第37話 儚い幸せ






僕が、まゆ先輩の部屋に入り、まゆ先輩を見るとまゆ先輩は先程の服装のままだった。少し服が濡れていたが、今からまゆ先輩もお風呂に入るのであまり気にしなかったのだろう。割と長いTシャツから伸びているまゆ先輩の綺麗な脚を見て僕はドキッとしてしまう。


「なぁに?そんなにじろじろ見て…やっぱりまゆの水着姿見たくなっちゃったの?」

「ごめん…そういうわけじゃないけど…やっぱりまゆってかわいくて綺麗な身体してるなって……」

「っっ…もう、まゆ、お風呂入ってくる」


まゆ先輩は顔を真っ赤にして立ち上がり逃げるように部屋から出ていく。


「りょうちゃん、まゆ、今からシャワー浴びてくるけど、覗いたら怒るからね。でも…りょうちゃんになら覗かれてもいいかな…」


まゆ先輩はめちゃくちゃ矛盾していることを言い残して部屋のドアを閉めた。僕は大人しくまゆ先輩の部屋でまゆ先輩を待つことにした。




りょうちゃんにいろいろとやばいことを言い残してまゆはお風呂場に逃げ込んだ。はっきり言って供給過多だった。まゆが行動を起こす度にりょうちゃんの反応がかわいすぎた…


「ちょっと攻めすぎたかな…」


まゆはお風呂場で水着を脱ぎながら呟く。いろいろと攻めすぎたかな…と。だが、りょうちゃんなら大丈夫だろうと思っていた。変なことにはならないだろうと…だが、もし変なことになってもまゆはきっとそれを受け入れただろう。りょうちゃんになら何をされてもいいと本気で思っていたから…


我ながらおかしいと思う。出会ってからあまり時間の経っていない相手をこんなに好きになっているなんて…それくらいあの人は魅力的なのだろう。


そんなことを思いながらまゆは自身の身体を洗う。先程、触れていたりょうちゃんの身体を思い出してドキドキしてしまう。そして、私もりょうちゃんに身体洗って欲しかったな…と思うが、それは欲張りすぎだろう。今日一日、まゆは本当に幸せだった。


これ以上欲張ったらバチが当たると自分を言い聞かせて、りょうちゃんがまゆの身体を洗いに来てくれるのではないかという淡い期待を掻き消した。




「りょうちゃん、お待たせ…ちょっと髪乾かすから煩くなるけどごめんね」


僕がまゆ先輩の部屋でスマホをいじっているとシャワーを浴びてきたまゆ先輩が部屋に戻ってきた。まゆ先輩はそのままベッドの上に腰掛けてドライヤーで自分の髪を乾かした。お風呂上がりのまゆ先輩の服装はパジャマではなく、Tシャツにスポーツ用のハーフパンツというすごくラフな格好だった。


ハーフパンツからはまゆ先輩の綺麗な脚が伸びていて上半身はTシャツを着ていてもまゆ先輩のスラットした身体のラインがよくわかる。おまけに、お風呂上がりで顔が少し赤くて、まだ濡れている髪、それらを見てドキドキせずにはいられなかった。


「なぁに、そんなにじろじろ見て…」

「あ、いや…今日はこの前のパジャマじゃないんだなって…」

「うん。こっちの方が楽だし。りょうちゃんはこっちの方が喜んでくれるかなぁって…パジャマの方がいいなら着替えてくるけどどうする?」

「いや…そのままで大丈夫」


まゆ先輩は笑いながらやっぱりこの服装の方が好き?と聞いてくるが、正直言ってどっちのまゆ先輩もいいな。と思っていた。




ドライヤーで髪を乾かした後、まゆ先輩は僕の真横に座る。まゆ先輩は僕に身体を預けるように横から僕にもたれかかる。まゆ先輩の肩が、僕の腕に当たり、まゆ先輩の頭は僕の肩に当たっている。


「もう少しだけ、このままでいさせて」


僕が戸惑っているのを感じとったまゆ先輩が僕に言う。断れるわけがなく、僕はいいよ。と言うことしかできなかった。その後、まゆ先輩はしばらくの間、姿勢を崩すことはなかった。


「りょうちゃんはさ、今の生活幸せ?」

「え…急だね……まあ、幸せかな……大学に進学して、下宿するってなって不安も多かったけど、春香と一緒に暮らせて春香がしっかりしてるから下宿に対する不安なんてなくなって春香のおかげで毎日楽しく生活できているし、大学入学してすぐにサークル入って、そこで出会ったまゆやりっちゃんさんと仲良くなれて毎日がすごく楽しい…それにまゆみたいなかわいい女性から好きって言ってもらえて、なんだかんだで毎日一緒にいれてこうやってお泊まりとかもできて自分ってすごく幸せなんだなって思うよ」


