第189話 先輩と後輩
「みーちゃん、この子が、バリトンサックスの1年生の陽菜ちゃんだよ。陽菜ちゃん、この子、バリトンサックスの2年生の宮崎未羽ちゃんね」
朝食を食べ終えて、個人・パート練習の時間、まゆたちサックスパートは3人で集まって、陽菜ちゃんとみーちゃんの顔合わせをした。
「ねえねえ、まゆちゃん…」
陽菜ちゃんを紹介すると、みーちゃんは小声で私に話しかけてくる。
「何?」
「めっちゃかわいいんだけど…何、あの、身長高めでスタイルいい感じの銀髪美少女…チートでしょ。チート」
まあ、たしかに…陽菜ちゃん、めっちゃかわいいよね。わかるよ。うん。
「陽菜ちゃん、気軽にみはね先輩とかみーちゃん先輩とか自由に呼んでいいからね。同じバリサク同士一緒に頑張ろう。で、今度バリサク同士ご飯行こう。ね。先輩が奢ってあげるから…あ、LINE。LINE交換しよ…」
「みーちゃん、いい加減にしなさい」
風俗嬢に絡むおっさんみたいな勢いで陽菜ちゃんに迫るみーちゃんの頭をまゆが叩くとみーちゃんが涙目で「痛い」と呟く。え、そんなに強く叩いてないのになぁ…
「陽菜ちゃん、まゆちゃんに叩かれて傷ついたぁ。慰めて」
「あんた本当にいい加減にしなさいよ」
今度は割と強めにみーちゃんの頭を叩くとみーちゃんに「まゆちゃんの馬鹿力」…と言われてちょっとショックを受けた。馬鹿力じゃないもん。バイトで重いもの運んだりするから力ついちゃっただけだもん。
「陽菜ちゃん、みーちゃんに何か変なことされそうになったら私に言うか…最悪通報していいからね」
「あ、はい。わかりました」
「え、ちょっとちょっと、通報はダメだよ。まゆちゃんに報告もしなくていいからね。大丈夫、変なことはしないからさ」
「なんか、みーちゃん、セクハラ親父みたいな口調になってるよ」
「まゆちゃんうるさい…りょうちゃんにまゆちゃんの恥ずかしいエピソード暴露しちゃおうかな…」
「ちょっと、りょうちゃんは関係ないでしょ」
そんな馬鹿みたいなやり取りはサックスパートの2年生、まゆとみーちゃんの間では日常茶飯事だ。陽菜ちゃんに慣れてね。と言うと陽菜ちゃんは頑張ります。と引きつった笑みを浮かべていた。
「さて、じゃあ、ここからは真面目な話ね。陽菜ちゃん、コンクール、本当に出ないってことでいいの?今ならまだ…間に合うよ。もし、陽菜ちゃんがコンクール出ないなら私が出ることになる。私が出ることになったら…後から陽菜ちゃんが出たい。って言ってもバリサクの席は空けないからね」
まゆの隣で、陽菜ちゃんとテーブル越しに向き合って座り、先程とは違い真剣な表情で陽菜ちゃんに尋ねる。みーちゃんの先程とのギャップに陽菜ちゃんは少し驚いた様子を見せて黙り込んだ。
「陽菜ちゃん、ごめんね。本当ならもう少し考える時間をあげたいけど、時間がない。合宿が終わるまでに答えを出してね。もし、コンクール出るって選択をするなら…一緒に頑張ろう」
「あれ、陽菜ちゃん出るなら出ないんじゃないの?」
「別に…気が変わった。陽菜ちゃんと一緒に吹きたいな。って思ったから…」
ちょっと場の空気が重くなってしまったので、まゆはみーちゃんを揶揄うような口調で言う。すると、みーちゃんは恥ずかしそうに顔を赤くしながら呟いた。みーちゃんは後輩に弱いからなぁ…合宿に連れ込んで陽菜ちゃんを紹介すればみーちゃんは絶対コンクール出てくれると言うまゆの予想的中だね。
「陽菜ちゃん、ごめんね。私、吹奏楽で手を抜きたくないからさ…やるって決めたら本気でやる。だから、もし、陽菜ちゃんがコンクール出ないって…合宿終わりに私に言ったら…私は陽菜ちゃんがコンクール出るのを認めない」
みーちゃんの言葉を聞いて陽菜ちゃんは黙り込んだ。ここで、出ない。と即答しないということは…やはり、まだ悩んでいたのだろう。だから…合宿にも……
「ごめんね。重い話して、さ、練習しよっか。あ、合宿中は陽菜ちゃんもパート練習と合奏出ようね。一緒に吹いてさ、いろいろ考えてよ。時間はないけど、陽菜ちゃんが後悔しないように決めて欲しい」
そう言って、みーちゃんは立ち上がり近くにあった楽器ケースを開き始めた。楽器ケースを開きながらみーちゃんは思い出したように「あ、そうだ」と言い再び陽菜ちゃんを見つめる。
「もし、陽菜ちゃんがコンクール出たい。って言うなら私は誰が何と言っても陽菜ちゃんをコンクールに出させる。陽菜ちゃんにどんな事情があるか…私は聞いてないけどさ、相談に乗るくらいならするし…もし、陽菜ちゃんが出たいって言ったら私は全力で支える。先輩として…だから、安心して出たい。って言っていいからね」
なんとなくだけど…みーちゃんの言葉を聞いて陽菜ちゃんは嬉しそうに微笑んでいた気がする。
やはり、陽菜ちゃんは…出たかったんだろうな。
よかった。みーちゃんを合宿に呼んで……みーちゃんならきっと陽菜ちゃんを導いてくれる。
そんな気がしていた。
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