願いを叶えるその時まで 傍話集

緑樫

第1話 とある日の買い物の話

「そろそろ俺たちも、自前の武器とか欲しくないか?」


 拓海のそんな提案が発端となって、俺たちは村の武器屋を訪ねていた。


 この場には俺を含め、咲、千尋、まどか、優奈の俺と同じサークルの女性の面々。


 なぜ提案した当人である拓海がいないのか。


 ほんと、おかしいよな…。


 女性たちは全員で固まって和気藹々と、武器や防具を手に取っては会話に勤しんでいる。


 俺はそんな彼女たちの姿を眺めながら、こんな状況を作り出した元凶3人に対する恨み言を溜め込んでいた。








「そろそろ俺たちも、自分用の武器とか欲しくないか?」


 こちらの世界に来てから3週間程が経とうとしていたある日。


 俺、拓海、玄治、涼真の4人は、日々の訓練終わりの帰りがけ、武器屋の前を通りかかったところ、拓海が店を眺めながらそんなことを言い出した。


「あーそうなー。そろそろ自分用の武器を手に馴染ませとくのもいいかもしんないなー」


「だろ?明日休みだし見に行ってみねぇか?金もそこそこ貯まってきたし」


「うん、俺も賛成。春風は?」


 玄治と涼真が拓海の発言に賛同する。


 俺たちはこちらの世界に来てから今まで、訓練に参加する際は毎回訓練用の武器を借り受けていたが、訓練用に用意された武器というのは基本的に鉄木製で、実際に戦闘で用いられる鉄製の武器と比べて軽く、殺傷能力も低く、リーチも短いと、その武器を初めて扱う人間用にデザインされている。


 熟練者からしてみればそれは玩具みたいなものらしい。


 いずれ実際に未知の敵と戦っていかなければならない俺たちにとって、鉄製の武器の扱いに慣れておくことは必須事項であった。


「そうだな。特に予定もないし、明日行ってみるか」


「おっし、決まりだな…ん?あれ…」


 拓海の視線を辿り前方に視線を送ると、そこには千尋がいた。彼女も俺たちに気付き、こちらに手を振ってくれている。


「訓練お疲れ様」


「そっちこそ今日も治癒魔術の修練だったんだろ?お疲れ様」


 平時の声量で十分聞こえる距離まで近づき、お互いに労いの言葉をかけ合って、そのまま共に宿に向かう。


「今どんな話してたの?」


「あぁ、明日自分たち用の武器でも買いに行こうかって」


「あー武器かー。…私たちも買いに行こうかなー」


 俺の返答に、考える素振りをしながら反応する千尋。確かに彼女たち魔術専門の人間でも、自衛用の武器は絶対必要になってくる。


「それじゃあ千尋も一緒に行かない?」


「うん、私も咲ちゃんたちも明日は休みだから、一回聞いてみるよ」


「うん、それじゃあ頼んだ」


 そうしてその後も5人で他愛のない話を繰り広げながらも宿に到着し、そこで一旦解散。そしていつものように食事をするべく、宿の食堂にもう一度集まった俺たち。


 そこには先程の帰り道ではいなかった咲、まどか、優奈、弘一、真由がおり、サークルメンバーの内、この世界に連れて来られた10人全員が勢揃いした。


「春風、私たちも一緒に行くことにしたから。明日はよろしくね」


 咲はそれだけ伝えると、千尋たちに合流する。


「ああ、うん。おっけー」


 俺は咲に返事をしながら、明日のことについて思案する。彼女たちも一緒に行くということで、これで8人。随分と大所帯だ。


「おいおい春風、今の何の話だよ。みんなでどっか行くのか?」


 俺と咲の会話が聞こえていたのか、弘一が近寄り質問をしてくる。彼の後ろから真由も付いてきていた。


「うん、明日武器見に行くんだ」


「えーなんだよー、お前らだけずるくねー!?」


「ずるいって、私たち今日休みだったでしょ?」


 騒がしい弘一に、隣から冷静な真由のツッコミが入る。


「いやでもよー、めっちゃ楽しそうじゃんかー。あー俺も行きたかったわー」


 とても悔しそうに何度も声を上げる弘一とそれを都度都度冷静に窘める真由。


 相変わらずの微笑ましい光景に少し胸焼けしそうになりつつ、俺も拓海たちの方へと向かった。


「咲たちも来るって」


「あぁ、春風。うーんそうかー」


 拓海は俺の言葉を聞くや否や、他の2人と顔を見合わせながら、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている。