なんとなく切なく感じる声と表情で僕に尋ねたまゆ先輩は僕の答えを最初は儚い表情で聞いて、次第に少しずつ明るい表情になっていたが、それが僕には儚げに感じた。


「そっか…まゆはね。最近、毎日が幸せなの。初めてりょうちゃんとお出かけした日から本当に毎日が幸せ…まゆとりょうちゃんは出会ってまだ1週間も経ってないけどまゆの中でこの数日間は今まで生きてきた中で一番楽しくて幸せだったんだ。まゆをこんなに幸せにしてくれてありがとう」


まゆ先輩はこの数日間を振り返るようにして言った。たしかに、まゆ先輩と出会ってたった数日とは思えないくらいまゆ先輩との思い出があった。


初めて出会った次の日に一緒に買い物に行った。


まだ、少し冷たい風を感じながら2人で海沿いを歩いた。あの時のまゆ先輩の美しさは忘れられない。


一緒に曲の練習をした。途中でまゆ先輩が倒れて大変だったけど、あの時のまゆ先輩のテナーサックスの音は今でも覚えている。


まゆ先輩と春香と一緒に夕食を食べに行った。あの時、まゆ先輩に好意を持たれていることに薄々とだが気づいた。


まゆ先輩とりっちゃんさんをアパートに呼んで4人でお泊まり会をした。夜中に、まゆ先輩から言われた言葉は一生忘れられないだろう。


学校の食堂で4人でご飯を食べてりっちゃんさんとまゆ先輩、春香にピアノを教えてもらうことになった。


まゆ先輩にピアノを教えてもらった。全然弾けなかったが、まゆ先輩の伴奏があるとかなり楽に弾けた。


そして、まゆ先輩の家に来た。まゆ先輩の手料理のハンバーグは本当に美味しかった。


まゆ先輩にお風呂場で背中を流してもらった。本当はまゆ先輩の水着姿を見たかったけどそのことは内緒にしておく。



とても出会って数日とは思えないほどの思い出を振り返り、まゆ先輩と出会えて本当によかった。と僕は思った。


「僕もまゆに出会えて仲良くなれて本当によかった。ありがとう」

「うん。まゆね。この幸せを永遠のものにしたい。いつかりょうちゃんと結ばれてりょうちゃんとずっと幸せでいたい。でも、それはまゆの我儘だから…まゆね。いつかりょうちゃんにまゆが一番って言ってもらうの。そのために頑張る。りょうちゃんの幸せがまゆと一緒にいられることになるように頑張るんだ。だからちゃんと見てて」


まゆ先輩は目に少しの涙を蓄えながら笑顔を作り言う。


「うん。ありがとう。ごめんね。まゆは本当に素敵な女性だと思う。まゆと付き合ったらきっと楽しいだろうなと思うし幸せになれるのかな…とも思う。でも、まだ未練が残ってる状態でまゆと付き合うことはできない」

「うん。わかってる。だから、今じゃなくていいの。いつか絶対まゆのこと好きって言わせて見せるから」

「うん。ありがとう。本当にごめんなさい」


まゆ先輩は泣きながら僕に抱きついてきたので僕はそっとまゆ先輩を抱きしめた。まゆ先輩に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「りょうちゃんは謝らないで…私は今、りょうちゃんのおかげですごく幸せだから…りょうちゃんのおかげで最近毎日幸せなの。まゆはね、小さな幸せを大切にしたいの。その小さな幸せを毎日くれてるりょうちゃんには本当に感謝してるから…ありがとう」


まゆ先輩の言葉を聞いて僕はまゆ先輩を強く抱きしめてしまった。


「ちょっと痛いよ…もう…」


まゆ先輩はそう言いながら僕に抱きつくのをやめた。僕はごめんと言いながらまゆ先輩の身体から手を離す。


「暗い話してごめんね。あ、そういえばデザート作ってたんだけど食べる?」

「え…うん」

「じゃあ、持ってくるね」


まゆ先輩はそう言い逃げるように部屋から出て行く。まゆ先輩の部屋のドアが閉められて少しするとまゆ先輩の泣き声が少しだけ廊下からドアの隙間を通りまゆ先輩の部屋で微かに響くのだった。






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