第131話 幸せに…





「りょうちゃん、ゆいちゃん、お話は終わった?」


僕とゆいちゃんが話を終えた頃を見計らいまゆ先輩が僕たちに声をかけてくれる。話したいことは話し終えたので僕はまゆ先輩にうん。と返事をする。


「後でまゆと春香ちゃんもちゃんと抱きしめてね」


まゆ先輩は小声で僕に言う。ちゃっかりしてる…


「じゃあ、りょうちゃん。帰ろうか。ゆいちゃんも今日はうちに来て、あいつのことだし…また、ゆいちゃんに何かするかもしれないから、今日はうちに来て」


春香が僕とゆいちゃんに言うとゆいちゃんは困ったような表情で僕に助け船を求めるように目を向けた。ゆいちゃんにもし嫌じゃなかったらお泊まりに来てよ。と言うと、春香とまゆ先輩に遠慮しながら、お邪魔させていただきます。と答えた。


「じゃあ、一回ゆいちゃんのアパート行って荷物取りに行った方がいいかなぁ…でも、あいつが待ち伏せとかしてたら面倒だしどうしようね…服とかなら貸せるけど下着は流石に借りたくないよね…うーん。一回行くだけ行ってみようか。あいつがいなかったら荷物取ってくればいいしね」


まゆ先輩はそう言いながら急ごう。と、早々に車への移動を始める。いつもなら助手席には僕が座るが今日は春香が座り、まゆ先輩も文句を言わなかった。きっとゆいちゃんに気を遣ってくれているのだろう。2人の優しさをとてもありがたく感じた。




ゆいちゃんのアパートに到着したが、あいつがいる気配はなかったので、ゆいちゃんは急いで必要な荷物を回収して戻って来た。


そしてそのまま僕たちのアパートに帰り、春香が急いで夕食の支度をしてくれて4人で夕食をいただいた。


「ゆいちゃん、今日だけはりょうちゃん貸してあげる。今日だけだからね」


交代でお風呂に入って少しお茶を飲みながらゆっくり話をした後、まゆ先輩がゆいちゃんに言う。春香も同意していたみたいだ。春香とまゆ先輩はおやすみ。と言い、春香の部屋に向かった。ゆいちゃんの側にいてあげて。と言うことなのだろう。2人には今回の件でいろいろ助けてもらった。落ち着いたら2人にきちんとお礼をしないとな。と思いながら僕はゆいちゃんを連れて自分の部屋に入った。ゆいちゃんはいいの?と聞きながら僕のベッドに横になった。部屋の電気を消して僕はゆいちゃんのよこで寝転びアラームをセットする。


「信頼されてるんだね。春香先輩とまゆ先輩に…」

「信頼か…されてるのかな……」

「されてると思うよ。信頼されてなかったら私とりょうくんが一緒に寝ることなんて許してくれないよ。りょうくんが春香先輩とまゆ先輩のことを想っているのが2人に伝わっているから、春香先輩とまゆ先輩は許してくれていると思う」


たしかに…そうなのかもしれない。こんな僕を信頼してくれて、2人には本当に感謝しかできないな……


「春香先輩もまゆ先輩もすごくいい人たちだね」


ちょっと暗くなった僕を見てゆいちゃんは笑顔で言う。気を遣わせてしまったみたいだ。


「うん。春香もまゆも僕にはもったいないくらいいい人たちだと思う」

「春香先輩とまゆ先輩と一緒にいると、りょうくん本当に幸せそうな表情するよね。春香先輩もまゆ先輩もすごくいい人たちだから…ちゃんと幸せにしてもらいなよ」

「うん」

「ちゃんと幸せにしてもらわなかったら私がりょうくんのこと幸せにするからね」

「それ僕に言う?」


普通そう言うことって春香やまゆ先輩に言わない?りょうくんを幸せにしてくれなかったら私が奪っちゃいますよ。的な感じでさ。


「まだ、諦めてないよ。って伝えたくて」

「伝わってるよ。あの音聞いた時にちゃんと伝わったって、たしかにあの音聞いてから数日でいろいろあったけどさ、それくらいで揺らぐ決意じゃなかったでしょう。あの音は…だから、今日、パート練習で足掻こうとしたんでしょう?ゆいちゃんが苦しそうな音出したって…たぶん、あの音を出した時の感情を必死で押さえ込もうとしてたのかなって思ってたけどさ、違うんだよね。押さえ込もうとしてたんじゃなくて、抑え込んでいた感情を取り戻そうと足掻いていたんじゃない?」


少なくとも、あの時聴いた音には決意が込められていた。必ず私が勝つ。必ず結末を変える。などといった決意が…あの、熱い感情がたった数日で失われるはずがない。ゆいちゃんは短くうん。と答えた。


「私、りょうくんのことが好き。大好き。だから、りょうくんの幸せのためにって自分を犠牲にしようとしたけど、ダメだった。やっぱり私も幸せになりたいってどうしても思っちゃったんだ」

「辛かったね。ありがとう。ごめんなさい」


僕がそう言いながらゆいちゃんを抱きしめるとゆいちゃんは泣いた。温かい涙と冷たい涙、どちらも混ざっている感じがする。


きみには幸せになってもらいたい。いや、きみみたいに素敵な人は幸せになるべきなんだ。だから、幸せを掴みなよ。幸せを探しなよ。幸せを追い続けなよ。幸せを諦めないでよ。そう言った想いを全て込めて、一言だけ、最後にきみに言う。


「幸せになりなよ」






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