第29話 4人で過ごした休日





「まゆ先輩、大丈夫ですか?」


りっちゃんさんと控え室で話しているとまゆ先輩と春香が控え室に入ってきた。僕の質問にまゆ先輩は、もう大丈夫だよ。心配かけちゃってごめんね。と笑顔で答えてくれた。まゆ先輩の笑顔が見られて僕はホッとした。


「よし、まゆちゃんが元気になったならそろそろお昼ごはん食べよ。私お腹すいちゃったよ」


りっちゃんさんが軽いノリで言う。バタバタしていたせいで忘れていたがもうお昼時は過ぎていた。


僕たち4人は一旦ホールの鍵を閉めてすぐ近くにあるコンビニで昼食を購入し、ホールで4人で話しながらゆっくりと食べた。その後は4人でいろいろな曲を合わせたりして楽器を吹いていた。その時のまゆ先輩の音は午前中のような熱量のこもった音といつもの優しいテナーサックスの音、どちらも使いこなしており僕はまゆ先輩が吹くテナーサックスの音を尊いと思い、テナーサックスの音に意識を持っていかれていた。





「あ、私そろそろバイトだから抜けるね」


夕方まで楽器を吹いていて少し休憩をしていた最中にりっちゃんさんがスマホに表示された時間を見て楽器の片付けを始める。


「今からバイトなんですか…楽器吹いた後なのに大変ですね…、頑張ってくださいね」

「うん。ありがとう。いや、バイトまで暇だったから吹きに来たんだけど思ったより吹いちゃってバイトやばいかも」


りっちゃんさんはバストロンボーンを楽器ケースにしまい、笑いながら答える。ぶっちゃけ、僕も春香もまゆ先輩も吹きすぎてかなり疲れていた。休憩なしで次から次へと吹きまくっていたから仕方ない…僕だったらこの後にバイトする気力なんて残っていない。


「私も疲れたしそろそろ帰る?夜ご飯の支度もしないといけないし…」

「そうだね。そろそろ帰ろうか」

「え、夜ご飯の支度まだなら是非夜ご飯食べに来てよ。今日、日曜日で暇だろうしさ」


バストロンボーンを片付け終えたりっちゃんさんが僕と春香に言う。りっちゃんさんは大学の最寄駅のすぐそばにある飲食店でバイトしているらしい。飲食店なら日曜日は混むのでは?と僕は思ったが、りっちゃんさんがバイトしているお店は大学の先生や生徒が客層の大半を占めるようで、授業がない日曜日は地元の常連さんや下宿生がたまにやってくるだけで基本的に暇みたいだ。


「うーん。今から夜ご飯作るのはちょっと大変だし、今日は外食でいいかな?」


春香が僕に尋ねる。たしかに今から夜ご飯を作るのは大変そうだし断る理由がないので僕はいいよ。と答えて今日の夜ご飯はりっちゃんさんがバイトしているお店に行くことになった。


「よかったらまゆちゃんも一緒に行かない?」


春香がまゆ先輩に尋ねるとまゆ先輩は嬉しそうな表情で行く!と返事をし、親に夜ご飯食べてくる。と連絡をしていた。


僕たちは慌てて楽器を片付けてホールの鍵を大学の受付に返した。まゆ先輩の車にみんな乗せてもらえることになり、鍵を返して大学の駐車場に向かう。




「りょうちゃん助手席座ってよ」


まゆは笑顔でりょうちゃんに言った。りょうちゃんはわかりました。と言い助手席に乗る。りょうちゃんが横に座って喜ぶ私を見てりっちゃんがまゆちゃん中々思い切ったことするな…とでも言うような表情で見つめてきた。ちょっとだけ羨ましそうな表情をしている春香ちゃんには少し申し訳ないと思った。


「あ…ごめんね」

「あ、いや…こちらこそすみません」


りょうちゃんがシートベルトを付けるタイミングに合わせてまゆもシートベルトを付けようと手を動かしてたまたま…ほんとうに偶然りょうちゃんと手が当たってしまった。そんなやり取りを見てりっちゃんはめっちゃニヤニヤしている。春香ちゃんはちょっとほっぺを膨らませて不満そうな表情をしていた。かわいい…ごめんね…


