行動ゲージが溜まらない人害は、せめてイラつかせないでくれ

ちびまるフォイ

待ち時間にできること

「学力テスト1位は、今回も早杉か。すごいな。

 これでまた"行動ゲージ"が短縮されたな」


「ありがとうございます。先生の指導あってこそです」


早杉の頭の上に表示されている「行動ゲージ」の長さが短くなった。

行動ゲージが最大まで溜まると人間は行動を起こすことができる。


「で、学力テスト最下位は……また遅山だな」


「すみません……頑張って勉強しているんですが……」


「お前なぁ、そのままじゃまともな生活できないぞ。

 もっと便利でスマートに暮らしたいならもっと勉強しろ」


「はい……」


遅山の行動ゲージはクラスでもぶっちぎりに長い。

それだけに行動へと移るまでのタイムラグで、誰よりも鈍い。


「おい! 遅山! ボールいったぞ!」


「えっ?」


飛んできたバレーボールは遅山の顔面にヒット。


「遅山、あんなボールもかわせないのか」


「僕……行動溜まるの遅いから……」


「ならせめて、いつでも行動できるようにためて準備しておけよ。

 なけなしのゲージを意味のない活動に費やしているから、

 肝心なときに行動に移れないんだよ」


「でも……」


「でもじゃねぇよ。行動を起こさなくちゃ変われるわけ無いだろ。

 そんなだからいつまで経っても行動ゲージが短縮できてないんだよ」


早杉と遅山はもともと同じ幼稚園からの知り合いだった。

その頃は同じ行動ゲージの長さで、同じだけの行動をしていた。


活動的で生産的なことに行動を費やす早杉はどんどん人気になったが、

虫を集めたり花に水をやることに行動を消費する遅山には誰もついていかなかった。


二人が学校を卒業する頃にはもう昔のような交流はなく、

早杉は短い行動ゲージでたくさんのことをこなせるようになっていた。


「君の行動ゲージはすごく短いね」


「はい。ですからどんな仕事を頼まれても、迅速に行動して解決できます」


「採用だ!!」


一流の有名な会社には行動ゲージの短い人たちが押し寄せている。

毎日、短い行動ゲージをフルに活用してたくさんの仕事をこなしていた。


「こっちのデータを解析に回せ!」

「次のはあっちでやるぞ!」

「みんな、ガンガン進めていくからな!」


そんなとき、早杉はコンビニへ水と弁当を買いに行った。


襟のきいたシャツにぴかぴかのスーツの早杉に対し、

コンビニにはよれよれの服をきた遅山がカウンターに立っていた。


(あいつ……ここで働いていたのか……)


