第85話 机に置かれた指輪
「あれ、春香まだ来てないですか?」
まゆ先輩のお母さんと顔合わせした翌日、3限の授業が終わり、4限の時間にまゆ先輩とピアノの練習をして、部活が始まるギリギリの時間にまゆ先輩とホールにやってきた僕は春香が来ていないことに気がついて及川さんに尋ねた。
「え、春香ちゃんなら今日体調悪くて練習休むって連絡来たけど、りょうちゃん何も聞いてないの?」
「はい。今、初めて聞きました」
「うーん。パートのLINEじゃなくて個人LINEで連絡してきたからおかしいなぁって思ったけど…かなり体調悪いのかな…」
及川さんは心配そうに呟いた。僕も今初めて知ったことなのでとても心配だ。
「及川さん、申し訳ありませんが、今日は欠席させてもらってもいいですか?春香が心配なのでちょっと帰って様子を見てきます」
「うん。そうしてあげてくれるかな」
「まゆも行こうか?」
「僕一人で大丈夫。春香の様子見てまた連絡するね」
「わかった。何かあったら頼ってね」
「うん。ありがとう」
僕はまゆ先輩にお礼を言い、及川さんとまゆ先輩に見送られてホールを出た。そして真っ直ぐアパートに帰る。
「ただいま、春香?いる?」
アパートのリビングには春香はいなかった。部屋にいるかな…と軽く扉をノックするが返事がない。寝てるのかな…と思いっていると、僕の視界に玄関が映った。
「あれ?」
玄関を見てみると靴が僕のものしかない。春香の予備の靴やサンダル、ヒールなどは靴箱に入っていたが、春香がいつも履いているお気に入りの靴がないことに僕は気づいた。申し訳ないなと思いながら春香の部屋を開けてみると春香は部屋にもいなかった。
もしかしたら病院に行ったのかな…と思い僕は春香にLINEで今、どこにいる?体調悪いって聞いたけど大丈夫?と送信するが、送信してから1時間ほどしても返信はない。
病院に居たら申し訳ないな…と思いながら電話をかけてみるが繋がらない。大丈夫かな…と心配しながら僕はもう一度電話をかけてみるがやはり繋がらない。本当に大丈夫かな…と不安になってきて少し落ち着くために僕はリビングの椅子に座った。
「あれ?」
椅子に座った際、椅子の横にある、いつも食事をしているテーブルに指輪が置いてあることに僕は気がついた。僕と春香とまゆ先輩が3人で買ったお揃いの指輪だ。僕の指輪は僕が今つけていて、まゆ先輩の指輪は先程、ピアノの練習をしている時につけているのを確認できた。となると、この指輪は消去法で春香の指輪ということになる。
あんなに大切そうにしてくれていた指輪を春香がテーブルに置き忘れるなんて考えられない。ということは…春香は意図してこの指輪をテーブルの上に置いたのではないか。と僕は考えた。
異変に気づいた僕は慌てて春香にもう一度電話するが反応がない。春香に、今スマホ見てるならお願いだから電話に出て。とLINEを送り少しして再び電話するがやはり繋がらない。
僕は春香のことが心配になり帰って来たら連絡ください。とテーブルの上に置き手紙をして、春香の指輪とスマホ、そしてモバイルバッテリーが入っている学校の通学用のリュックを持ってアパートを出た。春香がどこにいるかなんてわからないが、心配だ。探すしかない。
とりあえず僕は学校に戻った。ホールに行き、及川さんやまゆ先輩、りっちゃんさんに相談するとみんな探すのを手伝ってくれると言ってくれたが、一応病院で点滴で時間がかかっている可能性などを考慮して、練習が終わるまでに見つからなかったら協力をお願いすることにした。
ホールに春香がいないことを確認した後は、教室を探し回るがやはりいない。図書館やピアノ練習室などを探しても見つからなくて念のために春香が、バイトをしている学校の受付に行ってみるがやはりいなかった。
学校にいないと判断した僕は最寄りの駅や春香とよく買い物に行くスーパー、近所のコンビニや喫茶店などを探すがどこにも春香はいなかった。春香の好きな喫茶店はアパートから近かったため、一度アパートに戻ってみることにした。やはり春香は戻って来ていない。リビングと春香の部屋を確認したが春香はいなかった。スマホの画面を開いても春香から連絡は一切来ていないし、LINEに既読もついていない。もしかしたら実家に帰ったのかな…などと考え、春香のキャリーバッグがあるか確認するためにリビングの押入れを確認するが、キャリーバッグは押入れにちゃんとあった。
春香が、どこにいるか分からずに僕は数時間春香を探し回った。もうすぐ部活が終わる時間だ。及川さんやまゆ先輩、りっちゃんさんから連絡がないということは春香は部活に行っていないだろう。
ほんとうにどこに行ったんだろう…と心配しながら走り回っていた。近所の春香が行きそうな場所は全て探した。
「春香…どこにいるんだよ……」
心配しながら呟いて、再び走り回ると僕は見知らぬ場所まで来てしまっていた。ここはどこだろう。と思いながら春香を探して走り回っていると海岸沿いの道に出てしまった。海岸沿いの道から視界に映った真っ黒な海を見て、周囲がすでに暗くなっていることに気づいた。
「春香…」
「え?」
僕が春香の名前を呟くと、少し離れた場所から海を眺めるような姿勢をしていた春香と目が合ったのだった。
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