第8章 Part 2 古き文明

【XXX.X】


 再び光に包まれ、時空を移動する。


【500.6.20】


 私達は王都の客間にいた。


「王子、国王陛下への謁見の準備が整いました。」


 そうか。謁見の直前か。




「アーサー、よくぞ戻ってくれた」


 一度経験した国王陛下とアーサーの対話が始まった。


「……ラザード島へ行くなら、ガルフォード将軍に話を聞くと良い。

 彼は旧王都撤退作戦時に指揮官だった男だ。

 旧王都からラザード島までの経路と魔物について知恵を授けてくれよう」

「分かりました。

 後ほど伺ってみます。

 それと、以前お願いしましたバルチェ・ロワールの件、何か分かりましたか?」


「おお、バルチェ・ロワールな。

 430年から438年までの間、王立研究院で主任を務めていた研究者だ。

 詳しい研究内容まではわしも知らん。

 その頃はまだ王位を継承しておらんからな。

 だが、古い資料を探したところ、彼女が当時行っていた実験の名称だけは特定できた。

 『神とのコンタクト実験』だ」


「神とのコンタクト……?

 神様と意思疎通を試みるということですか?」

「恐らくな。

 そして、実験を行った直後、この研究は凍結されておる。

 バルチェは行方不明扱いとなり、主任も別の者に代わった」

「実験で何か問題が発生したのでしょうか」


「うむ。

 その実験場は、アイリソニアの王立研究院地下最深部、特別研究区画。

 これがその区画の鍵じゃ」


 国王陛下がお付きの者に目配せする。

 男はアーサーに小さな鍵を手渡した。


「それが無ければ絶対に開かんし、内部にも干渉できん。

 あとは、自分で調べてみるといい」


「ありがとうございます、父上」






 ハブ空間へと戻った。

 アーサーの手には、特別研究区画の鍵が握られている。


「これって、シェルターの反対側の扉のことよね?」

「そうだね。

 あそこがバルチェの研究室だったんだ」


「それにしても、神とのコンタクトか。

 何かアレに似てるな。

 エディ・キュリスがやった『ソフィア対流との同期実験』によ」

「確かに。

 あの実験で、エディ・キュリスは神の意識に触れた、と書き残していたね。

 その結果、彼は存在が変質し、ソフィアに触れられるようになったと」


 カイが私の肩に手を置いた。

「そろそろ、次に行くよ?

 7月4日、場所は旧王都地下」






【500.7.4】


 再びシェルター前の長い廊下に降り立つ。

 シェルターとは逆、開かずの扉の前へ。


 アーサーが鍵を差し込もうとすると、自動的に鍵は扉へと吸い込まれ、ロックが解除される音がした。


 カチャリ……。


 扉が開く。

 シェルターに比べるとずっと小さな部屋だ。

 アーサーの客間くらいか。

 だが、その中に所狭しと機械の類や、見たことのない装置が置かれている。


「何だこれ?

 知らねえ材質でできた箱だな」


 ジャックが入り口付近に設置された黒い大きな箱のような塊に触りながら声を上げる。


 確かに見たことない。

 鋼でもないし、石でもない。

 表面はつるつるしてるのに、金属のような冷たさがない。


「古代文明の機械かも……」


 アーサーが呟いた。


「古代文明? これがか?

 ……昔の人間って、土器とか石のナイフとか使ってたんじゃねえの!?」


 試しに黒い箱に楔を打ち付けてみたが、傷1つ付かない。


「これ……今の私達よりも技術が進んでいるんじゃない?」

「僕もよく知らないんだけど、王立研究院は古代文明の発掘調査を行ったりもしてるんだ。

 その成果を他の研究に応用もしてた。


 昔父上が仰ってたんだけど、古代の文明は、今の僕たちの魔法文明とは全く違う、科学が進歩した文明だったらしい」


「魔法よりも科学が進歩?

 そんなことあり得るのか……?」

「うん。

 一般には全く公表されてないけどね。

 だから王立研究院の地下施設は、王族の命の次に重要だって言われてるんだ。

 今の魔法技術じゃ再現できないものが沢山保管されてたらしいよ」


「古代文明の発達した科学技術は、なぜ現在まで受け継がれていないのかしら?」

「さあ……。

 どこかで滅んじゃったのかな……」




 部屋の中央の空間だけが不自然に空いている。

 元々あった別の装置が撤去されたのだろうか。代わりに時渉石が浮いている。


「みんな来て。

 少しは情報を得ることができそうよ」


 時渉石に触れ、ビジョンを発動した。


【438.7.14】


「ずいぶん昔だね」

「バルチェ・ロワールの実験に関係しているのかも」


 映像が始まる。


 研究区画に4人の人間がいる。

 紫色のローブを着た女性が1人、白衣を着た男性が2人と女性が1人。


 周囲の複雑な機械類に加え、スペースが開いていた中央部分にも見たことのない装置が鎮座している。大きなステージだ。

 人が1人入れそうな円柱形の透明な筒が中央のステージ上に設置されており、そこからチューブのようなものが伸びて黒い箱やその他の器具につながれている。

 加えて、巨大なジュエルの塊がいくつか浮いている。


 科学文明と、私達の魔法文明のハイブリッド……?


「そでれはこれより、神とのコンタクト実験、『ダイブ』を開始する」


 リーダーらしき紫色のローブを着た女性が皆に向けて宣言した。


「主任!