早杉は気づかないふりをしてカウンターに商品を置いた。


「えーっと、これがこうで、あれをスキャンして……」


つい先ほどまで、短いゲージの高速作業の中にいたこともあり

遅山の長い行動ゲージによるゆっくりした作業にはイラつかされた。


「……急いでるんだけど」


「すみません、ゲージ溜まるまで待ってもらえますか」


遅山の行動ゲージは溜まったばかり。


「ああもういい。弁当は温めなくていいよ。おそすぎる」


「そうですか。でしたら、次の行動でレンジをキャンセルするために動くので待っていてください」


「いい! もう俺が動く!!」


遅山が1つの行動をする間に、早杉なら10の行動を起こすことができる。

にも関わらず、遅山のペースに合わせるのは不快だった。


「いいか、お前と俺の時間の価値はまったく違うんだ!」


捨て台詞を吐いた後、ゲージの短い人たちの会社でこの話をした。


「その気持ちわかるわ。人害どもは死ねって感じだよな」


「人害?」


「人間の害、だから人害。ああいう行動ゲージが長い奴らのことさ」


「ああ、なるほどね」


「人害どもに合わせると無駄に時間を使わされるぜ。

 あいつらは時間の価値はみんな平等だと思っているのさ」


「何様なんだろうな。この世界を行動で動かしているのは俺たちだっていうのに」


人害差別は日増しに大きくなっていった。


短い行動ゲージの人たちが10の不満を漏らしても、

長い行動ゲージの人たちは1の不満を訴えることしかできない。

ゲージが溜まるまでの時間が長いのだ。


やがて町は「行動ゲージ」の長さに応じて区画が割り当てられ、

発展のかなめとなる中央部には短い行動ゲージの人たちだけが入れるようになった。


長い行動ゲージの人たちは迷惑のかからないような町の最果てへと追いやられた。


「いやぁ、この町もホント便利になったよなぁ。

 町を歩いていても人害が視界に入らなくなったし」


「今だに差別だって言う人もいるけどな」


「ははは。差別じゃなくて最適化だろ。

 優れた人間を優れた場所に適正に配置しただけじゃないか。

 人害共を入れて足を引っ張ってもらうのが理想なわけないだろう」


「だよなぁ」


区画整備が行われてから町は急速に発展していった。


これまで作れなかったような技術もどんどん生み出され、

見たこともないような建造物が立ち並び、意思決定も早くなっていった。


町のはずれに追いやられた人害たちは、

せめて行動ゲージの短い人たちに悪影響を与えないようにほそぼそと暮らしていた。


そうして忙しくしている早杉のもとに同窓会の連絡がきた。


「同窓会、か。懐かしいし行ってみるか」


長短バラバラな人たちが集う同窓会には最初抵抗があったが、

昔なじみの人たちと会いたい気持ちが勝って参加した。


そこの席には遅山も参加していた。


「遅山……」


「早杉くん、久しぶり」


早杉は遅山の顔を見て驚いた。

まるで学校を卒業してから時間が止まったように若いままだった。


「お前……なんでそんなに変わってないんだ……?」


「早杉くんは、ずいぶん老けたみたいだね」


早杉は自分の顔を確かめる。遅山と並ぶと差は明らかだった。

かたや学生のような遅山に対して、早杉はおじいちゃんになっていた。


「うそだろ……どうして……。まさか、老化防止の方法が!?

 いや、そんなの人害どもに見つけられるだけの行動頻度はない。

 だったらどうしてこんなに差が……」


ゲージを何度もためては「思考」という行動に費やす。

早杉はそれを繰り返しているうちに気がついた。


「まさか……行動頻度が影響しているのか……!?」


「こないだ医者にいったら体は健康で寿命はあと100年はあるって言われたんだ」


「バカな! 俺はもう10年ほどしかないのに!!」


「それは短いね……そんなにストレスがある生活をしているの?」


「お前ら人害どもに何がわかる!! こっちはお前らの10倍行動しているんだ!

 それだけ行動しているから……寿命が……寿命が……」


早杉をはじめ行動ゲージの短い人たちは気づいていなかった。

自分たちに残された時間があとわずかしか残っていないことに。


同じ行動ゲージを持つ人達に囲まれている生活では時間の流れの差に気づけなかった。


早杉はあわてて同窓会を飛び出して仲間を集めた。


「みんな聞いてくれ! 俺たちエリートは短い頻度で行動していたことで寿命が短くなっている!

 早く寿命を延長するものを作らないと、俺達は滅んでしまうぞ!!」


「なんだって!? オレらが滅んだらこの世界の終わりだぞ!」

「ここまで発展させてきたのは私達なのに!」

「急いで寿命を伸ばすんだ! 行動できるうちに!!」


寿命の限界を悟ったエリート達は血相を変えて寿命延長技術に総力を注いだ。

あらゆる行動は寿命延長への注がれて、早杉が最後の一人になったときついに完成をみた。


「やった……ついに……完成したぞ……」


早杉だけは寿命延長することができた。

それでもすでに頻繁な行動により延長できる量には限りがあり、さして伸ばすこともできなかった。


「早杉くん……?」


「遅山……」


早杉は入院し、最後にあったのは人害である遅山だった。

あまたの行動により寿命延長を行った末に、遅山と同じだけの年齢になっていた。


「どうだ遅山……俺はたくさんの努力と行動で、自分の寿命を伸ばしたぞ……。

 お前と違って、たくさんの行動をしたことで人類に貢献したんだ……」


「そうだね……本当にすごいよ……僕じゃとうていできない……。

 僕は行動ゲージが溜まるまで空を見たり、花を見てたりしてたから……」


「ははは、そうだろうな。お前はのらりくらりと生きていただけだからなぁ」


早杉は優越感に浸った。意味のある人生だったと。

多くの人のために行動をし、多大なる貢献をしたのは間違いなかった。


「早杉くん、最後に聞かせてくれるかな。

 これまでの人生で……一番感動した思い出はなんだった?」


いくら行動ゲージが溜まっても、早杉はその質問に答えることはできなかった。

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