【葉桜の君に】筆致は物語を超えるか参加二弾目
れなれな(水木レナ)
エピソード1・秋田葉太とその周辺
秋田葉太は愕然とした。
今日はクラスに来ていた生徒はただ一人――春川桜子だけだったのだ。
モニターにも授業に参加する生徒はいない。オンライン参加の高校生とは、まだ何か隔たりがあるように思えた。
確かに彼が担任を受け持つようになったのはこの春からだ。
学区中でも有数の悪童が集まるこの学校は、クラスを受け持ったら最後、胃に穴を空けるか、引きこもりになってしまうと噂だった。
普通の通学組とは別に、通信制の生徒も受け持っているこのクラスでは、子供たちはそれぞれに事情があり、都合があり、とにかくもう思うようにはいかないのだ。
通いさえすれば単位がとれる授業もあれば、課題をこなさないと進級できないものもあるが、逆に言えば1、2年時にテストをクリアしてしまえば、出席なんてしてもしなくてもいいものがある。
秋田の受け持ちの授業がちょうどそれだった。
3-2はほとんどの生徒が不登校で、授業はオンライン配信で、宿題はメールで届ける。いつの頃だったか、驚異的な感染力をもつウイルスが流行したときに、導入されたシステムがそのまま残った稀有な事案だった。
今の子供たちにはそれでいいのかもしれないが、秋田が学生だった時には一般的ではなかったように思える。
「春川桜子」
二人っきりだ。
彼女だけは、部活のためと言って登校している。しかし、他の生徒はのきなみやる気なしだった。
生徒たちは、寝ているか遊んでいるか、教師で遊ぶか。どれかなのだった。
そんな中で、春川桜子の存在は、どちらかといえば、要領が悪く、それゆえいじらしくもあり、逆に一緒にサボるような友達はいないのかと問いただしたくなるような、まじめを絵に描いたような生徒だった。
(少しあいつに似ているよな)
姿勢のまっすぐなところや、髪をきっちりと――あれ、なんていうんだ? ミツアミが頭に巻きついているようなの――まとめているのも、安心するというか、好感度が高いというか。
手に負えない生徒たちを抱える身としては、見ているだけでほっとする――そんな存在。
タブレットの問題を、模範解答するのも彼女だった。
授業を受け持つ身としては、誇らしい。
ただ、思春期真っただ中だというのに、友達も見かけないではどこか不穏だった。
一階の教室から、青々とした葉を芽吹かせた、桜の木が見える。
単純に教室が変わるというだけでなく、来年、秋田はこの場所にはいられないかもしれない。
この学校の教師は、三人続けて退職している。そのあとで一人は亡くなっている。あとの二人は胃に穴を空け、心を病んでいた。
その補充ということで、秋田は採用されたのだ。
正直、秋田には心を病むほどの何があったのかは知らない。けれど想像することはできた。
そういえば新しくクラスに来たとき、最初に挨拶をしてくれたのも桜子だったなと思う。葉桜の季節は、なにもかもが中途半端で、未知の世界に放り込まれたような気持がした。
その中で、いつか見た彼女の面影が、秋田を支えていた。
秋田は、校内で着ている白いジャージから背広に着替えると、陽の落ちた坂道を徒歩で下る。バス停までわずかなので車を用いることはまれなのだ。
春先の木立が、重苦しい枝葉を風に上下させている。その公園を横切ろうとして、時計を見た。真昼の熱気はすでに去っている。
(ちょっと近道していこう)
秋田は腕組みをして、寒気を避けた。
公園の複数ある出入口に足を運ぶと、薄暗い灯りの下のベンチに誰か座っていた。
素通りしようか迷ったが、彼女は学校の制服姿で――さらにいえば、彼の受け持ちのクラス生徒だった。
(なにをしているんだろう)
それはHRでたった一人、自分の話を聞いていた春川桜子。彼女に慰めを与えるかのように、咲きながら葉を茂らせた葉桜が頭上で揺れていた。
「春川?」
桜子は悲鳴をあげて、顔を秋田の方へむけた。
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