第302話 懐かしさと本音






「りょうちゃん、まゆ、ちょっとだけ実家戻って荷物取って来るね。ゆいちゃんのところ行く時間までには戻るから、りょうちゃんは春香ちゃんと一緒にいてあげてね」


ゆいちゃんをゆいちゃんの下宿先のアパートに送った後、バイト終わりの春香と合流して、アパートに帰り少しすると、まゆがそう言って、部屋から出て行った。


「まゆちゃん、私に気を遣ってくれたのかなぁ…」


ボソッと春香が呟く。最近、3人でいる時はゆいちゃんに構ってばっかりだったし、まゆはバイトの時間や春香とゆいちゃんがバイトの時はいつも僕と一緒にいられる。だけど、最近、春香とは2人きりの時間を作ることができていなかった。


これを、まゆが意図してやってくれていたのなら、本当に有り難い。まゆもゆいちゃんも春香も、みんな幸せにしたいから。春香だけほったらかしって状況は避けたかった。


僕と2人きりになると春香は、ソファーに座っていた僕の隣にそっと座って、僕にもたれかかってくる。かわいいなぁ。


「春香、何か飲む?」

「りょうちゃんが用意してくれるの?」

「うん。日頃のお礼」

「じゃあ、コーヒー淹れて…種類とかは任せる」

「わかった」


春香のご要望にお応えして、僕はドルチェグストで春香にコーヒーを淹れてあげる。台所に常備してあるクッキーと一緒に春香にコーヒーを出すと、りょうちゃんも一緒にお茶しよ。と笑顔で言ってくれたので、僕は春香の隣に座って自分の分のコーヒーを淹れる。


「りょうちゃんと2人きりでゆっくりするの久しぶりな気がする…」

「そうだね。こうして、春香と2人きりでいるとすごく落ち着くなぁ」

「何それ」

「すごく安心感がある…」

「なんとなくわかる気がする。私も、りょうちゃんと2人でいるとすごく落ち着ける。なんか、実家にいるみたいな感じになる」

「そうそうそんな感じ」


と、たわいないやり取りをしているとあっという間に時間は過ぎ去ってしまう。


「まゆちゃん、もうすぐ着くって」

「そっか…じゃあ、出かける準備しないとね」

「もうできてるからさ…まゆちゃんが来るまで抱きしめてていい?」

「いいよ」


ギュッと、春香は僕を抱きしめる。そして僕は春香を抱きしめ返す。懐かしいなぁ。昔はよくこうしていたっけ。大人しくて泣き虫な春香が泣くたびにこうして春香は僕に抱きついてきて僕は春香を慰めていた。あの頃は、ただの幼馴染だったけど、今は違うんだよなぁ。幸せだ。


「りょうちゃん、春香ちゃん、お待たせ。ゆいちゃん迎えに行こ…あ、ずるい、まゆもまゆも」


まゆが慌てて駆け寄ってきたのでまゆもギュッと抱きしめてあげる。


「私だけのりょうちゃんはおしまいかぁ…」

「なぁにそれ。りょうちゃんは春香ちゃんだけのものじゃないからね」

「うん。わかってるよ」


少しだけ、寂しそうに言う春香…その様子を、表情を、僕はどのような表情で見つめていたのだろう。春香は、本当は、僕と2人だけになることを望んでいたのだろうか…


「りょうちゃん、まゆちゃん、そろそろゆいちゃんのところ行かないと私たち夜ご飯食べられなくなっちゃうよ。ほら、早く行こう」


一瞬で寂しそうな表情を消し去った春香は笑顔で僕とまゆに言う。その笑顔が偽りのものには見えない。


「えへへ。ゆいちゃんのバイト姿見るの楽しみだなぁ」


そう言いながらカバンを持つ春香を、僕はじっと見つめていた。


「りょうちゃん、どうしたの?早く行こ」

「あ、うん」


春香に手を引かれて僕はアパートを出てまゆの車に乗って3人でゆいちゃんのアパートに向かった。





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