「…なんでそんな笑ってんの?」


「いやー春風、明日の事なんだけどな。俺らはお前らとは別行動しようと思うんだ」


 拓海は俺の肩をパンパンと叩きながらそんなことを言い出した。


「は?別行動?なんでだよ、一緒に行けばいいじゃんか」


「いやいや、こんな大所帯で1つの店になんか行ったら邪魔になるだけだろ?」


「…まぁ確かに。でもそれなら男女4人ずつ分かれるってことでよくない?」


「女子だけだと色々不便なこともあんだろ?武器や防具って結構重いだろうし」


「ぐ…、なんで俺なんだ」


「色んな面を考慮して、お前が一番適役だって俺らん中で結論が出た」


「…お前ら絶対面白がってるだけだろ…」


「まぁまぁ、これも1つの経験ってことで」


「そうだよ。それにリーダーとして、女子たちともっと友好を深めるのも重要だと思うよ?」


「そうそう。春風も色々声かけを頑張ってるようだけど、まだまだ足んねぇと思うぞ?」


 そう口々に話す悪友たち。


 彼らの表情からは微塵も真剣味を感じない。しかし言ってることはそれなりに的を得ているのも事実であるため、俺は上手く反論できなかった。


 こうして俺は、女子4人の中に単身混ざるという完全アウェーの中での買い物を強いられることとなったのだった。








「うわっ、剣ってこんなに重いんだ。持ってるだけで疲れそう」


「ほんとほんと!あたしたちこんなんじゃ戦えないよ!」


 咲たちは口々にそう言い、剣を引き摺るようにしてなんとか持ち上げられないか悪戦苦闘している様子。


 彼女たちもこちらの世界に来てから1週間程度訓練に参加していたが、確か武器の類は触らせてもらえてなかったんだったか。


 鉄製の武器ともなれば刃渡り1メートル前後のもので1.5キロ弱程の重さがあると聞いたことがある。それだけの重量のものを持って、振り回したり走り回ったりするのは日本の一般的な感覚からすれば相当骨が折れることに思え、それが女性ともなれば尚更のことだろう。


 しかしそれに加えてこの世界にいる人間たちと俺たちとでは、単純に筋力に差があるのか、それとも他の何か不思議な力、大気中に満ちる魔力のせいなのか分からないが、身体能力が圧倒的に高い。


 そんな人間たちに合わせたのか、この店に置かれた武器たちはほとんどが大きく、太く、重いのだ。


 大体の剣の刃渡りは1メートルを優に超え、それに合わせた太さ、重さとなり、3週間みっちり訓練を積み、この世界の恩恵によってそこそこ身体能力が上昇した俺でも、それらを持って戦うのは勘弁したいところ。


 まして魔術の修練を中心に行ってきた彼女らが扱うのは、むしろ枷にしかならないだろう。


 俺は店の隅に置いてある、他の剣とは二回り以上も小さい、俺たちがいた世界ではショートソードなんて呼称をされていたものと同じくらいの大きさの剣を手に取り、共に置いてあった鞘に収めて、それを持ったまま咲たちのもとへと向かった。


「おーい、大丈夫か?」


 俺はそう呼びかけながら、大きな剣を元あった場所に戻そうと必死になっている彼女たちの近くに寄っていく。


「ダメー、重すぎ。2人がかりでやっとだよー」


「ほんとこんなのでどうやって戦うのー」


 剣を抜き身のまま、それぞれ咲と千尋、まどかと優奈でペアになって2人でその柄を掴んで持ち上げているが、あまりに安定感がない。


「あー、ほら危ないからゆっくり地面に置いて。俺が片付けるから」


「ほんと?助かるけど…春風持てるの?」


「うん。これでもそこそこ鍛えてるからね」


 そう言い俺は、地面に置かれた一振りの剣を片手で持ち上げて見せる。


 やはりさすがに重い。今の俺じゃ実戦では使えないだろう。


「えーすご。なんでこんなの片手で持てんの?」


「咲たちも筋トレ頑張ればこれくらいいつか持てるようになると思うよ」


 俺は元あった台の上に剣を置きながら、受け答えをしていく。


「えーほんとにぃ?」


「ほんとほんと。この世界の人たちって、やたら力持ちだなって感じたことない?」


「あー確かに。この世界の人たちが特別なんだって思ってたけど違うの?」


「正直まだはっきりとしたことは分かんないんだけどね。でも日々訓練を重ねていくうちにすごいスピードで身体能力が上がってる感じがするんだよな。俺たちが元居た世界で、全力で身体を鍛えたってこんな速度で成長することはない気がする」