 ついにこの日がやって来ましたね!」


 白衣を着た男性の1人が興奮気味に声を上げる。

 主任……。

 ということは、最初に喋ったローブ姿の女性がバルチェ・ロワールか。


「ああ。わしも嬉しいぞ、サイモン。

 神域へのアクセス装置を開発出来たのは、ここにいる全員の努力の成果じゃ。

 特にガージュ、お主が古代文明の遺跡を発見しなければ、この設備は実現しなかった。

 礼を言うぞ」


 バルチェ・ロワールは外見こそ30代半ばくらいの女性であるものの、随分年季の入った話し方をする。

 そしてどことなく幼さを残した顔つきとしぐさ。

 そのギャップが何とも印象深い。


「こちらこそ。

 お役に立てて光栄ですよ」


「皆には今のうちに言っておく。

 この実験は危険じゃ。

 伝え聞いた話によると、神との対話を試みた者は過去にも存在しておる。

 ガラム帝国の魔導師、エディ・キュリスじゃ。

 アプローチの仕方は分からんが、彼はソフィア対流との同調実験で心身に異常を来したらしい。

 実験を行うわしはもちろんのこと、お主らの命も危険に晒す可能性がある」


「大丈夫ですよ。何が起きても受け入れる覚悟はできてます」

「そうか……。

 では、配置についてくれ。

 神との対話を始めるぞ!」


 バルチェの言葉を受け、4人が位置につく。

 サイモンとガージュ、そう呼ばれた男2人は黒い巨大な箱の前の椅子へ、バルチェは中央の透明なドームの中へ。

 もう1人の女性がバルチェの頭や胸元、手首などに機械から伸びたチューブを貼り付けてゆく。


 男たちが座った黒い箱の正面に光が点った。

 ちょうど端末の画面のようだ。

 画面の中には刻々と変動する数値やグラフが表示される。


 ……これが発展した科学文明なの?

 魔法を使わないとしたら一体どうやって……。


 古代文明が科学だけでこの領域にまで進歩したのなら、なぜ現在の私達に受け継がれ普及しなかった?

 そもそも、なぜ古代文明では魔法が発展しなかったの?


 疑問は尽きないが、映像は流れてゆく。

 どうやら実験の準備が完了したようだ。




 ゴウン……ゴウン……ゴウン……。


 低く、唸るような音が研究室に響き始めた。


「フィジカルコンディション、グリーン。

 ソフィア残量、規定値クリア」

「空間歪曲度、正常範囲内。

 ソフィア対流、補足開始します」

「発電機1番から3番までの運転開始。

 電力供給、異常なし。

 コンバーター作動開始。

 エネルギー逆変換、開始します」


「水晶回路とのシンクロ確認、誤差0.005。

 問題ありません」

「ソフィア対流、補足完了。

 前回計測時との変動率1%未満」


 白衣を着た3人が、画面を見ながら状況を報告する。バルチェが答える。


「いけそうじゃな。

 詠唱を開始する」


「水晶回路による増幅・安定化反応確認。

 180%……200%……220%……250%!

 出力目標値クリアです!!」


「カウント開始します!

 ダイブまで5……4……3……2……1……」


 ヒュッ……!!


 強い閃光が部屋を満たした。




 閃光はしばらく続いた後、中央のドームに収束するように消えた。


「……バルチェさん?

 バルチェさんがいない!!」

「消えた!?

 ……実験中止だ!! 装置を停止しろ!!

 対流に流されて持ってかれた……!?」

「そんなはずありません!

 ソフィア対流の位置変動観測なし!

 すぐそこに、まだ通っているはずです!!」

「だったら何で肉体が消えたんだ!!」


「本来、神域にダイブするのは魂のみのはずです……。

 なのに肉体ごと消えてしまうなんて……」

「主任の肉体と水晶回路の接続座標はまだステージの中心を指しているぞ」

「水晶回路の自動追尾は解除されていません。

 センサーの故障ですか!?」

「分からない……。

 何らかのアクシデントでどこか別の場所へ転移したか。

 センサーが正常なら、肉体が消滅したか……」


 呆然と立ち尽くす研究員たち。


 しかし、私達には見えていた。

 ドームの中心で周囲を見回すバルチェが。


 これは記録だからなのか、それとも私に特殊魔法の能力があるからなのかは定かではない。

 だが、映像には半透明に身体が透き通り、誰にも認知されなくなったバルチェ・ロワールの姿が映っていた。


「どうした?

 おーい……?

 わしが見えんのか?」




 映像はここまでのようだ。




「神域ってのは、神様が存在する領域って意味か?

 そんな場所ホントに存在すんのかよ?」

「分からない。

 もしかしたら、宗教的な意味合いの神とは少し違う概念なのかも知れないよ」

「あ~~。何も聞こえないな~~」


 メリールルは、会話の輪から外れて辺りをブラブラ歩き始めた。


「今私達に分かることは、バルチェ・ロワールがエディ・キュリスと同じような実験の結果、誰にも認識されなくなったってことだけね。

 そして、その後研究は凍結された」




「あ!

 ねぇねぇ、良いモン見つけたよ!!」


 黒い箱の奥でメリールルが叫んだ。


「ほらっ! 鍵!!」


 紫色の宝石のついた鍵……拠点の小部屋の鍵だ。

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