第49話 犠牲が必要な幸せ







「あんたね。本当にいい加減にしてよ!今すぐ帰って」


まゆは部屋の前にいた拓磨の腕を掴み、引っ張ってアパートの前まで連れて行って怒鳴りつけるように言った。


「おいおい、心配だからちょっとお見舞いに来ただけだろ。この扱いは酷くないか」

「ふざけないで、インターホンのモニター越しであんたの顔見ただけで春香ちゃんは震えだすくらいあんたに恐怖心を抱いてるの。これ以上春香ちゃんを苦しめるなら大学とかあんたの親とか最悪、警察に頼ってでも春香ちゃんを護るから…これが、最後の警告だよ。今すぐ大人しく帰って…もう春香ちゃんに関わらないで…」


まゆは真剣な表情で拓磨に言うが、拓磨本人はまったく改善する意思がないようだった。せっかくきてやったんだから少しくらい合わせろよ。とまゆに春香ちゃんを呼ぶか、部屋の中に入れるかのどちらかをしろと要求してくる。


「ふざけないで、さっさと帰れ。あんたが本当に春香ちゃんのこと好きなら春香ちゃんの気持ちも考えてあげてよ」

「考えてるよ。だから心配してわざわざ来てやったんじゃん」

「本当に話にならないね…」


まゆは呆れながらこいつの対応をどうしようか考えた。そうしてる間にまゆの横を通ってアパート内に入ろうとする拓磨の腕を掴み、まゆは力強くで拓磨が春香ちゃんに近づこうとするのを止めようとした。すると拓磨は笑まゆを突き飛ばして進み始めた。地面に倒れたまゆの身体にかなりの痛みが走るが、それでもまゆは拓磨を止めないと…と思い傷む身体を立ち上がらせようとする。




「あの人がさっき春香が言ってた人で合ってるんだよね?」


僕は震えながら蹲る春香の横に座り春香に尋ねる。すると春香は震えながらゆっくり頷いた。


「春香、少しだけ一人で居られるかな?ちょっとまゆを迎えに行ってきていいかな?」

「うん。りょうちゃん、迷惑かけてごめんね」

「春香は何も悪くないから。じゃあ、ちょっとだけ離れるね。すぐにまゆと2人で戻ってくるからさ」

「うん。ありがとう」


僕は春香の返事を聞いてから立ち上がりリビングを出て、急いで部屋の外に出た。部屋の外にはまゆ先輩たちはいなかったので、アパートから出た。すると、僕の視界にはまゆ先輩が突き飛ばされる光景が映った。


「まゆ、大丈夫?」


僕は慌てて倒れるまゆ先輩に駆け寄った。立ち上がろうとしていたまゆ先輩に手を貸してまゆ先輩を立たせる。まゆ先輩の足に少し擦り傷ができていたが大した怪我はしてなさそうだったので少しだけ安心した。


「お前、まゆに何してくれてんだ…」


怒りを露骨に表しながら僕が言うとまゆ先輩を突き飛ばした張本人はごめん。ごめん。ちょっと力入れすぎちゃったよ。と悪びれた様子もなく笑いながら言った。


「お前が、まゆが好きな奴か?よかったなぁ、まゆ、お前が好きな人がお前の為に駆けつけてくれたんだぞ。じゃあ、俺は1人寂しがってる春香の相手をしてやるか」

「ふざけんなよ。春香がどれだけお前を怖がってるかわからないのか…」

「俺を怖がる?おいおい、俺は春香を助けようとしてやってんだぞ。そもそもだ。お前が春香とまゆを選べないから2人が苦しんでるんだ。だから俺が春香と結ばれてお前の選択肢を1つにしてやる。お前はまゆと結ばれて幸せになればいい。みんな幸せだ。俺はお前を悩みから解放してみんなが幸せになれる道へ導いてやろうとしてる救世主だぞ」

「お前…それで春香が幸せになれると思ってるのか…」


僕の言葉を聞いて目の前にいた男は僕の言葉を嘲笑った。


「春香が幸せになれるか…ね…お前にだけは言われたくねえな。俺は春香を一番に救ってやろうと思って行動してるんだぜ。お前が優柔不断なせいで生まれたこの状況、春香かまゆ、どちらかは幸せになれてどちらかは幸せになれない。仮にだ。もし仮に春香がお前と結ばれたとしよう。そうなったらまゆは幸せになれない。そうなったら春香は負い目を感じて結局幸せになれない。まゆの場合もそうだろうよ。だから、お前が作った最悪の状況を打開してやろうって言ってるんだ。俺と春香が結ばれれば、お前とまゆは幸せになれる。俺と春香が結ばれればまゆは春香に負い目を感じる必要がないからな…そうなれば春香も妥協点として納得するだろうよ。あいつのことだ。お前とまゆが幸せなら私はいいや。って考えるだろう。あいつはそういう奴だ。そんな可哀想な春香は俺がちゃんと幸せにしてやるよ。最初は嫌々かもしれないがやがて納得して俺を受け入れるさ…」

「もういい黙れ…」


目の前にいた男の言葉を僕は遮った。春香の犠牲で成り立つ幸せ論を聞いて怒りが増した。たしかに、自分は優柔不断だ。2人を苦しめてるかもしれないし2人を苦しめるかもしれない。だからってここでこいつの言うことに納得はできるわけがなかった。


「春香はお前には渡さない。だからさっさと帰れ…」

「なんだテメェ…春香は渡さない。だってどの立場でそんなこと言いやがる。そもそも、先輩に対する口の聞き方がなってないぞ」


目の前にいた男はそう言って僕を思いっきり殴った。


「ちょっと、あんた何してるのよ」

「あ、生意気な後輩を躾けてんだよ」 


止めようと僕の前に立ったまゆ先輩も突き飛ばされた。僕はまゆ先輩を受け止めようとして、まゆ先輩と一緒に地面に倒れた。幸い、僕がクッションになってまゆ先輩は地面に当たらなかったため怪我はしていないだろう。その分、めちゃくちゃ痛かったがまゆ先輩が傷ついたり怪我したりするよりはましだ。


それよりもここまでされて流石に許せないと思い僕はまゆ先輩に少し下がるように言って男の前に立った。喧嘩には自信がないがここまでされて黙っているわけにはいかない。と立ち上がったのはよかったが、僕は一方的に殴られ、蹴られとフルボッコにされた止めに入ろうとしたまゆ先輩も突き飛ばされて地面に倒れる。 


「もうやめて…」


その一言を聞いて僕を殴りつけていた拳が止まった。


声がした方を見ると春香が足を震えさせながら立っているのだった。






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