第172話 好き。大好き。





「ごめん…結局、終電の時間過ぎちゃったね……」


ゆいちゃんと話していたら終電の時間は過ぎていた。どうしよう…歩いて帰らないと…かな……


「りょうくん…今日は…私の部屋でお泊まりしていって…暗くて危ないからさ……」

「ごめんね。ゆいちゃん…それはできないよ……」

「お願い…今日だけでいいから……りょうくんを独り占めしたい……」


独り占めしたい…か…そもそも僕とゆいちゃんはそういう関係じゃない。僕とゆいちゃんは…ゆいちゃんがどれだけ足掻いても…どれだけ想ってくれても……友達、親友以上の関係にはなれない。


「お願い…今回だけ…一晩だけでいいから…お願い…」


ゆいちゃんは僕の腕を抱きしめながら何度も何度もお願い。と言い続けた。

何度お願いされても…ダメだ。春香とまゆが帰りを待ってくれているし…


「ごめんね。春香とまゆが待っててくれてるからさ…」


はっきり言うべきか悩んだ。はっきり言うことでゆいちゃんが傷ついてしまうのではないかと不安だった。僕の言葉を聞いたゆいちゃんは泣きそうな表情になってしまう。その表情のままそうだよね。を繰り返していた。春香とまゆが待っていることをゆいちゃんは当然理解していただろう。それなのに…ゆいちゃんは…自分と一緒にいて、と僕に言った。


「そうだよね。ごめんね。無理言って…」

「うん。僕には春香とまゆがいるし、春香とまゆが好きだからね。ゆいちゃんは本当に僕の大切な友達で…これからもずっとそうだよ。だから…ごめんね」


ゆいちゃんは泣きそうになりながら涙を溢すのを堪えていた。無理に笑顔を作って、そうだよね。を繰り返す。


「わかってるよ。りょうくんが私に振り向いてくれないことくらい…でも、もしかしたら…とか可能性を捨てきれないんだよ。可能性なんてあるわけないのにね。本当に馬鹿だよね…私…」

「馬鹿じゃないよ。ゆいちゃんは馬鹿じゃない」


好き。を諦めきれない。人間らしいじゃないか…それを馬鹿だなんて言えない。好き。と言う感情を抱いて恋をする。そして、時に傷ついて時に幸せになる。幸せになれたら、幸せを継続する努力を…幸せになれずに傷ついたら…幸せを掴むために立ち上がり幸せを掴むために再び努力をする。それを繰り返し人は成長していく。僕はそう思う。だから、幸せを掴もうとしているゆいちゃんを馬鹿だなんて思えない。


「今日はごめんね。いい加減に諦めないとだよね…りょうくんも迷惑だろうしさ…ごめんね。今日のことは忘れて…また、友達として関わってくれたら嬉しいな」


きっと…ゆいちゃんは僕に斬り捨てて欲しかったのだろう。可能性なんてない。って今一度理解をして、諦めるきっかけにしたかったのだろう。だが、ゆいちゃんの心はこの程度では折れないだろう。僕はそう思う。可能性がない。と理解して折れるくらいの心の持ち主なら、今日、この状況が作られることはなかっただろうから……


「忘れないよ」

「え…」

「忘れないよ。ゆいちゃんがさ、僕なんかと一緒にいたいって言ってくれたことを忘れるなんてできないよ。嬉しかったしね。一生、覚えてるよ。僕のことを好きになってくれて一緒にいたい。って言ってくれた女の子のことを…忘れられるわけないからね」

「ずるいよ…そんなこと……言わないでよ……」


僕の言葉を聞いたゆいちゃんは下を向いて泣き続ける。いっぱい泣いた。だが、今、泣いているゆいちゃんは…作り笑いではない笑顔を浮かべていた。僕はゆいちゃんの頭を撫でてあげる。友達として…友達が流した涙を拭ってあげた。



「今日は迷惑かけてごめんね」

「大丈夫だよ。気にしないで…」


私のアパートまで私を送ってくれたりょうくんに私が謝るとりょうくんは笑顔で言ってくれた。この笑顔が…大好きだ……


「じゃあ…気をつけて帰ってね」

「うん。じゃあ、またね」


またね。笑顔でりょうくんに言われて…嬉しかった。嬉しかった。嬉しかった。またね。何度も頭でリピートされた。また、会ってくれる。こんなにめんどくさい私にまたね。と言ってくれた。それが、友達に向けたまたね。とはわかっている。それでも…嬉しい。


「うん。またね」

「うん」


私が笑顔で答えるとりょうくんは頷く。そして再びじゃあね。と言いながら歩き始めた。


「好き。大好き」


りょうくんの後ろ姿を見つめて私は呟く。

いい加減にしないとな…私はずっとそう思っていた。だから、今日、私はりょうくんに斬り捨てて欲しかった。私を…友達としても…


でも…りょうくんは…受け入れてくれた。私のこと…忘れるわけない。と言ってくれた。

ずるいなぁ…諦められないじゃん。また…好き。って想っちゃうじゃん。

大好きな人の背中を見つめながら…私は再び泣いていた。


好き。大好き。好き。大好き。好き。大好き。好き。大好き。好き…大好き……好き………大好き…………だよ。




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