祭事の補佐 3『初めての魔術』

 どうしようかな。


 ほうきを片手に、サファは考え込んでいた。


「サファ、どうした? 何か、悩みでもあるのか?」


 そこをたまたま、エミュリエールが通りすがった。


 ギリギリになって、彼の部下に知られて騒がれるより、いっその事こと、先にバラしてしまってもいいのかも知れない。


 サファは、口に手をあてて、エミュリエールの顔をみあげていた。


「ん?」


 彼は首を傾げていた。


「エミュリエール様、もしも、わたしに秘密な事があるって言ったらどうします?」

「秘密か、なんだ?」


 どうしよう。悩む……


「今度、お話しします」

「なんだ、今じゃないのか?」


 けど、今は決心ができなかった。


「サファ、掃除より、補佐の方を優先にしておくれ」


「とりあえず読み書きの方は、もう、問題ないと言われています」


「そうなのか? 凄いな。その調子で頼む。後、秘密の事は、話す気になったらいつでも来てくれ」


 「楽しみにしている」と、片手を挙げて、エミュリエールは歩いていった。



         ※



「指導は進んでるのか? ハーミット」


「うん、読み書きは問題ないし、作法も覚えがいい。まるで、令嬢を相手にしているみたいだよ」


「そうなのか? それは凄いな」


 レイモンドが、目を大きく見開いた。


「だけどさ……」


 もう、外が暗くなる頃だった。ハーミットは、サファが着る服を手にとり、眺めていた。


「あぁ、見た目な」

「そう、彼女、すごく顔を見られるの嫌そうじゃん?」

「よく仕上げられたら、エミュリエール様も喜ぶだろ? お前、そういうの得意じゃないか」

「そうなんだけど……」


 ハーミットは少し悩んでいた。伸ばした髪で顔を隠し、他人が近くに寄ることをサファは嫌っているように見えた。


 おまけに、エミュリエール様のお気に入りとなれば、下手な事をして、機嫌を損ねるマネでもしたら、ただじゃ済まないような気がする。


「眼鏡を外して、髪をどうにかすれば何とかなるんじゃないか?」

「まぁ、そうするよかないよな」


 何着かの服を選び、ハーミットは箱にしまう。


 あとは、着せた後、考えるか……

 なるようになる。


 そう、思っていたハーミットだったが、サファの服を合わせる当日、大変な事件が起こってしまうとは、この時は想像だにしていなかった。



          ※


 エミュリエールに秘密を打ち明ける決心がつかないまま、この日が来てしまった。


 服合わせ。


 空は、自分の心を映しているかのように、暗い寒空をしている。


「サファ、今日は何をするの?」

「服合わせ」

「え? それって最後にやるやつだよな?」

「そう? 知らないけど」


 わたしと、エナと、ライル。3人は朝ごはんを食べていた。


「読み書きも、作法も、終わったの?」

「マジかよ。オレらひと月はかかったんだぞ?」


 ライルがカトラリーでスープをすくい、口をとがらせる。


「あら、私はそんなにかかってないわよ? でもすごいわね、だって、役が決まってから、まだ、7日くらいしか経ってないわ」


「もともと、読み書きは出来たから……」


 そう、わたしは、読み書きができた。


 最初は、ここにいるみんなが、当たり前のようにできるものかと思っていたから、それも嫌がらせを受ける原因になった事がある。


 それと、この2人にも言えないような秘密が、もう一つ。


 魔術が使える事。


 これは、ここで過ごしてから、誰にも知られた事はない。


「サファ、あなた、髪のことは多分言われるわよ」

「うん、分かってる」


 そりゃそうだ。これも、いじめを受けた原因の一つだもの。こんなボサボサで、顔が隠れていたら、誰だって「汚らしい」って言いたくなるだろう。


 気にしないでいてくれるのは、この2人とエミュリエール様、それに、ここにいる大人たちだった。


 きっとわたしには、顔を見られたくない理由があるんだと、深く聞いたりはしないでくれていた。


 やっぱり。


 エミュリエール様には、言っておくべきだったな。そうだ、まだ遅くない。服合わせ、はエミュリエールに秘密を打ち明けてからしてもらう事にしよう。



 その事を言いに、サファは約束の時間に、多目的室にやってきた。中にはすでにハーミットがいて、華やか服を並べていた。


「それじゃあ、今日は服を選ぼうね」


「あの、それなのですが。その前にエミュリエール様に話をしておきたい事があって……」


「話したい事? これの後じゃダメなの? 俺から伝えるけど」


「いえ……その、ちょっと、込み入った話なので」


「うーん」


 ハーミットがあごでて、眉間みけんしわを寄せた。


「じゃあ、選ぶだけでもいいからさ」


 確かに、テーブルに並べられた服は、彼がこの日のために用意してくれたもの。それなのに、選びません、というのは少し気が引ける。


 サファは小さくうなずいた。


「触ってもいいよ、布の感触とかあるだろうし」


 ハーミットを見上げて、並んだ服に視線を戻した。


 そんな、選ぶと言われても、わたしは、もうずっと孤児の服を着ているし、きれいな服を着たいという願望もない。


 うーん、困ったな。


 顎に手を添えて、サファは首を傾げ、ふるふると振った。


「どれか、着てみたいのないの?」

「ちょっと、分かりません」

「いつも、みんな喜ぶんだけどな……仕方ない、俺が選んじゃってもいい?」


 サファがコクッと頷く。


「ちょっとごめんね。ん……?」


 ドキリ、とする。


 ハーミットが眼鏡に手をかけていた。そのついでに、顔をじっと見ているのを感じる。


「ちょっと見せて。それに、その髪だって切らないと」


 まって、やめて。


 サファは首をふるふると振っていた。


「やっぱり、エミュリエール様と話をしてからでいいですか?」


 じりじりと後ずさった。


「なんで? そんなに可愛いのに」


 髪に触れようと、手を伸ばしているハーミットが、歩いてくる。


 なんだか、悪魔に追い詰められているかのように、怖い。


「大丈夫だよ」


 違う、大丈夫じゃない。


 心臓の音が、頭にひびくぐらい大きくて、サファは壁に寄りかかり、耳を押さえた。


「ごめんね、ちょっとだけ触らせて」


 伸ばされた手から、逃げようと、サファが出口に向かって走り出す。


 もう、パニックだった。


「待って! ピアーセ」


 ハーミットが呪文を唱えた。


 顔が見たい、という好奇心はあったと思う。だけどこのまま逃げ出されたら、エミュリエール様にしかられてしまうという気持ちの方が強かった。


 突き出された、ハーミットの指先から、白いなわのようなものがサファに向かって飛んできた。


「やっ!!」


 両手で頭を抑えてうずくまる。



 縄が、届くか、届かないか、その時……






 バシィッ!!






 突如とつじょまばゆい光ともに、縄が弾かれる。サファのもっていたペンダントが光り、魔法陣が出てきてハーミットの魔術から彼女を守っていた。



「きゃっ!」



 その衝突で起きた突風で、サファがごろごろと転がっていく……



 光が去った後、そこにはハーミットと、床でを気を失っている、サファの姿。


「え?」


 ハーミットは唖然あぜんとしていた。


「えぇぇ?!」


 もう一度、うわずった声を上げると、ハーミットは青ざめて、ポタポタ、とこめかみから冷や汗を流していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る