第130話 始まりの物語





「りょうちゃん、りっちゃん先輩、ゆき先輩…ご迷惑をおかけしてすみませんでした」


顧問の先生の部屋を出ると春香とまゆ先輩、ゆいちゃんにさきちゃん、三久先輩、及川さん、あーちゃん先輩が僕たちを待っていてくれて、僕たちが部屋から出た途端にゆいちゃんは頭を下げた。


学長室にて学長などのお偉いさん方に事情聴取をされた後、僕たちの処分は吹奏楽部の顧問の先生に預けられる形になった。春香が以前、顧問の先生や大学の先生に拓磨との件を相談していたりしたこともあり、拓磨の処分を先延ばしにしていた大学側も非を認め、拓磨については厳重処分を学長会議で決めてくれることも約束してくれた。今回の件については部活外でのこととして、部活に何か迷惑をかける事態にはならずに済んだ。


僕についてはお咎めはなしですんだが、拓磨を殴ったりしてしまったりっちゃんさんとゆき先輩は2週間の部活禁止等の処分が下された。拓磨に関しては処分が決まるまでは仮停学、春香やゆいちゃん以外とも揉めていたこともあったらしく、大学処分も検討されるらしい。また、学長に春香とゆいちゃんから警察に相談をして、接触禁止を依頼することを検討するようにも言われた。


これで一段落したとは思えない。ゆいちゃんに近づくなとは伝えたが、それを聞くとは思えない。それに、まだ春香を狙っているみたいだから、春香にまだ危険が生じるかもしれない……


先生の部屋から出た僕たちを待っていてくれた人たちは心配してくれて、及川さんからは一言相談しろ。と怒られた。団長のあーちゃん先輩と及川さんは今から先生に拓磨の強制退部手続きのお願いをしてくれるみたいだ。


対応早いな…と思っていたら三久先輩が動いてくれていたみたいだ。三久先輩が先日、ゆいちゃんが一人で泣いているのを見たため、余計なお世話かなと思いながら声をかけたら拓磨との件について知り、あーちゃん先輩と及川さんに動くように求めてくれたみたいだ。



と言った形で今回の件についての処分関係の話は終わりその場は解散となった。ゆき先輩とりっちゃんさん、あーちゃん先輩、及川さん、三久先輩は早々にその場を去って春香とまゆ先輩も少しだけ離れてくれた。


「さきちゃん、ありがとうね。バカの側にいてくれて」

「うん。バカな親友だから…私が側にいないと不安だったし、りょうちゃんこそありがとう。バカな親友のために行動してくれて」

「2人して私のことバカバカ言い過ぎじゃない」

「実際そうだから仕方ない」


さきちゃんは容赦なくゆいちゃんに言う。ゆいちゃんは何も言い返せない。と言った様子だった。


「ゆい、とりあえず今日は私帰るね。もし、何かあったら連絡してね」

「うん。ありがとう」


ゆいちゃんの返事を聞きさきちゃんは早々に僕たちから離れた。僕とゆいちゃんを2人にしてくれたのだろう。


「りょうくん…その、ごめんなさい。勝手なことして、りょうくんにいっぱい迷惑かけてごめんなさい」

「本当だよ。バカ。勝手なことばっかりして本当にバカ」


僕はきみのことを振ってきみを傷つけたんだよ。それなのに、僕と春香とまゆ先輩のために自分を犠牲にする選択をするなんて本当にバカ。バカすぎるよ。


「ありがとう。バカだとは思うけどさ…嬉しかったよ。でも、お願いだからもっと自分を大切にして…」


僕はそう言いながらきみを抱きしめる。ありがとう。と伝えて、辛い思いをいっぱいしたゆいちゃんに少しでも幸せを感じてほしかった。


「りょうくん…ごめんなさい。本当にごめんなさい」

「いいよ。僕のためを思って行動してくれたんでしょう?ありがとう」


泣きながら抱きついて僕に謝るゆいちゃんの頭を撫でてあやすように僕はゆいちゃんに言う。ゆいちゃんが落ち着くまでそっとゆいちゃんを抱きしめていてあげる。春香とまゆ先輩も今は僕たちの方を見ないでくれている。



ゆいちゃんが、泣き止み僕から離れる。そして、少しだけ震えながら僕を見つめた。


「ゆいちゃん、伝言聞いたよね?約束しよ。また友達になるって…仲良くしよう。って約束しよ」

「ありがとう。うん。約束。これからも仲良くしてね」

「うん」


今日1番の笑顔でゆいちゃんは僕と約束をしてくれた。あの日、ゆいちゃんと再会した日の約束はなくなった。だが、こうして新しく約束を結び、僕にバカな親友が出来た。僕のことを想ってくれる親友ができた。


「今は、友達で我慢する。でも、いつか、絶対、振り向かせるからね」

「それはごめんかな。僕には春香とまゆがいるから」


この気持ちだけは変わらない。春香とまゆ先輩のことが好き。大好き。2人を幸せにする。この気持ちだけは絶対に揺るがない。ゆいちゃんは魅力的な女性だ。すごくいい子だし、僕のことを本気で想ってくれているのはわかっている。でも、春香とまゆ先輩が僕にはいてくれる。もし、ゆいちゃんと出会い、ゆいちゃんと仲良くなるのがもっと過去の出来事だったらきっと今は違ったかもしれない。だが、今は今だ。存在しない世界の話はよそう。


「それでも、私は絶対に物語の結末を変えてみせるから」


ゆいちゃんはボソッと呟いた。その意味は大体わかる。あの時のきみの音を僕は思い出した。


合奏で必死に抗い、想いを響かせていたきみの音を…





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