第60話 チューバ会
合奏の時間、チラチラと1年生の視線を感じることがあった。それに気づいたゆいちゃんが心配そうな表情でこちらを見て、合奏が終わった後、大丈夫?と声をかけてくれて本当にありがたいと感じた。
結局、その日はゆいちゃん以外の1年生と上手く関わることはできなかったが、ゆいちゃんも協力してくれると言っていたので、いずれ誤解は解けるだろうと僕は思っていた。
「りょうちゃん、楽器の片付け終わった?」
「うん。終わったよ」
「及川さんホールの外で待ってるって言ってたから行こう」
「うん」
楽器庫にチューバを片付けた僕は舞台下手の机に置いてあった荷物を持って春香と一緒にホールを出ようとする。
「りょうちゃん、お疲れ様。この2日間ありがとうね」
「うん。こちらこそありがとう。またね。まゆ」
「うん。またね」
まゆ先輩に挨拶をして僕はホールを出た。ホールの外で待っていた及川さんと合流してチューバパートでご飯会に向かう。ご飯会の場所はこの前、春香とまゆ先輩と一緒に行ったりっちゃんさんがバイトしている店だ。大学の敷地を出て田んぼ道をしばらく歩くとお店に着いた。
「いらっしゃいませ〜」
「え、りっちゃんさん!?」
お店に入った僕たちをりっちゃんさんが出迎えてくれてびっくりした。今日りっちゃんさんは部活に最後までいたはずなのに…
「びっくりした?今日は休みだったんだけど今日バイトに入るはずだった子が熱出しちゃったみたいでね。部活終わってからヘルプ入れないか女将さんに聞かれて急遽バイト入ったの。だから今日はバイトのTシャツじゃないんだ」
りっちゃんさんの説明を聞いてすごいなぁと言う感情を抱いた。部活後にバイト入るなんて僕はしたくない…
「りっちゃん、とりあえず生一つと枝豆!」
席について早々に及川さんはりっちゃんさんに注文を入れた。りっちゃんさんは引きつった笑みを浮かべながらほどほどにしてくださいよ。と念押しをして注文を受けた。
しばらくしてりっちゃんさんが及川さんが注文したビールと枝豆を持ってくる。
「及川さん、2杯までにしてくださいね。りょうちゃんと春香ちゃんがかわいそうなので…」
「………善処します」
りっちゃんさんに念押しをされたのと、春香のめんどくさそうな目線に気づいた及川さんはりっちゃんさんにそう答えた。その後、僕たちは食べたいものをりっちゃんさんに注文した。
その後、しばらく3人でいろいろと話をしていた。3人で話をしていたと言っても僕と及川さんは春香についての話で盛り上がってしまい春香は恥ずかしそうに横に座る僕の横腹をつねって、早くこの話題を変えろ。とアピールしていた。春香さん。痛いです……
それにしても、想像していた通り、去年の春香はパート練習中めちゃくちゃ静かな女の子だったらしい、僕が入ってパート練習中、笑顔や会話が増えて嬉しい。と、先輩として本当に嬉しそうに及川さんは語っていた。
そんなやり取りをしていたらお店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ〜あ、まゆちゃんにゆきちゃん。いらっしゃい」
りっちゃんさんが店の入り口にお客さんを出迎えに行くと、まゆ先輩とちょっと茶色い髪のショートヘアーの小柄な女性が入ってきた。大きめな丸メガネが似合っているかわいらしい女性だった。
「お、まゆちゃんにゆきちゃんじゃん」
店に入ってきた2人に及川さんが反応する。まゆ先輩と女性は及川さんに声をかけられて驚きながら挨拶を返して、店の入り口近くの席に座ろうとした。
「えー、せっかくだから一緒に食べようよ」
と及川さんが声をかけると2人は戸惑った表情をする。及川さんが僕と春香にいいよね?と確認して僕たちが頷いたのを見て2人は僕たちが座る6人用の座敷席に向かってきた。
「チューバ会、ここでしてたんだね…なんか、邪魔してごめんなさい」
「いやいや、いいよ。いいよ。さ、早く座って」
アルコールが入って上機嫌な及川さんが2人に席につくように言う。まゆ先輩は迷わず僕の横に座り、僕は春香とまゆ先輩に挟まれる形になった。そして、もう一人の女性は僕の正面、及川さんの隣に座る。
まゆ先輩と一緒に店に来た女性はゆきさんと言うようだ。トランペットパートで春香やまゆ先輩と同じ年のようで、学部も春香とまゆ先輩と同じため仲もいいようだ。
まゆ先輩とゆき先輩も料理を注文する。そして、全員で摘みながら食べるように注文した料理をみんなで摘みながら5人で楽しく話をしていた。たまに、料理を運びに来たりっちゃんさんも話に加わってきて本当に楽しい時間を過ごしていた。
ゆき先輩は、大人しめな春香やまゆ先輩と違いすごく明るい感じの女性だった。が…たぶんかなり天然なんだろうな…と思うくらいぬけぬけで可愛らしかった。
まゆ先輩とゆき先輩が注文した料理以外は揃ったが、2人に気を遣ってなんとなく食べづらいな…と思っていたら2人が冷めないうちに食べてください。と言うのでチューバパートだけ先にメインの料理を食べ始めた。
食事をしながらだが、会話は弾み、及川さんが2杯目のビールを注文した。すると春香とまゆ先輩、ゆき先輩がすごく嫌そうな顔をする。注文を受けたりっちゃんさんが、これで最後ですからね。と念押しをして2杯目のビールを運んできた。
2杯目のビールを飲み、ご機嫌な及川さんの話を聞いたりしながら食事をする時間はなんだかんだで楽しかった。
それからしばらくはその楽しい時間が続くのだった。
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