まゆは車のエンジンを付けて車を走らせる。りっちゃんのバイト先まで数分だったがまゆは幸せだった。





「お疲れ様です!お客様3名お連れしました」


お店のドアを開けたりっちゃんさんが割と大きめな声で言う。りっちゃんさんは僕たちをお店の中に入れて店の奥の座敷席に通してくれた。現在、お客さんは僕たち以外いなかった。座敷席に案内される途中店内を見るとテーブル席が4つと座敷席が2つと割と小さめのお店で通路には本棚が大量に並べられていて大量の漫画が設置されていた。店の雰囲気は居酒屋さんと言う感じで茶色い壁にはお酒の銘柄やおすすめメニューが書かれた紙が貼り付けられている。4人用の座敷席に案内され、僕が座ると正面にまゆ先輩が座りまゆ先輩の横に春香が座った。


「春香ちゃんにまゆちゃん、いらっしゃい。そちらの子は新入生かな?」


店の奥から明るい感じのおばちゃんが水とおしぼりを持ってきてくれた。どうやら春香とまゆ先輩は常連らしい。後ろからバイト用のTシャツに着替えたりっちゃんさんが僕のことを紹介してくれた。りっちゃんさんは普段結んでいない長い黒髪を纏めてポニーテールにしていた。りっちゃんさんのバイト姿めっちゃかっこいい。と感じた。




僕はメニューを3人で見れるように広げると春香とまゆ先輩はもう決まってるからりょうちゃんが見ていいよ。と2人が読みやすいように広げたメニューを僕が見やすいように置き直してくれた。


2人に何を頼むか聞いてみると春香はカツ丼、まゆ先輩は那須の鶏味噌掛けをご飯セットで頼むらしい。このお店では一品物を頼むとご飯と味噌汁、ミニサラダ、漬物がセットになったご飯セットを注文できるみたいだ。メニューを見てみるとメインとなりそうな一品物、枝豆やキムチ、ユッケ、焼き鳥などのお酒と合いそうな料理、カツ丼や鉄火丼などの丼もの、卵かけご飯などの〆料理などメニューが豊富だった。


メニューが多すぎてめちゃくちゃ困っていた僕にりっちゃんさんが肉じゃがおすすめだよ。と声をかけてくれた。メニューを見てみると鉄板肉じゃがと言う気になるメニュー名だったのでりっちゃんさんのおすすめをご飯セットと共に注文した。


それぞれが注文したい料理をりっちゃんさんに伝える。その後で、春香がお刺身も注文したいと言ったので3人で話し合いマグロとサーモン、中トロを注文した。


しばらく3人で話しているとりっちゃんさんが先にお刺身を持ってきてくれた。


さっそく割り箸を割り、3人でいただきます。をしてお刺身に手を伸ばす。


僕は、最初にマグロ、まゆ先輩はサーモン、春香は中トロに箸を伸ばした。お刺身を口に運び3人とも美味しい。と感想を口にした。


「りょうちゃん、りょうちゃん、中トロ美味しいよ。はい。あーん」


春香が中トロを箸で掴みお醤油を軽くつけて箸を僕の方へ伸ばす。あの、まゆ先輩とかも見てるし誤解されるようなことはしない方がいいのでは…と思っていると春香がはやく!と言うので春香の箸に摘まれている中トロをいただいた。あぶらが載っていてめちゃくちゃ美味しい。


「りょうちゃん、次りょうちゃんの番…」


春香が少しだけ恥ずかしそうにもじもじしながら口を軽く開く。かわいい…このかわいさに抗えなかった僕はマグロを箸で掴み醤油をつけてから春香の口に運ぶ。マグロを食べた春香は美味しい。と笑顔で言い。ありがとう。と優しく微笑んだ。


まゆ先輩の前でめっちゃ誤解されそうなことしちゃったな…と思っていると今度はまゆ先輩がサーモンを箸で取り、醤油をつけて、りょうちゃん、あーん。と言いながら僕の前に箸を持ってくる。え…と僕が固まっていると顔を真っ赤にしたまゆ先輩がはやくしてよ…と呟いたのでとりあえずまゆ先輩があーんしてくれているサーモンをいただいた。美味しい。


