第113話 おはよう。




いい加減…目を覚まそう。この夢から……


そう決意した。そして…今なら……きっと……


「りっちゃんさん、まゆと春香と仲直り出来たんですね」


4限の授業が終わり、ホールに行くとホールの前で4限の時間、ピアノの練習をしていたまゆちゃんとりょうちゃんとホールの前で会った。ホールに入った後、りょうちゃんにそう言われて、私はうん。心配かけてごめんね。いろいろありがとう。とりょうちゃんに答えた。


そして私は楽器庫に自分の楽器を取りに向かった。


「おはよう」


楽器ケースを開けて、楽器に向かって私は呟いた。なんとなく久しい感じがした。何故だろう……よくわからない。けど……




すごい…としか言いようがなかった。


今日は、音出しが終わり少ししてからコンクールの自由曲である『夢海の景色』の通し合奏を行った。


通し合奏を終えた後にパート練習を行い、最後に再び録音をしながら通し合奏をする。それが今日の練習予定だ。


最初の通し合奏で…あまりの迫力で一度合奏が止まりかけた。曲の冒頭…恋の悲劇を伝える部分で、バストロンボーンが低音を圧倒した。チューバ、バリトンサックス、バスクラリネット、ファゴット、コントラバス、それら全ての楽器をバストロンボーンは圧倒した。たった1本のバストロンボーンが放った圧倒的な音は…恋の悲劇というイメージではなく、新たな始まりをイメージさせた。曲の解釈が…とかはよくわからない。だが、これだけは確信を持って言える。すごい…圧倒的にすごい……


バストロンボーンの始まりにつられて全体の音が良くなる。この楽団の核の音であるバストロンボーンが音の纏まりを作ったのだ。


そして、バストロンボーンの勢いにつられて僕と春香、チューバの勢いが増した。指揮をしている及川さんが驚いた表情をするが、勢いは止まらない。そして、テナーサックス…まゆ先輩のソロ……圧巻だった。だが、まゆ先輩のソロが終わった後、曲は崩壊した。




心地が良い。目覚めてから初めての合奏…曲は…私を縛っていた曲…目覚めた直後の合奏にふさわしい。すごく調子が良い。しばらく…こんなに思いっきり吹けていなかったから…解放感を味わいながら私は思いっきり息を吹き込んだ。自分でも驚くくらい勢いの良い音が響いて合奏に勢いがついた。


清々しい…今まで私が縛られていた曲ではない…この曲は…この曲に込められた想いは…夢に囚われるのではなく、夢から目覚め新しいスタートをすることだ。と、私は今までにない曲の解釈をした。それがぴったりはまった気がする。おはよう。




バストロンボーンに押される感触があった。隣に座る大好きな人と今まで何度も吹き続けてきた曲。負けてられないよね。私は、もっと吹ける。隣に座る大好きな人と音を合わせよう。そうすれば音はもっと響く。美しく…大きく…響け。2本の線ではなく。1本の線になれ、太く、美しく、優しい線に……


そう意識した私は隣にいた大好きな人と音を重ねた。一瞬、音がぴったり合う。心地が良い。もっと合わせたい。もっと、合わせよう。バストロンボーンに負けてられない。曲の土台はチューバだ。




まゆも負けてられないな。春香ちゃんがチューバに込めた音の熱量に負けたくない。りょうちゃん。聞いてて、まゆの本気の演奏を…そして…支えてね。


ソロを吹く前、私はりょうちゃんの方を振り向いた。りょうちゃんは当然驚いたが頑張って。と言ってくれた気がする。チューバを吹いているから言えるはずがないのに…


思いっきり吹こう。まゆの熱い想いを全部込めて…このソロは大好きなあなたに捧げるよ。


まゆは感情を…熱い熱量を全て込めてソロを吹き切った。





何これ……


何が起こってるの……


すごいなぁ………


私とは違う。


最初、バストロンボーンの音を凄まじいと感じた。完全に別の次元のもののように感じた。その後、バストロンボーンに影響されたのか、チューバの音が変わった。1つになった。


そして…美しく響き渡るテナーサックスのソロ…それを聞いてなんとなく苦しさを感じた。すごく綺麗な音色だ。美しく響く良い音だ。普通に聞けばすごく心地良い音だろう。だが、その音は私を苦しめた。


テナーサックスのソロが終わった後、私は曲を崩壊させた。耐えきれなかった。苦しくて、辛くなった。





あーすごく楽しい。


思いっきり楽器を吹ける解放感、私の音につられて、チューバとテナーサックスの音が熱くなる感触…最高だ。春香ちゃん、まゆちゃん、大丈夫。奪ったりはしないから…


楽器って楽しい。私の音よ。もっと響け。


テナーサックスのソロが終わり、私は思いっきり息を吹き込んだ。


すごく良い合奏だ。楽しい。目覚めの合奏、もっと楽しもう。おはよう。ようやく目が覚めた。ここから新しいスタートだ。


そう思った直後、曲が乱れた。指揮者に目を向けられて、私が思いっきり音を出して曲を合わせようとするが、合わせられない。メロディーが完全に暴走した。


崩壊した曲にみんながついていけなくなり、曲は止められた。私の目覚めの合奏は終わった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る