第8章 真話

第8章 Part 1 トリガー

【500.7】


 いつの間に現れたのか、カイは私達の前に立っていた。


「カイ……!

 一体何が起こっているの?」

「簡単に言えば、キミ達の世界の終焉だよ」


 終焉?


「失敗って、どういうこと?

 私達は今さっき、目的を達成した」


「世界を終わらせるのが目的かい?

 違うだろう?

 これは、ボクにとってもキミにとっても、最悪の結末さ」


「よく分からない……。説明してよ」


「キミが目覚めた時、この世界には大きく3つの未来の可能性があった。

 1つ目の未来は現状維持。

 2つ目の未来はアークの破壊、ネットワークとヴェーナの消滅。

 そして3つ目の未来は、キミ達の世界の終焉。

 意図的ではないにせよ、キミの行動によって3つ目の未来が確定したんだ」


 私が世界の終焉を確定させた?


「この結末で満足かい?

 それとも、未来を変えたいかい?」


「世界の終焉で満足するわけないでしょ?

 2つ目の未来を目指してここまで来たんだもの」


「分かった。

 じゃあ、1回だけ協力してあげる。

 本当はダメなんだけどね、こういうの」


 そう言って、カイは私の肩に手を置き、目を閉じた。


「上位権限により、対象『ドロシー』の数値を改ざんします」


 数値を……改ざん?


「ねえ、アイツだれ?」

「知らねぇよ、俺だって」

「敵ではないみたいだけどね」

「この人はカイ。

 メリールルに出会うより前、私は一度拠点で会ってるの。

 何者かは分からない」




 周囲の景色が変化した。


 真っ白な空間、その中に私達4人とカイが立っている。


「何をするつもりなの?

 ここはどこ?」

「ここは、イニシャライズによって作り出された時間の存在しないフラットな空間。

 そうだな、わかりやすく言えば、テレポートで使う接続空間の時間干渉魔法版ってとこかな。

 時間のハブ空間って表現すればイメージしやすい?

 ここからあらゆる時間にアクセス出来るんだ」


「時間に……アクセス?」

「過去を改変するってこと」

「そんなことして、大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないよ。

 後で怒られる」


 怒られる?


 誰に?


 カイの目の前に数字が現れた。

 ちょうどビジョンを発動する時のように。


「あまり無秩序にアクセスしても負荷を増大させるだけだから、アクセスするポイントを絞らせてもらうよ」


 カイが数字に手をかざす。

 いくつかの日付が抽出されてゆく。


「いいかい、ドロシー。あとの3人も。

 良く聞いて。

 キミたちはこの世界の終焉を阻止する。

 でも、さっきのままだとそれは不可能だ。

 『条件』を満たしていないからね。

 だから、これから過去に遡って、いくつかの事象を追加し、条件を満たしてもらう。


 未来の分かれ道、そのトリガーになる日は、4月25日。

 キミたち4人が出会った日だよ」


 4月25日。

 港でジャックと出会い、ル・マルテルに会いに行った日だ。


 あの日が「トリガー」?


「ル・マルテルに会う前にしなければならなかったことがあるんだ。

 痕跡が消える前に」


 痕跡……?


「もしかして、歴史学者アルマートの拠点ですか?」


 アーサーがカイに問う。


「そのとおり。

 何をすれば良いか分かったね?

 これからキミ達が取る行動は、過去の事象の間に挟み込まれる。

 最終的にラザード島でアルマートと出会う直前から再スタートして貰うことになるけど、それまでの出来事が無かったことになるわけじゃないから気を付けて。

 じゃあ、始めるよ」




 周囲の光が一際強くなり、眩しくて目を閉じる。


【500.4.25】


 光がおさまり目を開けると、そこはブルータウンの港だった。

 丁度私達3人がジャックと初めて出会った時だ。


「記憶は……引き継いでるんだな」

「不思議な感覚だね。

 炎属性魔法が使えなくなってる。

 肉体は当時のままなんだ」

「もうよく分かんないわ~。

 アタシ考えんのパス」


 カイの姿はない。

 私達だけで何とかしなければ。


「指示どおり、マルテルさんに会いに行く前に、地下道へ行ってみましょう」






 久しぶりのレーリア地下道。

 メリールルが見つけた、いや、後で見つけることになる筈の「あの場所」へ。




 その小さな小屋は、この日も変わらずそこにあった。

 アーサーが扉に手をかける。


「開けるよ?

