第82話 もう一つの大切なイベント
「胃が痛い…」
バイトの面接が終わり、ショッピングセンターにあるカフェで僕はオレンジジュースを飲みながらスマホと睨めっこしていた。のだが…この後のことを考えると胃が痛い。
先程、バイトの面接は終わったのだが、今日はもう一つ…大切なイベントがあるのだ。
カフェでどうしよう。と一人でボソボソ呟いているとあっという間にカフェの閉店時間になってしまった。まゆ先輩がバイトしている本屋さんも閉店の時間だが、閉店作業があるのでまゆ先輩のバイトが終わるまでまだ時間がかかるだろう。僕はショッピングセンター内に設置されているソファーに腰掛けてまゆ先輩のバイトが終わるのを待つ。ほとんどのお店が閉まっているショッピングセンター内で一人で座っているのは恥ずかしいな…と思いながらまゆ先輩を待っていると何回か警備員さんから声をかけられてしまった。
周りのお店が閉店してから1時間と少し経ったらまゆ先輩からバイト終わったよ。今どこにいる?と連絡が来たので、まゆ先輩に居場所を教える。
「りょうちゃん、お待たせ」
居場所を教えてから少ししてまゆ先輩が来てくれた。僕はソファーから立ち上がりまゆ先輩の横に並んで歩き始める。
「まゆ、お疲れ様。これよかったら飲んで」
僕はそう言いながらまゆ先輩に先程、自販機で買っておいたまゆ先輩の好きなジュースを鞄から取り出してまゆ先輩に渡した。
「え、ありがとう。めっちゃ嬉しい」
まゆ先輩は受け取ったジュースの蓋を開けて軽く飲んでから鞄にしまう。
「疲れてるだろうし、鞄持とうか?」
「大丈夫だよ。ありがとう」
まゆ先輩は笑顔で僕に答えて僕の方に手を伸ばす。僕はまゆ先輩の手を取ってまゆ先輩と手を繋いで一緒に車まで歩いた。
「りょうちゃん、緊張してる?」
「………緊張するなっていう方が無理だと思う。ぶっちゃけバイトの面接の数倍緊張してる」
まゆ先輩は僕の返事を聞いて笑いながらそうだよね。と返事をした。
今日、まゆ先輩のバイト後に僕はまゆ先輩のお母さんからまゆ先輩の家に招待されていたのだった。まゆ先輩がお母さんに彼氏出来た。と報告したら家に連れてきてよ。としつこく言われたみたいでまゆ先輩にお願いされて今日行くことになった。今日、お父さんは居ないみたいだが、それでもめちゃくちゃ緊張する。
「緊張しなくて大丈夫だよ。りょうちゃんがどんな人か気になるだけだろうし、付き合うのを拒絶されることは絶対ないから…春香ちゃんのことも話さないとね…」
「僕、どんな顔してお母さんに会えばいいんだろう……」
まゆ先輩が付き合うことを拒絶されることはないと言ってくれてはいるがそれはあくまで、僕とまゆ先輩が2人で付き合っていた場合だろう。僕は現状二股のような行為をしてしまっているわけで…普通だったら、そんな人と付き合うな。と言われてしまうだろう。実際そう言われても文句は言えない……
「大丈夫。もし万が一、ママがりょうちゃんのこと認めてくれなくてもまゆはりょうちゃんのことを好きでいるから…安心して……」
「ありがとう」
まゆ先輩は僕を安心させるように助手席に座る僕の片手に片手を重ねてくれた。こうしてまゆ先輩が手を重ねてくれるだけで僕は本当に安心できた。まゆ先輩が運転中じゃなかったら迷わずまゆ先輩を抱きしめていただろう。
「帰る前に少しだけドライブでもして心落ち着かせる?それとも少しだけ海行く?」
「え、でもまゆお腹すいてるでしょ。大丈夫だよ。真っ直ぐ家向かおう」
「たしかにお腹すいてるね…りょうちゃんもお腹すいてる?」
「うん。まあね…」
時刻はすでに22時30分くらい。僕もまゆ先輩も夜ご飯をまだ食べていないため、普通にお腹空いている。
「じゃあ、真っ直ぐ帰ろうか」
「うん」
まゆ先輩の車に乗っている間、僕はずっと緊張していた。その緊張を和らげるようにまゆ先輩は僕の片手を優しく覆ってくれて、気づいたらまゆ先輩の家のすぐ近くにいた。まゆ先輩は駐車をするために僕の手から手を離して、車を駐車場に停めた。そして、シートベルトを外して車から降りる。僕もまゆ先輩に続け車から降りて、朝からずっとまゆ先輩の車に置かせてもらっていた明日の着替えなどが入った鞄を持ってまゆ先輩の横に行く。
「緊張しなくて大丈夫だからね」
「うん…」
うん。と返事をしておきながら、めちゃくちゃ緊張している僕を見てまゆ先輩は少しだけ微笑んでから僕と向かい合えるように挑んで。そして僕の頭を手でそっと支えて、まゆ先輩は僕に顔を近づけて僕の唇とまゆ先輩の唇を繋げた。
「緊張しなくなるおまじない。せっかくおまじないしてあげたのに緊張してたらまゆ怒るからね」
まゆ先輩は笑いながら僕に言ってくれた。まゆ先輩と唇を繋げて、少しだけ僕の震えは止まった。その様子を見たまゆ先輩は、もう大丈夫そうだね。と笑顔で僕に言い、僕の腕を引っ張って家の玄関に向かう。
そして、家の玄関の扉を開けて、ただいま!と大きな声で言うのだった。
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