謎とき大福~文芸部のおかしな事件簿~

えま

第1話

「謎解きって、お菓子を食べている時の感覚と似ていると思うの」


以前、綾音先輩が俺の差し入れた大福を頬張り、これから読む小説を吟味しながら言った言葉だ。


この文芸部ーーと言っても部員は部長である篠宮綾音(しのみや あやね)先輩。そして俺、一ノ瀬和人(いちのせ かずと)だけだ。


俺は友達から借りた漫画雑誌を読みながら、斜め前に座っている先輩の方を見る。

相変わらず小説に夢中で、今日も俺が持ってきたフルーツ大福を食べてながら読んでいる。


この文芸部に入って1年とちょっと。

本当は中学の時と同じくサッカー部に入るはずだったのだが、ひょんなことからここにいる。

元来俺は人とわいわい何かをするのが好きだし、色んな奴等と話したい。それが何故だか2人だけの部活でほとんど喋らない時間を過ごしている。

俺は目元まである天然パーマの前髪をいじりながら感慨深く思っていた。


今日持ってきた大福は8個。

定番のいちごから甘酸っぱいキウイ、ぶどうにパイナップル。桃やマンゴーと言った贅沢な品からモンブランやカボチャと言った変わり種が入ったものもある。

先輩は基本的に定番のいちごが1番好きなようだが、読む小説の内容や場面によって欲するものが変わるらしい。


「こ、これは…!」


さっきまで静かだった先輩が、大きな瞳を輝かせながら新しい大福に手を伸ばす。

俺はさりげなく、いちご大福を先輩の手もとに差し出す。先輩は大福と俺の顔をちらりと見やり、それを食べ出した。


「うんうん、ほおー!!」


その瞳はさらに輝きを増し、先輩は大きく何度も頷きながら小説を読み進めている。

よっしゃ、当たりだ。俺は頬杖をつきながら、にやりと笑った。


去年の5月に出会って約1年。一緒にいて、綾音先輩の欲しい物やそのタイミングが十中八九、分かるようになった。

きっと今は物語のクライマックス。

そして先輩にとってめちゃくちゃ良作。


(あーあ、また口にあんこついてる)

小さな子を見るような微笑ましい気持ちで先輩を見る。

事実、先輩は高校3年生の平均身長から随分とかけ離れている。145センチと小柄で華奢な体型に色白で透き通った肌。

伏し目がちで大きな瞳に、胸元まであるサラサラな漆黒のロングヘアー。

可愛らしさと美しさを兼ね備えた先輩の見た目に、言い寄ってくる奴等も多いかと思ったのだが、俺が入学したときには既に先輩は〈変わり者〉としても知れ渡っていた。

近づくのは「用件」があるものだけだ。


「はあーー!!」


先輩はキラキラした瞳を継続させながら本を閉じる。やっと読み終わったらしい。既に部室の時計の針は5時を指している。


「当たりでした?」


「最初は難解だったんだがクライマックスで一気に伏線が回収されてめちゃくちゃ興奮してまさか犯人があの女だとは…あー今年1番の作品が来たかも知れない。」


先輩は立ち上がり、まくしたてて感想を言い始めた。


この作品を読みだして2時間。その間に綾音先輩が食べた大福の数は7個。まあいつも通り、平均値である。

俺は先輩の話を微笑ましく聞きながら、最後に残った桃大福に手を伸ばした。

もちっとした食感とともにさらっとしたあんこが迫ってくる。

1口目はもどかしくもまだ桃には届かない。

皮とあんこのハーモニーを楽しみながら2口目に桃にたどり着く。

まだ店頭にならび始めたばかりのそれは、酸っぱさが目立つがみずみずしく、あんこの甘さと相まって絶妙な仕上がりになっている。

さすがじーちゃん。長年の技だな。

俺の家は大正時代から続く老舗の和菓子屋で、俺が頻繁に大福を持って来られるのはそのためだ。

まあ、代わりに学校が休みの日は店頭に立たされているんだが。


「刑事が犯人に追い詰められるところね、そこから徐々に謎が解き明かされていくときにあのいちご大福の甘酸っぱさがなんとも物語の盛り上がりに拍車をかけてくれたわ」


桃大福を頬張る俺を見ながら先輩は感想の続きを語りだした。

先輩にとって和菓子とは、小説を面白く読むために必要不可欠な相棒だが、それ以外で食べることはあまりない。故に俺はいつも先輩が読み終わるのを待ってから残りに手をつける。


小説の余韻に浸りながら、先輩は1人で頷き続け、なにやらぶつぶつ言っている。


(面白いなあ…)

綾音先輩は見ていて飽きない。

初めて会ったときは、その可愛さに俺もドキドキしていたものだが、振り回されまくった今では違う意味でドキドキする日々を送っている。


「和人、お茶」


「は、はい!」

ふいに声を掛けられドキッとした。

先輩はあまり人と話さない。特定の誰かと一緒にいたり、話題に誰か近しい人の名前が挙がることもない。だからこうして名前を気安く呼んでもらえるのは嬉しかったりする。


そう思いながら俺は急須の緑茶を注いだ。


「そういえば、じーちゃんがフルーツ大福を食べるときは紅茶も良いっていってましたよ。ストレートじゃなくてミルクティーもまろやかさがあんこのまったり感と合うんだとか」


「……それを知っていたならさっき読んでいるときに出せよ」


「そうですね、すみません」

こんな会話も嬉しいと思う俺はドMなのだろうか?




ガラガラガラ……


先輩が緑茶を飲もうとコップに口をつけた瞬間、ゆっくりと部室の扉が開く音がした。


「あっ、あのー、ぶっ、文芸部はこちらですか…?」


聞き覚えのある声がした。

クラスメイトの剛力くんだ。


「どうかしたの?」


「一ノ瀬くん!じ、実は困っていることがあって……助けて欲しいんだ」


剛力くんはその筋肉質なガタイとスポーツ刈りの風貌とは結び付かないおどおどした声でそう言い、1枚の紙を俺に渡した。


(なんだこれは?手作りのクロスワードパズルか?)


それを見た先輩は俺の背後から紙を奪い取り不敵な笑みを浮かべてこう言った。


「あっていますよ。ここは文芸部。あなたの謎、美味しくいただきますわ」


綾音先輩がさらに面白いのはここからだ。










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