第86話 邪魔だなんて思えない。




「りょう…ちゃん……」


僕と目があった春香は逃げるようにその場から立ち去ろうとした。僕は慌てて春香の後を追い、春香の腕を掴んだ。


「やっと見つけた…」

「りょうちゃん…離して…」


春香はすごく悲しそうな表情で僕に言うが、僕は春香の腕を離さなかった。いや、離せなかったのだ。


僕は掴んだ春香の腕を引っ張って春香の身体を引っ張り、僕に迫ってきた春香を優しく受け止めてそのまま抱きしめた。もうどこにも行けないように…


「やっぱり辛かった?いや、普通辛いよね。堂々と二股されてるのだから…」

「違うの…」


春香はそう言いながら泣き出してしまった。僕は春香を抱きしめてあげることしかできなかった。とりあえずここじゃ話しにくいからアパートに帰ろうと言うと春香はうん。と短く答えた。春香と手を繋いで無言でアパートに帰る途中にまゆ先輩たちに春香は見つけたから後は自分に任せて欲しい。と連絡しておいた。




「春香、大丈夫?話せそう?」


アパートに戻り、リビングに入るとすぐに春香は僕に抱きついてきた。僕は春香を抱きしめ返して泣いている春香の背中をそっと撫でながら尋ねると春香はもう少しだけ待ってと返事をしたので春香が話せるようになるまで待つことにする。


ずっと立っているのも辛いので僕と春香はソファーに座るが、春香は僕から絶対に離れようとしなかった。


「りょうちゃん…探しに来てくれてありがとう……」

「気にしないで…春香が無事でよかったよ。でも本当に心配したからさ…辛かったらいなくなるんじゃなくて言ってくれると嬉しいな」


しばらく、ソファーに座っていると、春香が僕に謝る。僕は春香に返事をしながら、少し落ち着いた様子になった春香の顔にハンカチを当てて、春香の涙を拭き取ってあげる。


「りょうちゃん、私、邪魔じゃない?」


春香は恐る恐る、震えながら僕に尋ねた。


「邪魔なわけないよ」

「気…使ってない?幼馴染みだし、同居してるし、気まずい関係になりたくないからって無理…してない?本当はまゆちゃんとだけ付き合いたいって思ってない?」


春香は僕に尋ねながら再び泣き始めた。僕は春香を再び抱きしめて落ち着かせてあげる。春香が居なくなった原因…寂しかったのだろう…最近、まゆ先輩といる時間の方が多いから…今日は春香の特別な日なのに春香の側にいてあげなかったから…


「春香…僕が春香のこと好きって言うのは嘘だと思う?」

「…………」

「好き。大好き。嘘じゃない。本当に大好き。だから気を使って付き合ってるとか言わないで…付き合いたくもない人と付き合って二股なんかしないから…本当に2人が大好きだから2人と付き合ってるんだよ。邪魔じゃない。春香がいなかったら僕は生きていけない。本当に大好き。春香は邪魔じゃないよ。ずっと側にいて…」

「ありがとう…」

「これ、返すね」


僕は春香の手を取り、春香の薬指にお揃いのリングを付けてあげる。


「ごめんね。春香がさ…何も言わないから甘えてた…まゆはさ、僕にいろいろ言ってくれるけど、春香だって僕と一緒にいたかったんだよね。ごめんね。気づいてあげられなくて」

「謝らないで…」

「もし、何かして欲しかったりさ、2人で出かけたり2人でいたい時はちゃんと言ってよ。ごめんね。最近、まゆと一緒にいるか3人でいるかばかりで春香と2人きりの時間が本当になかったからね。寂しい思いをさせてごめん」

「大丈夫…私こそごめんなさい…」

「今日はちゃんと2人きりでいよう。今日の為にさ…前々から準備してたんだ」

「今日の為…に?」

「うん。せっかくの春香の誕生日だからさ、春香と2人きりでいたいしちゃんとしたプレゼントも用意したかったんだ。まゆと初めて出かけた日ね。春香の誕生日プレゼント選んでたんだ。何が喜んでもらえるかわからなかったからまゆの意見を聞きながらだけど…精一杯選んだんだ。夜ご飯も…ちょっと特別なお店予約してあるんだ。部活終わってから行く予定だったからまだ間に合うし一緒に行こう。春香の誕生日だからさ、春香に最高の思い出を作って欲しくてちゃんと準備したつもりだからさ、今から、一緒に出かけてくれるかな?久しぶりに2人きりでデートしよう」


春香の誕生日…そのために準備はした。僕なりに精一杯準備をした筈だ。僕は春香に手を差し出した。すると春香は迷うことなく僕の手に手を重ねてくれた。


「ありがとう。喜んでお受けします。りょうちゃんが準備してくれてたって知れただけで私は十分満足だよ」

「ありがとうとかはまだ言わないで…今日、僕が準備したことが全部終わって春香が本当に満足できたら、ありがとうって言って欲しいな」

「わかった」

「ありがとう。じゃあ、出かける準備しようか」


僕と春香は出かける準備を始めた。春香を探し回ってかなり汗をかいていたので僕は軽くシャワーを浴びて着替える。その間に春香も着替えていた。普段着ないような服に着替えていてお化粧もきちんとしていた春香はいつもよりも美しかった。いつものかわいい春香も好きだが、たまには美しい春香もいいな。と思いながら僕は春香と手を繋いでアパートを出るのだった。





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