第243話 夢の景色






すっごく幸せだった。大好きな2人に支えながら、まゆは最高の演奏をしている気がする。りょうちゃん、春香ちゃん、まゆの音、いっぱい聴いてね。


まゆのソロは圧巻だった。今までで1番、そう断言できるほど美しい音色だった。まゆの美しい音色につられるようにバリトンサックスが柔らかい音色で合流する。まゆから陽菜とみはね先輩にバトンが渡され、そして……





すごく、楽しかった。コンクール…たくさんの人に見られながら、他の団体とお客様の心の奪い合い。この、眩しすぎる照明の感覚、この、自分たちが主人公だと錯覚する感覚、たしかに、1度味わうと忘れられないものなのかもしれない。


陽菜に、この舞台を、この景色を味合わせてくれた、私の隣に座っている先輩に、本当に感謝をする。普段はなんかめんどくさい(いい意味で)先輩だけど、いざとなると頼りになって、後輩想いの優しい先輩、陽菜をここに連れて来てくれてありがとうございます。陽菜は、今年も客席にいるつもりだった。この場所は、客席にいるだけではわからないくらい神秘的で、楽しい空間だった。


これは、たしかに、クセになる。もう一度、味わいたい。とりあえず、上位大会に進んで、もう一度味わって、できれば、来年も味わいたい。できるかな…陽菜に、来年はあるのかな…なんとなく、儚い感じで吹いてしまっていた。流れが穏やかな部分なので、この吹き方は間違ってはいないはずだし、陽菜のベストを出したはずだが、名残惜しい。1番楽しい部分に、余計なことを考え、味わい損ねてしまったことが、陽菜とみはね先輩、まゆ先輩がメインだった木管低音が流れを作るシーンは終わり、バトンを次へ繋ぐ時が来た時、陽菜はちょっとだけ涙を流してしまう。




バリトンサックスからバトンが繋がれた瞬間、今まで穏やかだった曲に急に勢いが付き、目覚めた気分がした。バリトンサックスからバトンを渡されたりっちゃんさんがド派手に音を爆発させた。もっと楽しもう。まだまだ、終わってない。と誰かに伝えようとするような感じだった。りっちゃんさんのド派手な演奏にゆいちゃんやゆき先輩たちトランペットにホルン、ユーフォ、そして僕たちチューバも全力でついて行く。


トランペット、トロンボーンのメロディーにフルートやクラリネット、アルトサックス、テナーサックスが装飾で彩り、チューバ、バリサク、ファゴット、バスクラ、コンバスが支え、パーカッションがアクセントを付ける。最後はド派手に、一気に勢いをつける。1番楽しく最高の勢いで終わりを迎える。


各々が、いろいろな想い、熱量をベルから解き放ち最高のハーモニーが生まれる。曲の最後の伸ばしで、全員の音が重なる時、凄まじい熱量が生まれる。


その瞬間は最高に楽しく、最高に熱い。だが、名残惜しい。これが、終わったら僕たちが主人公の時間は終わってしまうのだから。たった十数分、その時間のために積み重ねてきた数ヶ月の日々、それを走馬灯のように思い出しながら最後の音を伸ばす。




最後の音の余韻が消え、指揮者が手を下ろして指揮台から降りて全員で立ち上がる。その瞬間、演奏が終わってから静寂に包まれていた空間に拍手が巻き起こる。


頑張って頑張って、いっぱい努力をして、全力で演奏し、大勢の人から拍手をもらう。この、夢のように楽しい時間、それがコンクール。


全員が全力を出した。やれることはやった。熱量は舞台上に残した。あとは、僕たちの熱量が残り続けることを祈りながら、結果を待つのみ。楽しい時間、夢のような景色はあっという間に終わった。





『夢海の景色』


この曲は、儚い曲、叶わない恋を必死に叶えようと抗う曲、叶わないとわかっていても諦めきれない恋は永遠にわからない感情だ。諦めないといけない、とわかっていても、何故か諦められない。そもそも、何故人は人を好きになるのか、永遠の謎だ。未知だ。その未知に傷つけられた時、私は海を見て落ち着く。海も、よくわからないものだ。私からしてみれば未知だ。そんな時、思った。恋は海に似ている気がすると、永遠に解明されないもの同士を重ねて、夢海の景色と言う単語を思いついた時、自然とどんな曲だろう。と考えていた。(夢海の景色という曲はたぶん実在しないです)




夢のような時間が終わると、寂しい気分になる。なんとなく余韻を味わいたい気分になるが、そんな余裕はない。実際は、記念撮影、楽器片付け、楽器をトラックに詰め込む。など、演奏が終わってからはかなり忙しい。しばらくして、ようやく落ち着いた頃には、あの、夢の感覚は消えている。


「「りょうちゃん、お疲れ様」」

「春香、まゆ、お疲れ様」


片付けが終わった後は自由時間、結果発表までの数時間は自由に過ごす。僕は春香とまゆと一緒に近くにある喫茶店に向かう。他団体の演奏を聴いたりもしたかったが、まずは疲れをとりたかったし、ゆっくりしたかった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る