「へーそうなんだ。でも私ら今のとこ魔法の鍛錬で精一杯なんだよねー」


「まぁそこら辺は役割分担ってことで今は仕方ないことかもね」


 俺はそう言いながら手に持っていた小さめの剣を咲に見せる。


「うーん、あんまり春風たちに負担は…え?それ…」


「咲たちは今はこれくらいの武器でも十分かなと思って。ほら持ってみて」


「あ、軽い。これなら私らでも使えそう。ほら千尋も持ってみて」


 咲たちが俺が渡した小さめの剣の感触を確かめている間、俺はもう1本の床に置かれた剣を掴み取り、元あった台座の上に戻す。


 ふぅ。とりあえず自然に会話はできたかな。


 俺は少しの満足感を覚えながら、再び談笑する彼女らをただ眺めるだけの状態に戻る。


 女子との会話には、正直なところ苦手意識が少しあった。


 今まで部活、バスケ中心で生きてきた俺には、男女共学の学校に通っていたからといって女子との付き合いというものに時間や体力を割くだけの余裕がなく、圧倒的に経験が足りない。


 今みたいに、会話をするだけの材料、目的がはっきり用意されている場なら特に問題はなかった。


 しかし、男女ともに友人間ではよく行われる、目的や方向性のないとりとめもないような会話となると、男同士ならまだしも、女子の中に入ってとなると途端に何を話すべきか分からなくなるのだ。


 そもそも、バスケ中心の日々にしっかりとした充実感を得られていたために、恋愛に手を出す必要がなかったというか、むしろ余計なものと位置付けており、ちゃんと交流を図ってこなかったのが今になってじわじわと効いてきている。


 昨日拓海たちが言っていたことは、今の俺の不足点を正確に射抜いていたのだった。


 俺は盛り上がっている女子たちを他所に、自分用の剣を探してみることにした。


 自分の剣を探すのは、今日この買い物をするにあたって決められた目的の最たるものであり、絶対に必要なことであると、自分に言い訳をしながら。








「春風君、今日はお疲れ様」


 夕方、目的であった武器、といっても値段の関係で、購入できたのは西洋風の剣を1人1本ずつのみであったが、それでも最低限の目的を果たすことができた俺たちは、宿への帰路に就いていた。


 そんな帰りがけ、千尋が労いの言葉をかけてくれる。


「あ、ああ、ありがとう」


「色々付き合わせちゃってごめんね?」


「目当てのものが見つかんなかったんだし、仕方ないよ」


 最初の一軒を訪れた後、他の店も回ってようやく人数分、今日来られなかった真由の分も含めて5人分の小さめの剣を手に入れることができた俺たち。


 鉄の供給に何らかの問題があったらしく、需要の比較的少ないあの小さめの剣はあまりたくさん生産していないとのことで。


 結果、いちはやく目的の物を手に入れた俺は女子たちの買い物を、購入した剣を背負ったまま何時間と歩くことになってしまった。


 後になって自分の剣の購入は後回しにしておけばよかった後悔しても遅く、今現在、疲労困憊の状態で歩いていた。出来る限り隠しているつもりだったが、千尋にはバレてしまっていたらしい。


「千尋たちは結構元気そうだね?」


「ううん、私たちだってもう足パンパンだよ。でも楽しかったからかな、あんまり気にならなくて」


「そっか。それはなによりだよ」


 彼女たちも俺たちも、こちらの世界に来てからというものこうして丸1日休みを取れたのは今日が初めてだった。


 それにこの街。


 異世界の街というのは俺たちにとって何もかもが新鮮で、別段大したことでなくとも楽しく感じることが多々あった。


 彼女らのはしゃぎ様もそういった理由があるんだろう。


 今も他愛ない話で盛り上がっている咲たち。


 こういう光景がこれからも何度も見られるといいと、密かに願わずにはいられなかった。

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