第217話 心の変化
「春香、結局どうする?」
せっかく春香に笑顔が戻ったばかりなのに申し訳ないが…春香には解決しなければならない課題がある。
「私、一人でやる。りょうちゃん、練習付き合って」
「うん。わかった」
強くなったね。と思った。以前、甘やかさない。とは言ったが春香に、一緒に吹いて。と言われるかなぁ。と、思っていたし、言われたら一緒に吹くことを本気で検討しただろう。だから、嬉しかった。一人で吹くって、春香が言ってくれたことが…
「で、りょうちゃん…練習付き合ってとは言ったけど…」
「うん。だから…だよ」
個人練習をしていたりっちゃんさんとこう君、2人で練習していた陽菜とみはね先輩にお願いしてわざわざお越しいただいた。4人がそれぞれパート練習の時間になるまでは春香の練習に付き合ってもらう約束をした。
「音量に改善が必要だから、本番に近い音量でやらないとね。僕が聞いてるから、一回吹いてみて」
と、普段、春香が僕にするような鬼畜レッスンを今日は僕が春香にした。それに付き合わせてしまった4人の方々には申し訳ないが…曲のクオリティを上げるためには必要なことなので頑張っていただいた。春香はケロッとした表情で頑張っているが、春香の練習に付き合わせれている陽菜やこう君の表情が徐々に死んでいっていて申し訳なさを感じる。ごめん。
「陽菜、大丈夫?」
「だ、大丈夫…です…」
「陽菜ちゃん、今からパート練習なんだからまだバテないでよ…」
りっちゃんさんの問いには辛うじて明るいトーンで答えたものの、みはね先輩のパート練習発言を聞き大きなため息を吐きながら陽菜たちは去っていった。長い時間付き合わせてしまって申し訳ない。
「………春香はケロッとしてるよね」
「え、あ、うん。もっと吹けるよ」
頼もしいですわ……でも、吹きすぎはよくないからちょっと休憩……
「感覚は掴めた?」
「低音だけ…なら…合奏で合うかは……やってみないとわからない……」
「大丈夫だよ。春香なら、大丈夫。今日の合奏でダメでも、春香ならできるようになる」
不安そうにしていた春香の手を握って、僕は春香に言う。大丈夫だよ。と……
合宿後、初めての部活である今日、練習時間の大半は合宿での課題反省のため、個人練習、パート練習に当てられている。練習の最後に通し合奏の録音をする以外は各自で課題点を改善するための時間になっている。
今日の練習の最後の合奏…たぶん、まだ、足りない…それをわかっているのに、大丈夫。って言うのはどうなのだろうか。でも、春香ならいつかできると僕は信じている。
「りょうちゃん、ありがとう。聞いてて、私、やるから……りょうちゃんに練習見てもらって、みんなにも練習付き合ってもらったんだから…できないなんて言わない。やるから…」
なんとなくだけど、以前の春香と雰囲気が違う気がした。できないかも…という不安が消えて、やる。できる。と自分に言い聞かせている気がした。
「焦らなくていいからね」
「ありがとう。でも、今日は甘やかさないで…私、今日、めっちゃ調子良いの。今日できなかったら…ダメだと思う。だから、今日やりきる。感覚を掴む」
「応援してる」
「ありがと」
また、春香が遠くへ行ってしまう気がした。また、一歩、僕では届かないところへ…いつか、春香に縋り付くことすらできなくなってしまうのではないか…と不安に思う。だが、春香のファンとしては……春香の音が更に高い場所に行くことは喜ばしい。憧れであり目標である春香の音、それが今日、また一段と上に上り詰めた。
「春香ちゃん、さっきのマーチめっちゃよかったよ!」
「ありがとう。りっちゃんたちが練習付き合ってくれたおかげだよ」
合奏が終わり、りっちゃんさんに褒められて嬉しそうにしている春香を見て、なんとなく儚さを感じる。もしかしたら僕は、一緒に吹きたかったのかもしれない。一緒に吹いて春香の側にいたかったのかもしれない。
だが、気づいたら春香はもっと高みにいた。
「りょうちゃんももっと頑張らないとね」
「うん。そうだね」
僕の気持ちを察してくれたのか、まゆが小声で僕に言ってくれる。まゆの言う通りだ。こうやって、考え込んでいる暇があれば、どうすれば近づけるかを考えるべきだ。
「今度、まゆがレッスンしてあげようか?」
「まゆにレッスンしてもらうと練習にならないからなぁ」
「ひどい…まゆ、怒るよ」
「ごめんごめん」
まあ、でも、実際、まゆにレッスンしてもらうといつのまにか曲と全く関係ない練習したりしてるからなぁ…合わせよう。って言われて曲を合わせるのはいいんだけど、レッスンってなるとまゆは信用できない…笑
「頑張ってよ。春香ちゃんと揃ってまゆを支えてくれないとまゆ、全力で吹けないからね」
「変なプレッシャーかけないでよ…」
「えへへ。大丈夫、りょうちゃんならできるよ」
まゆに笑顔でできる。と言われて変な自信が湧いてきた。頑張ろう。頑張って、春香と並んで吹けるレベルになろう。と、改めて思った。
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