第171話 心の強さ



「じゃあね。今日は楽しかったよ。ありがとうね」

「こちらこそたのしかったよ。今度はりょうくんなしで女子会しようね」

「「うん」」


そういうことはりょうくんがいないところで言って欲しいな…と思いながら女の子3人の会話を聞いていた。そん会話を終えた後、陽菜とさきちゃんは駅の階段を昇って行く。


「あれ、ゆいちゃんは行かなくていいの?」


陽菜やさきちゃんとは反対側の電車だが、ゆいちゃんも電車に乗らないと帰れないはずだ。


「帰るよ。でも、さきと陽菜ちゃんがいる前だとあれだからさ…」

「あれ?」

「うん…りょうちゃん…その…ちょっと相談があるの…りょうくんにしかできない相談なの…」

「相談?何?僕でよければ相談に乗るよ」

「ありがとう…でもここだとあれだから…場所変えたい…」


ゆいちゃんは申し訳なさそうな表情で言う。相談くらいいくらでも乗るのに…場所か…もうすでに夜遅いしなあ…喫茶店とか飲食店はもうすぐ閉店の時間だろうし…僕たちのアパートだと、春香とまゆがいるし…でもゆいちゃんの部屋でゆいちゃんと2人きりになると当然、春香とまゆが怒るだろう。


「じゃあ、どこにしようか…どこかないかな…」

「私の部屋…はダメだよね…」

「うん。それはちょっと…」

「じゃあ…カラオケとかは?」

「うーん」


ダメな気がする。というかダメだと思う。密室で彼女以外の女の子と2人きりになるのはダメな気がする。というかダメだろう。


「まあ、いいじゃん。行こうよ」

「え…でも…」

「ダメ?私、普通に友達としてりょうくんとカラオケ行きたいし…りょうくんに相談したいこと…あるのに…」

「………」

「そう…だよね…ごめんね。わがまま言って……じゃあ、どうしよっか…そこら辺歩きながら話すとか…でいいかな?」


ゆいちゃんは悲しそうな表情で僕に言う。そんな表情…しないでよ……


「わかった。あまり長い時間はいない。終電の時間には帰る。それが条件ね」

「いいの?」

「今回だけだよ…」

「ありがとう」


僕とゆいちゃんは電車に乗る。そして、以前ゆいちゃんと行った、ゆいちゃんのアパート近くのカラオケに入る。


「で…相談って何?」

「うん…えっと……あ、その前にちょっと歌わない?少しだけ気分を落ち着かせたいの…」

「うん。わかった」


1時間ほどだろうか…僕はゆいちゃんとカラオケを楽しみ、もう少ししたら終電という時間になってしまったのでゆいちゃんに再び相談の件について尋ねた。


「ごめん…相談したいことなんてないの…ただ、りょうくんと一緒にいたかったの…りょうくんと2人きりになりたかったの…」

「そっか…」


そんな気はしていた。たぶん。そうかな。ってわかっていた。


「どうして、急にそう思ったの?」

「急?急なんかじゃないよ。ずっと思ってたよ。あの件があってから、旅行行ったり、ゴールデンウィークで帰省してる間もずっと思ってたよ。りょうくんと2人きりになりたいって……その思いが…爆発しちゃって…りょうくんを騙しちゃって……」


ゆいちゃんは泣いてしまいそうな顔で僕に言う。好きな人と2人きりになりたい。当然の感情だと思う。その感情を否定したりはしないし、否定なんてできない。僕だって…春香やまゆと一緒にいる時間は幸せだし、ずっと一緒にいたいと思うから…ただ…ゆいちゃんの好きな相手は……


「ごめんね」


僕はただ一言、ゆいちゃんにそう返した。何度、ゆいちゃんの思いを…想いを感じて、受け取っても…僕には春香とまゆがいる。2人が今、僕にとっては特別で一番大切な人だから…裏切れない。一度、春香とまゆを裏切ったさ…結果、僕は両方を取った。だから…これ以上は…相手が誰であっても……その想いは受け入れられない。


「好き…」

「ごめんね」

「大好き…」

「ごめんね」

「私を選んで…」

「ごめんね」


全て、即答した。心が痛む。自分が…逆の立場だったら耐えきれないから……この子は……強い。心が強い。折れずに……絶望的な戦いに……何度も挑み続けるこの子の心は……間違いなく。強い。と断言できる。僕は以前、その想いを…心を…別の誰かに向けてあげることを願った。その想いを実らせて幸せになることを願った。


だが、強い。折れない心を持ったこの子は……ずっと……挑み続けてしまうのではないか。と…思ってしまった。いや、気づいてしまった。

この子は諦めてはくれない。僕のことが好きな間…この子はずっと…絶望と戦い続けることになる。


「辛くないの?」


僕は慌てて口を塞いだ。つい、口に出してしまったこの言葉で…目の前にいる子が傷ついていないか、恐る恐る僕は前を見る。


「辛いよ。すごく…辛いよ。辛いから…私は幸せになりたいの。幸せになりたいから…耐えられるの…」


やっぱり、この子は…強い。そう思える心の強さ…ゆいちゃんには失礼だが…この心の持ち主が…もし、違ったら…先程まで一緒にいた幼馴染みが…この心を持っていたら…と僕は考えてしまう。


「ごめんね」


何に対してのごめんね。かは自分でもよくわからない。きみを傷つけていることに対してなのか…失礼なことを考えてしまったことに対する謝罪なのか…たぶん…どちらもだろう。どちらの意味も込めて…僕はごめんね。と一言だけ…放ったのだろう。





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