第190話 ちょっとした揉め事




「りょうちゃん、午前中は2人でゆっくり練習しようね」

「う、うん」


チューバとユーフォ、コンバス用に割り振られた部屋の一角で春香が笑顔に言うが…僕は疲れた表情で春香に答える。


何故、僕が疲れた表情をしているのかと言うと…つい先程、朝食を食べ終えて歯磨きしたり練習の準備をしたりする時間…春香とまゆが少し揉めた。


「りょうちゃん、午前中及川さんが心配なパート回ってパート練習の指導するみたいだから、チューバは私とりょうちゃんの2人で練習するよ」

「了解」


朝食を食べ終えて広間のソファーでゆっくりしていると及川さんと少し話をしていた春香が僕にそう言った。


「春香ちゃんだけりょうちゃんと2人きり…ずるい…」


僕と春香のやり取りを聞いていたまゆは頬を膨らませて不満を露わにして僕に言う。


「まゆちゃん、気持ちはわかるけど…合宿とか練習の時間はそういうの…」

「そうだけどさぁ…春香ちゃんだけずるぃ…まゆもりょうちゃんと2人きりで楽器吹きたいんだもん…」

「まゆ…気持ちはすごく嬉しいけど…今はわがまま言わないで欲しいな…」

「まゆのわがまま何でも聞いてくれるっていつも言ってるのりょうちゃんじゃん…」


まゆが段々と不機嫌になる。やばい…この状態でまゆをサックスパートの部屋に向かわせる訳にはいかない…陽菜とみはね先輩に申し訳なさすぎる。


「まゆちゃん、あまりりょうちゃんを困らせないの」

「春香ちゃんはいいよね。まゆがいなくなった後、りょうちゃんと2人きりでいられるんだから…」


まゆが少しトゲを持たせた言い方で春香に言うと春香は珍しく少しイラついたみたいで…


「いいじゃん。少しくらい…私だって、りょうちゃんとまゆちゃんが2人でバイト行く時とか、今のまゆちゃんと同じ思いしてるんだからね」


と、ちょっと怖い感じの声で言う。春香の言葉を聞いて、春香に申し訳ない気持ちになって少しだけ心にダメージを負った。


「いや…バイトと部活は関係ないし…」


春香にそう言われてまゆもちょっと罪悪感を感じたらしい。言葉の歯切れが悪くなる。


「それ言うなら部活と恋愛は関係ないよね。まゆちゃんは普段、りょうちゃんと恋愛をしにバイトに行ってるの?違うよね?私は今からりょうちゃんと練習をしに行くの。言いたいこと、わかるよね?」


春香が珍しく不機嫌な声でまゆに言うとまゆは少し涙目になってはい。と返事をする。


「まゆ、合宿終わったらまゆが満足するまで一緒にいるよ。もちろん、春香もね。だからさ、今は練習頑張ろう」

「うん。わかった…春香ちゃん……ごめんなさい。まゆ、公私混同してた…」

「わかってくれたらいいよ。私もちょっと言いすぎたからごめんね」

「ううん。春香ちゃんも、まゆと同じ思いしてたことを考えもしないでわがまま言ったまゆが悪いから春香ちゃんは謝らないで…」

「はーい。じゃあ、そろそろ練習行こうか。りょうちゃん、行こう」

「うん。まゆ、また後でね。練習、頑張ろうね」

「うん!お互い頑張ろう」


と、そんなやり取りをしてサックスパートの部屋に向かうまゆと分かれて今に至る。




「りょうちゃん、今日は指導コースと共同コースどっちがいい?」

「厳しい方で…」

「りょうちゃん、やる気だねー。じゃあ、共同指導コースでパート練習しようか」


何それ?新しいパート練習のコースが誕生した……ちなみに、指導コースは春香による容赦のないレッスン…共同コースは2人でバカみたいに吹き続ける。結論、どっちも死ぬ。


「あの…共同指導コースって?」

「ん?そのまんまだよ。共同コースの内容でお互いにレッスンし合う感じね。音をより完璧に合わせるためにもお互いがお互いにレッスンするの必要だと思ってたし…きつーい練習がご所望のようだしちょうどいいよね」


恐る恐る尋ねた僕に春香が笑顔で答える。やばい…間違いなく唇が死ぬ……


「あの…」

「りょうちゃん、男に二言はないよね?」

「あ、うん……」


春香が放つ謎の圧力に押されて僕は春香の言葉に同意してしまった。取り消したい…

死亡確定しました。セクション練習や合奏練習の時まともに吹けなくなる気がする。


「頑張ったら…少しだけご褒美あげようかな…まゆちゃんには内緒だけど……たまには……いいよね。まゆちゃんだって…バイト終わりとかに私に内緒でりょうちゃんにご褒美あげたりしてる…よね?」

「え、いや…そんなことは……」


まゆに、春香には絶対に内緒。と言われてキスしたり抱きしめたりしたことある。とは口が裂けても言えない。


「りょうちゃん、誤魔化してもわかるからね。まゆちゃんからはご褒美受け取るのに私からのご褒美はいらないの?」

「欲しい…」

「ん?もう一回言って」

「欲しい…」

「もう一度」

「欲しい…です…」

「何を?」

「春香からの…ご褒美……」

「今日だけだからね。あと、まゆちゃんには内緒だよ。じゃあ、とりあえず練習死ぬ気で頑張ろう」


その後、ご褒美をモチベーションに練習を死ぬ気で頑張り昼食前、無事に春香からご褒美のキス…いただきました。吹きすぎて痛くなっていた唇から疲れと痛みが一気に吹き飛んだので、午後も頑張れる気がする。







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