第32話 呼び捨てと先輩






「まゆちゃん、りょうちゃん、春香ちゃんそろそろ起きて!寝坊だよ」


僕が目を覚ますと僕の腕を抱きしめながら寝ていた春香とまゆ先輩も目を覚ます。僕は寝落ちしてからおそらく数時間しか経っていない為めちゃくちゃ眠かった。それにしても春香が寝坊するなんて珍しいなと思いながらスマホの時間を見ると時間には普通に余裕があった。時間的には春香がいつも起きる時間だった。


「りっちゃんは相変わらず朝早いね」


起き上がった春香がりっちゃんさんに言うと、まあ、いつも目が覚めちゃうんだよね。と笑いながら答えていた。


りっちゃんさんはパジャマから私服に着替えていていつも春香が使っているエプロンを着けていた。春香が使うとかわいらしいエプロンだったが、りっちゃんさんが使うとまた印象が変わってくる。りっちゃんさんはすごくエプロンが似合っていてお母さんという印象を受けた。


「春香ちゃんごめんね。エプロンと冷蔵庫の食材使わせてもらっちゃった」

「ううん。全然大丈夫だよ。いつものことだけど朝早くからありがとね」


春香が布団から起き上がり布団をたたみながら言う。どうやら3人でお泊まりしていた時から朝、1人だけ早く起きたりっちゃんさんが朝食の準備をしていたようだ。


僕も起き上がり布団をたたむ。横にいたまゆ先輩のことを気にしてチラチラと見てしまったが、まゆ先輩は夜のことを気にしている様子は特になかった。


「りょうちゃん、どうしたの?さっきからまゆのことチラチラ見てるけど」


まゆ先輩が自身の指を軽く噛みながら少ししゃがんで上目遣いになるように調整して僕を見つめてくる。あざとい…けど、めちゃくちゃかわいい……


「もしかして、まゆのこと意識してくれてる?」


やばい。かわいすぎてやばい…まゆ先輩がかわいすぎる……


「えっと、まゆ先輩…昨日のやつって…」

「まゆ先輩?違うよね?」


まゆ先輩は僕のほっぺたに人差し指をそっと置いて言う。かわいい…けど……さすがに春香やりっちゃんさんがいる前でまゆ先輩を呼び捨てにするのは気が引ける……


「ちょっといじわるだったかな…春香ちゃんとかりっちゃんがいる時とかサークルの時とかはまゆ先輩で許してあげる。でも2人きりの時はまゆって呼んでね。でも、まゆはいつ、まゆって呼ばれても怒らないからサークルとかで上下関係とか気にせずにまゆって呼んでくれてもいいからね」


まゆ先輩は笑顔で言う。朝からまゆ先輩のとびっきりの笑顔を見た僕の心はずっとドキドキとしており、夜に感じた柔らかい感触とまゆ先輩から放たれた、たった2文字の言葉を思い出してしまっていた。


「みんな、さっさとご飯食べて大学行く準備するよ」


りっちゃんさんにそう言われて僕と春香とまゆ先輩はりっちゃんさんがテーブルに用意してくれた朝食を4人でいただく。


「このだし巻き卵めっちゃ美味しいです…」

「そうでしょ。バイト中に大将から作り方教えてもらったからね」


りっちゃんさんが得意げに言う。大将というのは、昨日行ったお店の厨房で料理を作ってくれた人らしい。そんな人から教えてもらっただし巻き卵なら美味しいに決まっている。


りっちゃんさんが用意してくれた朝食を4人で食べた後、僕は食器などの後片付けをした。その間に春香とまゆ先輩、りっちゃんさんは春香の部屋で大学に向かう準備をしていた。



食器の片付けが終わった後、僕たちはまゆ先輩の車に乗り、大学に向かう。


「よろしくお願いします」


そう言いながらまゆ先輩の車の助手席に乗せてもらった。後部座席には春香とりっちゃんさんが座っている。


僕はシートベルトをつけるために手を動かす。すると、シートベルトをつけた直後にまゆ先輩に右手を掴まれた。そしてそのまま、まゆ先輩は強引に手を繋いだ。


「しばらくこのままね」


まゆ先輩は僕にしか聞こえないような声量で言う。まゆ先輩は僕と繋いだ手を後ろに座る春香とりっちゃんさんに見られないように運転席と助手席の間に置く。まゆ先輩の車は運転席と助手席の間にスペースがないタイプだったしアームレストを下げていないため、後ろからは完全に見えないだろう。


まゆ先輩のかわいさに僕は抗うことが出来ずに大学までの数分間ずっとまゆ先輩と手を繋いでいた。まゆ先輩の手は、柔らかく温かい。この温もりを感じている間、以前の海のことや、昨日の夜のことを思い出してしまってすごくドキドキしてしまっていた。チラッと運転をしてくれているまゆ先輩の方を見るとまゆ先輩の顔は赤くなっていた。そして、とても幸せそうな表情をしているのだった。



大学に到着して、僕たちはまゆ先輩の車を降りた。春香とまゆ先輩は同じ学部なので今から同じ授業を受けるらしい。りっちゃんさんも授業があるみたいだ。僕も授業があるので春香とまゆ先輩、りっちゃんさんと途中まで一緒に行くことにした。


「ねえ、りょうちゃん、りょうちゃんもしかして今から日本国憲法の授業受ける?」


教室まで歩いている途中、りっちゃんさんが少しだけ気まずそうに僕に尋ねる。


「あ、はい。そうですよ」

「私、去年落単したから今から日本国憲法なんだよね…資格取るのに必要な科目だから今年一年生に混ざって受けないといけないんだけど、よかったら一緒に受けない?」


意外だった。何でも完璧にこなしてしまいそうなりっちゃんさんが単位を落としていたことに僕は驚いた。当然、断る理由がないため、僕はりっちゃんさんと一緒に授業を受けることにした。


春香とまゆ先輩と教室の前で別れて僕はりっちゃんさんと一緒に教室に入った。





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