だが、状況が理解できずに僕は混乱した。少しフリーズしているとまゆ先輩は少し顔を前に出して口を少し開く。あ、やばい、めっちゃかわいい。僕は先程春香にしたようにマグロを掴んでまゆ先輩の口に運ぶ。まゆ先輩はすごく嬉しそうな表情でパクりとマグロを口にして、ありがとう。と茹でたこのように赤い顔で僕に言う。何これ、かわいすぎる。ていうかこの状況何!?と僕が混乱している間、春香とまゆ先輩はめっちゃ幸せそうな顔をしていた。


「ふぅ…御馳走様」


3人は勢いよく声がした方を見る。そこにはりっちゃんさんがめっちゃニヤニヤした表情で立っていた。りっちゃんさんに声をかけられて僕たち3人とも顔を真っ赤にして顔を隠すような仕草をした。



「3人共かわいいねぇ…はい。まず、カツ丼」


りっちゃんさんはニヤニヤした表情でそう言いながら春香の前にカツ丼を置く。運ばれてきたカツ丼はとろっとろの卵とじになっていてめちゃくちゃ美味しそうだった。そして、次に鉄板肉じゃがとご飯セットが運ばれてきた。鉄板肉じゃがは名前の通り鉄板の上に肉じゃが?と言っていいのかよくわからない料理だった。鉄板の上には二等分されたじゃがいもが豪快に乗っていて、じゃがいもの横には半分に斬られた玉ねぎが豪快に盛り付けられている。そして豪快に盛り付けられた玉ねぎの横にこれまた豪快に盛り付けられた豚の角煮がドン。と盛り付けられている。そして二等分されたじゃがいもの間には半熟の卵があった。りっちゃんさんはじゃがいも片方食べてから卵を割ってもう半分のじゃがいもをつけて食べると言いよ。と言ってくれる。僕はこれを肉じゃがと呼んでいいのか…と思うくらい鉄板肉じゃがはインパクトがある料理だった。


そして最後にまゆ先輩が注文した那須の鶏味噌掛けが運ばれてくる。鉄板の上には二等分された那須が豪快に盛り付けられていて、焼かれた茄子の上に大量の鶏味噌がかけられていてめちゃくちゃ美味しそうだった。



運ばれてきた料理が揃い、さっそくそれぞれが自分が注文した料理を食べ始める。僕が注文した鉄板肉じゃがはじゃがいもはすごく食べやすい硬さでしっかり味付けされていた。箸でサクリと切ることができ本当に食べやすい、そして玉ねぎは肉じゃがの出汁がしっかり染み込んでいてとろっとろになるまで煮込まれていてめちゃくちゃ美味しい。そして、豚の角煮、これは言うまでもなく味が染み込んでいてとても美味しい、半分くらい食べ終えた頃に半熟卵を割り味の変化を楽しんだ。肉じゃがの出汁と卵の相性は最高でめちゃくちゃ美味しかった。


春香とまゆ先輩も美味しそうに自分が注文した料理を食べ進めた。



そして、完食した頃には僕のお腹は割と限界まで満たされていた。鉄板肉じゃがはめちゃくちゃ美味しくて、すごいボリュームだった。満足度はめちゃくちゃ高くまた食べたいと思う品だった。


食べ終わった後、春香とまゆ先輩は店の本棚にあった漫画を読み始めた。食べ終えた食器を片付けてくれていた店の女将さん(最初に水とおしぼりを持ってきてくれたおばちゃん)が、今日お客さん少ないからゆっくりしていってね。と言ってくれたので好意に甘える形になったら、店のお客さんは少しずつ出入りしていたが、満席にはなっていないので、ゆっくり漫画を読もうということになった。今までも春香やまゆ先輩、りっちゃんさんが日曜日にこのお店に来た時は食後にこうして漫画を読んでいるらしい。



僕たちが話をしながら漫画を読み始めてしばらくすると店のお客さんは僕たちだけになっていた。


「お客さん今いないし、これから忙しくなることもないだろうし、りっちゃん今日はもう上がっていいよ。せっかくだしお友達とまかない食べたら?」


先程出て行ったお客さんの片付けが終わったりっちゃんさんに女将さんが言う。りっちