ものいう花 ものいわぬ花7

(ヤベー…)


 昼休み、栗山はひとり学校の屋上に座り込み、煙草をくわえていた。

 二学期が始まり二日。始業式だった昨日も、通常授業が始まった今日も、岡田と一言も言葉を交わしていない。それどころか目も合わせていない。

 ちゃんと向き合おうと思っているのに、気づけば逃げてしまっている自分がいた。

 昼食も、結局いつものように一緒にとることが出来ず、缶ジュース一本だけを片手にここに来てしまった。


(そろそろちゃんとしねぇと、岡田にも見限られるかな)


 夏休み中、ずっと考えていた。

 ばったり出会ってしまったあの日からずっと、どこにも遊びに行かずに考えていた。

 結論は既に出ている。


(…なんつーか、まあ、まともに岡田の顔みれねーっつか)


 煙草の煙を吐き捨て、冷たいジュースを流し込む。


(俺ってこんな純情だったっけ?)


 好きなのだ、岡田が。

 まるで初恋をした子供みたいに、些細なことにドキドキが止まらないのだ。


(江森ちゃんの事、何も言えねーよな)


 女の方が絶対にいいなんて言っていた自分は何だったのだろうか。

 女には感じたこともないようなときめきを、岡田相手に感じてしまっている。

 岡田の感触が、忘れられない。


(けどなぁ…)


 自分の気持ちに対する結論は出たのだけれど、そこからどうすればいいのかわからなくなっていた。

 相手が女であるならば告白すればいいだけの事なのだが、岡田は男であり大事な友人でもあるのだ。

 竜平のようにうまくいくことなんて、そうそう簡単にはあり得ないだろう。

 かといって、キスまでしてしまった以上、このまま何もしない訳にもいかない。

 わかっているのだけれど、決心がつかない。


(どうすりゃいいんだよ)


 煙草を口に挟み、髪をくしゃっとかきまぜた。

 その時、背後の分厚いドアが鈍い音をたてて開いた。


「栗山君?」


 岡田の顔が、間近に栗山の顔を覗き込む。


「おわっ」


 驚いた口からぽろりと煙草が落ち、手からはほぼ空になった缶がこぼれ落ちた。

 からんと転がるアルミ缶の音が妙に大きく耳に響く。


「危ないよ、ちゃんと消さないと」


 しゃがんでそれらを拾った岡田は、几帳面に火をもみ消した吸い殻を缶の中に入れた。

 焦っているのは栗山だけで、岡田はまるっきりいつもの調子だ。

 街で出会ったあのときもそう。

 いつだって岡田は淡々といつも通りなのだ。

 この恋は叶わない気がする。

 岡田が自分に恋心を抱いているなんて思えない。

 胸をときめかせているようすなんて、欠片も見受けられない。


「江森君が心配してるよ?栗山君が挙動不審だって」


(あー…)


 そこまであからさまな態度だったかと自己嫌悪する。

 江森君が、と言うけれど、多分一番そう思っているのは岡田に違いない。


「何かあったの?」


(何かって…)


 またしてもあのキスをなかったことにされているのか。

 理由なんて分かっているくせに。

 知らない振りをするのか。

 ムカッときてつい、栗山を見つめる岡田の目を真直ぐに見てしまった。

 途端に、顔がかーっと熱くなる。


(いや、違う、そうじゃない)


 岡田が何もなかったことにしたいと言うなら、自分の気持ちなど抑えるべきなのだ。


「あっ…やっ、おっ」


 何でもないと言おうとするのだが、うまく言葉が出てこない。


「俺とおつきあいして下さい」


 やっとうまく口が回ったと思ったら、そんなことを口走っていた。


(いっ今…俺、なな…何を言った!?)


 パニックになりながら、何とかごまかそうと頭をフル回転させる。

 けれど、あまりにもはっきりきっぱり言ってしまった。

 今更ごまかせるものでもない。

 となると考えるべきは断られてその後の対応だ。


(あー、えーっと…)


 出てくるのは冷たい汗ばかり。

 都合のいい答えなんて出てきやしない。


「はい」


 岡田の答えがついに口に出された。

 けれどそれは覚悟していた答えとは全く違っていて、栗山は唖然とした。

 頭の整理が追い付かない。


「いいい、今何て?」

「はいって言ったんだけど?おつきあいして下さいって言われたから返事したんだけど…」

「いっ、意味わかってんのか?」

「なんで?もちろんわかってるよ?終業式にしたことやもっとスゴイ事したりするんだよね?」


 普段と全く変わらない口調でさらりと岡田は言う。

 それはつまり、岡田も栗山を好きだという訳で。

 栗山は穴があくほど岡田を見つめた。

 相変わらずそんな雰囲気は微塵も感じられない。


(そういう奴なの、か…?)


 わからないだけで、本当は栗山と同じようにドキドキしたりときめいたりしているのだろうか。


「じゃあ僕たちこれからラブラブカップルだね」


 にっこり笑った岡田がたまらなく可愛かった。


「お、おう」


 岡田のことはまだよくわからないが、なんでもいいやと思う。

 これからいくらでも知っていけばいい。


(こんな簡単なことで良かったのか!?)


 夏休みも跨いで二ヵ月近くぐるぐると悩んでいたのは一体なんだったのだろうか。

 男同士の恋愛というのはなかなかに謎なものである。






 屋上の柵にもたれて下を覗き見ていた岡田は不意に大きく手を振った。

 隣に立つ栗山もつられてそちらに目をやる。

 下にはちょうど竜平の花壇があり、高槻との昼休みを過ごしていたらしい竜平が外に出ていた。

 手を振り返しながら心配そうな眼差しを向ける竜平に対して、岡田は右手の親指を立ててにっこり笑ってみせた。


「え?なんで?もしかして、もうばれてんの?」


 自分の事のようにガッツポーズをして喜ぶ竜平の姿を見て、自分達の事が筒抜けであることを察した。


「まあ、見てたら、すぐわかるよね」


 あっさりと、岡田が言う。

 栗山は頭を抱え、柵に背中を預けて座り込んだ。



<終>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る