祭事の補佐 9『逃げた先で』

 今日は、約束した、システィーナとのデートの日だった。


 システィーナは元々婚約者で、出家した時に、解消している。彼女はまだ、諦めていないらしく、機会があれば、よく外出に誘われていた。色々話したが、その中でもたくさん聞かれたのは、やっぱりサファの事だった。


 もうちょっと、あとちょっと、と引き止められている。ちょうどその時だった。


 普段、街中で寄越よこさないようにと言っているにも関わらず、紙飛行機型の手紙が飛んできた。


 なんだ?


「珍しいわね。何かあったのかしら?」


 手に持っている手紙を眺め、システィーナが眉をひそめていた。急いで中を開ける。


「何だって?!」


 言った途端とたん、エミュリエールは召喚獣を出してまたがった。通行人がざわついている。それもお構いなしに、彼は飛んでいってしまった。


 手紙には”サファが、ヒュールズ令息に暴力を受けた”と書かれていた。


「サファは?!」


 大聖堂につき、飛び降りて、ハーミットの肩を掴む。


「申し訳ありません、エミュリエール様。俺らがいたのに……」


「彼女は今どこに居るんだ?!」


 ハーミットは頭を下げていた。


「執務室にいるように、と伝えましたが、どこかに逃げ隠れてしまったようで……」


昼時ひるどきになっても、出てきませんでした」


 レイモンドも首を横に振る。


「どこを探したんだ……?」


 奥の歯を噛み、押し出すように言った。


「彼女がよく行く場所は全て……クソッ! あんなに頑張っていたのに!」

「なん……だと?」


 荒波のように、不安が押し寄せた。

 もし、この敷地内から出てしまっていたら……


「アイツ……」


 許せない!!

 前にも、同じような事があったが、ここまでの殺意は覚えなかった。


 なにか……手がかりは。


 礼拝れいはい堂まで来て、エミュリエールは事の詳細を聞いていた。既に、散らばった飾りの残骸ざんがいは片付けられており、血痕だけが残っていた。


「怪我をしたのか?!」

「たぶん、殴り飛ばされた時に、負ったのではないかと」


 ハーミットが手に持っていた物を渡す。それは、レンズが割れてしまった、眼鏡だった。


「ハーミット! 国王に手紙を飛ばせ! レイモンドは、まだ見てないところを探してくれ『暴走』が心配だ」

「了解しました」


 サファは普段、あまり知らない場所には行くことはない。だが、パニックした状態であれば、どこに行くかは、本人だって分かってないだろう。


 幸い、建物の中は静かで、今はまだ『暴走』は起きていないはずだ。


 エミュリエール達は、各自サファを探す為に、荒く足音をたてて、走った。



 大聖堂の3階、南棟。

 床に残るわずかな血痕けっこんを見つけ、エミュリエールは昇ってきた。ここは、普段からあまり使われない物置のような部屋が並んでいる。


 あった。


 ひとつだけ、扉が少し開いているところ見つけ中に入っていく。



 酷い有様だった……

 彼女は壁に寄りかかり、気を失っているようだった。


 頬は赤く腫れ、唇から流れた血液が固まっている。前に伸ばした足の、り切れた傷口からは、まだ、血が流れていた。


「っ!!」


 そっと、手をのばし頬に触れると、細く目を開けたサファが、まるで、殺されるかのように、目を大きくあけ、置物の影にかくれた。


「サファ、大丈夫。私だ、ほら傷を治そう」


 彼女は、身をかたくちぢめて、首を振っていた。見知った仲と言えど、大人の男である私を、怖いと思うのは当たり前だろう。


 サファが、ここ最近、肉体的にも、精神的にも、疲れているのは分かっていた。そこで、その仕打しうち。本当に、なんて事をしてくれたんだ。


「大丈夫だから……こっちにおいで」


 膝に顔をうずめて首を振っている。しばらく待っても、状況は変わらなかった。


 少し強引にしなくてはいけないか……


 仕方なく、怖がるサファに手を伸ばした。


「や……」

「ここは寒い。早く傷を治して、暖かいところに行こう」


 サファは首を振り続けたが、後ろに、逃げ道はない。


「いや!!」


 叫ぶと同時に、魔力が急激に膨らんでいく。

 掴んだ腕を拒むように、彼女を取り囲んでバチバチと火花が弾けとんだ。


「!!」


 大変だ! 『暴走』を起こし始めている!


 手から脳天に、直接伝わる、痺れと痛み。それでも、エミュリエールはサファを引き寄せて、腕の中に収めていた。


「うう……あああああ!!」


 気が遠くなる程の、魔力の抵抗を受け、エミュリエールは悲鳴をあげる。だが、彼の手だけはサファを、優しく撫で続けていた。


 !!

 エミュリエールの悲鳴がようやく耳に届く。サファは、我に返って、彼の服を掴み返した。


 膨らんだ魔力が小さくなっていった。


「エミュリエール様?! 大丈夫……」

「バカ……大丈夫じゃないのは君だろう!」


 添えられた手から、みるみるうちに、傷が治っていく。エミュリエールは、体に張り付いているサファを見て、深く息を吐き出した。



 危なかったぁ……

 こんな魔力があるなんて、聞いてないし。

 マジ、びっくりしたから



 額に汗を浮かべ、とても口には出せない事を思いながら、エミュリエールは軽く微笑んでいた。


「エミュリエール様!」

「あぁ、ここだ」


 『暴走』の予兆よちょうに気づいたハーミット達が走ってきて、エミュリエールの腕に、サファがいる事を確認すると、2人とも安心したように息を吐いていた。


「よかった……」

「お二人とも、すみません……あの後、大丈夫でしたか?」


 相当怖かっただろうに。その言葉を聞いて、3人は胸が締め付けられた。


「大丈夫、心配いらないよ」


 サファは小さく頷いていた。




 今日は心配だという事で、サファはエミュリエールの部屋で休む事になる。


 報告では、かなり寝付きがいいという話を聞いていたのに、彼女は、朝までほとんど眠ることはなかった。


 昨日の事もあって、今日は1日部屋にいるように、と伝え、午前の仕事が終わり、昼食のために戻って来ると、サファは部屋には居なかった。


 焦って、部屋を飛び出たところで、食事を持ってきた、メイドのルアンナに出くわした。


「あの子は、どこに行ったんだ?!」

「サファちゃんなら、気になる事があるから、と図書室に降りて行きましたよ? あらあら、まぁ……ふふ」


 くやいなや、エミュリエールが、走って階段を降りていく。その様子を見てルアンナは笑みをこぼし、部屋の中に食事を運んでいった。

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