ロシアンルーレット6

 金城にはとても気になる友人がいる。

 小中高と同じ学校で、同じクラスになったこともこれまでで何年間あるだろう。

 男なのにとても美人で、けれど性格に癖があり、あまり他人と関わらない孤高の人。

 幼い頃は運動もできる陸上部のエースだったけれど、交通事故でその道を断たれた悲劇の人。

 足が不自由になってからはなぜかピアノの才を開花させ(後に聞いたところ、ピアノは昔からやっていたらしいが)、華々しくデビューした天才。

 そんなやつがそばにいて、気にならないはずがない。

 たいていの連中は気になっても近寄りがたいその雰囲気に気圧されてしまうのだが、金城はそれをものともしなかった。

 何度冷たくあしらわれようとしつこくしつこく付きまとい、今では友人の座を射止めている。

 おそらく、彼自身が自分の友人であると認めている人物は、片手で余るぐらいしか存在しないと思う。その中に、金城は入っている。多分、一番優位度が高いポジションだと自負している。

 そんな友人、皆川千草の姿を、その朝金城は意外な場所で発見した。

「マジかよ…」

 思わず口に出してしまうぐらい、それは衝撃的な場面だった。

 千草の数少ない友人関係は全て把握しているはずの金城が見たことのない男と一緒にいる千草。しかも、そいつの自転車に二人乗りだ。

「ありえねぇ」

 基本的に、自分から他人に近寄ることをしないのが千草だ。それが自らの両腕でその男にがっちりしがみついて後ろに乗っている。

「ていうか、あいつ、誰よ?」

 千草があんな風に心を許しているその相手は一体どんな素性の男なのか。

 別に千草が自分のものだなんて思っているわけではないけれど、これまでの状況は金城の独占欲的なものを生み出しており、その男に対して怒りにも似た感情がわき上がってくる。

 金城は、自転車を降りて校舎に入っていく千草を追うよりも、ご機嫌な様子で自転車置き場に向かったその男の方を追うことを選んだ。




 授業が終わり、さて帰ろうと立ち上がったところで、横からのびた腕が千草の肩をぐいっと捕えた。

 隣のクラスの友人が、入り口すぐ脇の席の千草をこうして廊下へ引きずり出すことは、よくあることだった。


「金城、痛いって」


 強引な金城の手を振り払いつつ、手に取り損ねた鞄を取りに再び教室内に戻る。


「なあ、ミナに話があるんだけどさあ」

「何?」

「まあ、帰り道すがらに話すわ」

「うん」


 そうして千草は金城と肩を並べて下校する。

 話があろうとなかろうと、帰宅部同士で帰り道が同じであるため、二日に一回ぐらいは一緒に帰ることになるのだが。

 話があると言いつつ、全く特別な話題に入らないまま、いつもと同じように他愛もない話をしながら校舎を出る。

 グラウンドの横を通りながらちらりと陸上部の活動場所に目をやるのは、いつの間にか癖になってしまっていた。

 何があるというわけでもないが、部員の中にあの長身を見つけると、何となくちょっとした達成感みたいなものを感じるのだ。


「あいつだろう?あの背の高いの」


 そんなにあからさまに見ていたわけでもないのに、不意に金城が隣でそう言った。

 悪いことをしているわけでもないのに、心臓がギクリと跳ねる。


「1年2組、春山達樹。陸上部で保健委員。成績は中の下。図体はでかいが心優しく人当たりも良し」

「…何…?」

「今朝、見ちゃったんだよね。あいつの自転車乗っかってたろ?」


 金城の「話」とはこの事だと察する。

 見られてヤバいことは何もないのだけれど、何となく後ろめたいような気がするのはなぜだろうか。


「で、調べたのか?」

「だって、気になってさあ」

「暇なやつだな」


 とうの千草だって知らないことをたった一日で調べあげてしまうなんて、金城の行動力には頭が下がる。気になったことはやらなくては気が済まないその行動力があったからこそ、今こうして千草との友情関係が結べたわけでもある。


「おまえ、陸上関係の縁は全部切っちゃってるみたいだし、それ以外で接点って何もないじゃん?なんでいきなりそんなに仲良しなわけ?」

「別に仲良しになった覚えはないけどな。朝の電車がいつも一緒なんだ。今朝はバスに乗り遅れたから乗せてもらっただけだよ」

「そうなのか?」


 金城は半信半疑の目を向ける。

 基本的に人と関わるのが嫌いな千草が同じ電車に乗っているというだけで心を許すとは思えないし、ましてや自転車の後ろに乗せてもらうなんて考えられないのだろう。

 千草自身でさえ、そこのところは疑問なのだ。なし崩し的に許している自分自身が。


「そうだよ。気にするほどのことじゃない。ていうかそもそも、なんで金城がそこまであいつのこと気にするわけ?」

「だって、珍しいじゃん。それはもうびっくりするほど」

「そうかな」

「そうだろ」


 たいして特別なこととは思っていないけれど、そう言われてみれば確かに特例といえないこともない。

 自分自身にはあまり分からないことだ。どんな顔で、一緒にいるかなど。


「あ、千草さん、今帰りですか?」


 いつの間にかランニングでこちら側までまわってきていた達樹の嬉しそうな声が背後から響いてきた。


「無駄口たたいてないでしっかり走り込め」


 しっしっと、犬のように手のひらで追い払い、金城の方を向くと、ぽかんと口を開けたバカ面がそこにあった。


「何?下の名前で呼ばせてるの?何なの、その特別扱いは!」

「あいつが勝手に呼ぶんだ、仕方ないだろう」


 素直に走り過ぎていった達樹の耳に、その会話は届いていただろうか。

 別に聞こえていてもいなくても構わないが、そんなことを思った。


「…やっぱり皆川、そっちの趣味?」


 しばらく唖然としていた金城は、妙に神妙な面持ちで呟く。


「は?どんな発想?」

「だって、あり得ない。いくらなんでもそれは特別過ぎるだろ」

「どこが」

「大親友の俺がそう感じるんだから、そりゃあもう、あいつの立ち位置それっきゃないっしょ?」

「何言ってんだか」


 呆れた千草は肩を竦め、ため息一つで大親友の主張とやらを切り捨てる。

 いつだって、バカなことを言うやつなのだから。

 そう思いつつも、少し気にする自分がいた。

 こんなにも金城が驚くのだから、自分はいつもと違っているのかもしれない。

 全くの無意識だったけれど、そういえば随分気を許すようになっている。

 特別といえば特別なのかもしれない。

 きっと、たくさんいるクラスメイトの誰よりもずっと会話を交わしている。

 話をしたいとも思わない大多数の彼等と、いったい何が違うのだろう。

 話しかけてくる人間はほかにもたくさんいるのに。

 考え出したらキリがなくて、答えも出なくて、心がそれを拒絶する。


「嫉妬か?金城」

「バカ言え。俺は健全だぞ」

「俺も健全だっつーの」


 ふざけて誤魔化そうとする千草の心を、金城は見抜いただろうか。

 何も言わないけれど、金城の中の疑惑は晴れていないに違いない。

 千草の中に生まれた燻る思いもまた、消えることはなかった。



<終>

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