とぎれた唄 3『嫌な貴族を追い払おう』
エミュリエール様が、隠すように、わたしを後ろで抱えている。その手は、少し汗ばみ、緊張しているようだった。
誰だろう?
サファは、エミュリエールの後ろ姿を見あげ、首を傾けた。
「太陽の導きに感謝を、メルヴィル
「はははっ! 私に頭を下げるとは、ずいぶんと落ちぶれたものだな」
わらい声があたりに響き、その不快さに、サファは眉を
「私は、もう、あの家の者ではありませんから」
「ああ。今は、大聖堂の司祭、というくだらない事をしているんだったな」
彼の背中につけた額から、困惑と、
「して、今日は、その司祭様が、何の用でここに?」
「それは……」
エミュリエールは、この場をうまくやり過ごす言葉を探していた。
「もしや、
ホントに、偉そうだ。エミュリエール様は言い返しもせず、笑顔をひきつらせている。それが、後ろを向いていても、分かった。
「卑しい。実に卑しい! 卑しすぎて私にはとてもできない」
段々、ムッとしてきた。
言われているのが、わたしのことなら別にいい。だけど、それが、エミュリエール様の事だったから。
「なんなら、
「…………」
「あぁ、本当に
サファは、言い返しもしないエミュリエールにも、苛立ちを感じていた。
こんなに、エミュリエール様だって、イライラしているのに。
それは、弟の話になった途端、強くなった。サファは、服をギュッと
エミュリエール様が
それなら。
「エミュリエール様、わたくしも挨拶してよろしいですか?」
背後から、小さく声をかけると、エミュリエールは引き
「はは、勘弁してくれ。君が挨拶していい相手じゃないぞ」
その顔には汗を浮かべ、抱える手に、更に力が入る。だけど、わたしはその手をすり抜けて、彼の前に飛び出した。
「あぁ、こら!」
振り向いてニコッとした。
子供のわたしなら、うまくいけばやり過ごせるかもしれない。だって、このままエミュリエール様が困っているのを見ていられないもの。
サファは、スカートを両手で広げて、やうやうしくお辞儀をした。
「わたくしは、エミュリエール様の、
「ほぉ」
メルヴィル卿は、にやにやとして、
悪いことの一つや二つ、しているだろう。そんな、人相だ。
前に
あれなら、使えるかもしれない。
背中に、柔らかくて温かいものが触れた。エミュリエールがすぐ後ろに来て、首を振っている。だけど、わたしは構わず前を向いた。
「薬室に来ていたようだが?」
「はい、わたくしは、生まれながら目の病を
目を伏せて、わざと悲しそうな雰囲気を
「目の病だと?! そ、そうだったか、大変だな。大事にされよ!」
すると、手のひらを返したように、メルヴィル卿は、気持ち悪い笑いを
すごく汚いものだと思われているんだろうな。
「ありがとう存じます。あの、わたくし!」
「寄るな!」
話を続けようと足を、一歩、前に出すと、メルヴィル卿は恐れるように後退り、顔に焦りを浮かべる。
よかった。
サファは、ほくそ笑み、もう一歩、足を前に出してみた。
「来るんじゃない!
今の今までいやらしい視線で見ていたというのに。自分の身が危険だと思ったのか、メルヴィル卿は
よし!
サファはその後ろ姿を眺め、得意げな
「君は……何をしているんだ」
「だって、腹がたったんです」
サファが口を結んで、そっぽを向いた。
エミュリエールは、緊張をほぐすように、両手で顔を
驚いた。まさかサファに、こんな積極的なところがあるとは思っていなかった。きっと、一人で過ごすことが多かったから、気づかなかったのだろう。
この子は誰かのためになら、優しくて、強い。その尊さが、眩しくて、嬉しくて、エミュリエールは彼女を強く抱きしめていた。
「どうしたのですか?」
いつもより近くで聞こえるサファの声が、気持ちを落ち着かせる。
「少し驚いただけだ。なぜ、あんな事、知ってたんだ?」
腕から解放してやると、深い海なような瞳で、不思議そうにエミュリエールを揺らしていた。
「前に、本で読んだことがあるんです。目の病気は、
「うちにそんな本、置いてあったか? それにしても、よく、そんな本の内容、覚えてたな」
エミュリエールは顎を撫で、上を見あげる。
「本当は、魔術の本を探していたのです」
「そうか……魔術に関する本はあそこにはない。置いてあるのは、君が寝泊まりしている部屋の、隣の
「本当ですか? わたし、図書室の本、全部読んでしまったので、困っていたのです」
エミュリエールはそれを聞いて、大きく目を見開いた。
「おい……君は、何を言ってるんだ?」
図書室の本を全部、と言ったか? 信じられん。
「大した事じゃありません。だって。わたしには、時間がたくさんありましたから。エミュリエール様、また誰かにあったら嫌です、早く行きましょう」
だけと、サファは、そんな事には、気にも留めてないようで、歩き始める。
「あ……あぁ。ちょっと待ちなさい! そっちじゃない」
エミュリエールは、あらぬ方向に曲がったサファを捕まえる。2人は、ペガサスに乗り、帰ることにした。
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