第174話 合宿
あの日から少し時は流れる。
春の季節は過ぎ去り夏に入った6月半ば、コンクールまで2カ月を切った現在、吹奏楽部の2泊3日の合宿が行われる。
「海……泳ぎたい……」
「ダメだよ。まゆちゃん。練習、頑張らないと」
金曜日、授業が終わった人から順に、大学の近くにある民宿で合宿を行う。毎年お世話になっている民宿で、部屋をいくつかと講堂を借りて泊まりがけで練習をする。金曜日は移動や、楽器の運搬がメインだが、土曜日は朝から晩まで楽器をひたすら吹くとになる。
授業が終わり、ホールで楽器を全てトラックに乗せて運搬作業をお願いした後、まゆたちも移動を開始した。まゆは春香ちゃんとりっちゃん、ゆきちゃんを車に乗せて海沿いの道を走る。海沿いにある民宿なので…割と綺麗な景色が部屋から見られるのだが…泳いだり遊んだりする余裕はない。まゆが泳ぎたい…というと春香ちゃんは笑いながらダメだよ。と言ってくる。真面目さんめ……
「まゆちゃん、ありがとう。次の子たちよろしくね」
「うん。わかったよ。楽器の積み下ろし頑張ってね」
民宿でりっちゃんたちを降ろして一人になったまゆは再び大学に向かう。車通学の人はこうやって民宿と大学を往復して人を運ぶのがお仕事だ。りっちゃんたちは4限までで授業が終わっていた人たちで、今からまゆは5限で授業が終わる人たちを迎えに行く。今からまゆが車に乗せるのは…りょうちゃんと、ゆいちゃんと、さきちゃんだ。話しやすいメンバーで助かった。と思いながらまゆは車を走らせる。去年なんか、まゆ、一年生なのに三年生の先輩を三人乗せることになって…気まずかった。
「りょうちゃん、お待たせ。ゆいちゃんとさきちゃんはまだ来てないかな?」
「あ、まゆ。お疲れ様。わざわざありがとう。今、授業終わってこっち向かってるみたいだからもうすぐ来ると思うよ」
「そっか。了解、とりあえずりょうちゃん、さっさとまゆの隣座ってね」
「はいはい」
りょうちゃんはトランクに荷物を載せてからまゆの隣の席…助手席に座ってくれる。
ゆいちゃんとさきちゃんが来るまで……と思いながらまゆは片手をりょうちゃんの手に重ねた。
「もう。甘えん坊さんだなぁ…もうすぐゆいちゃんとさきちゃんが来るんだよ」
「二人が来るまででいいから…」
「はいはい。わかったよ」
しょうがないなぁ。と言うような雰囲気を出しながらも口元がにやけてしまっているりょうちゃんを見て、まゆはかわいいなぁ…と思う。
「白昼堂々といちゃいちゃして…」
声がした方を慌てて見るとゆいちゃんとさきちゃんが車の横に立っていた。ゆいちゃんは頬を膨らませながら呟いていたが、まゆはりょうちゃんの彼女だもん。手を繋ぐくらいいつもしてますけど何か?
「ゆいちゃん、さきちゃん、お疲れ様。トランクに荷物を載せて後ろ乗って」
「はい。お願いします…」
「りょうくんの隣がよかったのに…あのじいさんの授業が長引かなければ……」
まゆが言うとさきちゃんは笑顔で頷くが、ゆいちゃんは少しだけ怖い顔をしてボソッと呟いた。そんなこと言ってもりょうちゃんの隣には彼女であるまゆが座るのが、当然の流れだから…ゆいちゃんのことは大好きだけど、りょうちゃんの隣は死んでも譲らないからね。譲るとしたら春香ちゃんくらいだから…
まゆがそのようなことを考えているとトランクに荷物を載せたゆいちゃんとさきちゃんが後部座席に座る。全員がシートベルトを付けたことを確認してまゆは車のアクセルを踏む。
「合宿ってどんな感じなんですか?」
まゆの車に乗って少しすると、さきちゃんがまゆに尋ねる。
「うーん。夜中はみんなでゲームしたり話したりして、朝昼夕夜はずっと吹きっぱなし、叩きっぱなし、弾きっぱなしって感じだよ…及川さんは死ぬって言ってた。あの人、土曜日の午前中、少し吹いた後、心配なパート回って、金管合奏の指揮して、全体合奏も指揮するから、土曜日は…腕が死ぬって去年言ってた」
土曜日は顧問の先生が授業や教授会などで参加できない為、学生指揮が合奏やセクション練習を担当するみたいだ。ほとんど及川さんが振るみたいなのでたしかに…きつそうだ。
「吹きっぱなしですか…きつそうですね…」
「あはは。でも、楽しいよ。ずっと楽器を吹けるし、夜とかみんなで盛り上がって楽しめるからさ…普段できないような話もするし、一年生は合宿を機にいろいろな人と関わる機会できるしね。合宿でカップルが誕生することもあるみたいだしね」
「カップル誕生だってさ、さき、頑張らないとね」
まゆの話を聞いたゆいちゃんは笑いながらさきちゃんに言う。
「え?さきちゃん好きな人いるの?誰々?」
ゆいちゃんの言葉にまゆが食いついた。まゆに聞かれてさきちゃんは顔を真っ赤にしながら内緒ですぅ。と答える。かわいい。
練習、練習、また練習、そして恋…
いろいろな人の感情・想い・思惑が混ざり合う合宿が始まる。
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