 ……あれ、鍵が掛かってる」

「私が中から開けるわ。

 ちょっと待って」


 エクスチェンジを発動させ、小屋の中に移動。

 そして内側から解錠する。


 部屋の中には、私とメリールルの2人で来たときには無かったものがあった。


 いくつかの書物と、メモ。


 数日後には誰かに持ち去られるってこと?


 アーサーが丁寧に資料に目を通す。

 その中に、彼の目を引く記述があった。


________________ _ _

 487年10月11日

 遺跡での作業中に、不思議な人物に出会った。

 身体が透き通り、私以外は誰も彼女を認識できないという。

 名はバルチェ・ロワール。

 私の理解を越えたことを話す彼女ではあるが、これは私の人生を変える出会いなのかもしれない。




 487年10月12日

 彼女は神に触れることで全てを知り、その代償として世界に干渉できぬ体になったという。

 私の求めていた答えを、彼女が持っているのかも。




 487年10月25日

 なぜ世界は残酷で、争いに満ちているのか?

 その答えを知るために人類の歴史を研究してきた。

 何か理由があるのだろうと。

 人の成り立ちを知って分かったことは、やはりその理由は確かに存在したということだ。

 私達は、エネルギーサイクルの奉仕者(奴隷)だった。

 世界意志が課した闘争の呪縛は、人々を争いの螺旋から離さない。




 487年11月4日

 真実を知ってしまった以上、それを黙って見過ごすわけにはいかない。

 原因を取り除き、あるべき状態へと変えねばならない。

 だが、本当にそうすべきなのか?

 それで皆は幸せになるのだろうか?

 現状を変革することは、正しいことなのか?

 私は何も知らない方が良かったのかもしれない。




 488年7月1日

 バルチェから教えられた事実を記録し、2種類の書物にまとめた。

 有史以来の我々の歴史を『世界歴史書』に、そしてもっと根底にあるもの、この世界の真実を『真話』に。

 だが、はたして『真話』は発表して良いものだろうか?




 488年10月11日

 やはり『真話』の内容は、人に知らせるべきではない。

 遺すべきでもない。

 燃やしてしまおう。

 全ては私の心の内に。




 489年2月3日

 旧友であるシーナ・レオンヒルが何やら不穏な動きを見せている。

 彼女の目的は何だ?

 もしかしたら、利用できるかもしれない。

 構想が夢物語でなくなる。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄




「世界歴史書って、バルチェ・ロワールという人から教わった知識を記したものだったのね」

「何かよく分からん用語が多いな……。

 バルチェ・ロワールってのは何者なんだ?」


 ジャックの疑問にアーサーが答える。


「名前だけは聞いたことがあるよ。

 かつて王立研究院に勤めていた人物だったはず……」

「その人が、アルマートに影響を与えたってこと?」

「いや、でもおかしいな。

 バルチェ・ロワールは独立戦争期の時代の人物……50年以上昔に亡くなってる」

「ユノ・アルマートってレオンヒル達と同年代だろ?

 接点ねえじゃん」


「これが、カイの言っていた『痕跡』じゃないの?」

「かも知れないね。

 一度父上に聞いてみるよ。

 それにしても、『真話』……今はもうないのか。

 どうにかして読みたかったんだけど」




 アルマートの隠れ家から拠点へと戻る。

 アーサーは端末でメールを作成した。


「次に戻るとき、バルチェ・ロワールについて聞くから情報を集めて欲しいと、執事を通じて父上にお願いしておくんだよ。

 これで何か分かるはず」


 アーサーがメールを送信すると同時に、光が満ちた。






 気付くと、カイのいるハブ空間に戻っていた。


「お疲れ様。

 今のが結末を変えるトリガー。

 上手くいけば、終焉を回避する選択肢が生まれる。


 次に行こう。

 次は……6月20日。

 場所はエルゼ王国王都ラスミシア」

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