから『殿下』と呼ばれていた少女。

 

 彼女こそこの国の第一王女、【フランシス・ニーケニア】。

 エディスの私部隊パーティーメンバー候補の一人であり、学生の身にしてこの国で五指に入る魔法使い。

 

 この城の宮廷雀達の噂話によれば厄介な問題を抱えているということであり、それ故に政敵の公爵令嬢に『勇者の仲間候補』として遅れを取っているとのことだ。

 

 勇者の私部隊に入ることができれば、その後の王位継承問題にも、競争している兄弟達に大きく差をつけることができる。

 

 彼女自身とんでもなく野心の強い女であり、相応の政治力を持っている。

 宮廷の三分の一に彼女の息が掛かっているという事実は、ここに閉じ込められてから知った。


 けれども損得勘定の仲間を作るのが得意な彼女は、しかし友達を作る方は相当苦手としているようだった。

 そのせいでエディスとの仲はどんなにフランシスが状況を作り出しても、学院の同級生から先には関係が進展できないようであった。

 

 ちなみに俺は戦刃竜気によってこの城の中は愚か、王都を中心とした半径十キロの出来事の全てを知ることができる。


 最初の内は熱心に外の情報を集めていたが……。


(幼馴染の俺をエディスとの仲介に使おうって考えか?)

 

 俺の冤罪自体は、城に戻って来たルユザによって既に晴れている。

 俺がこんなところに居るのは『学院への不法侵入の罪』であり、『政治的な理由』によるものだ。


 特に後者の理由で、俺の処遇に対する議論は『処刑』もしくは『終身刑』から全く動かなかった。

 なので少し鬱になってしまい、近頃は本当に瞑想だけをするようになっていた。


(俺の状況を改善するには力が要る。その力をこの王女様は持っている。)


 彼女は光明だ。

 けれども、そこには新たな闇が潜んでいるかもしれない。

 

 ……。


 まあおおやけに出れるならばなんでもいいか。

 

「いいだろう。俺の力を貸してやる」

「それはよかった」


 花の咲くような声が仮面の奥から聞こえた。

 そして彼女の右手が、自身のローブの中から一つの瓶を取り出した。


「それは何だ?」


 液体の入った瓶が俺の前に突き出されている。


「これはあなたへの報酬です。必要な物でしょう?」


 もしかして回復の魔法薬だろうか?

 体力の衰えた状態に効果があるものだが、しかし瓶の中からは魔力を感じない。

 

「これは一体?」


 その答えを、彼女はおごそかに告げた。


「私のおしっこです」


 待てこら……。

 

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俺は勇者よりも強い男 大根入道 @gakuha

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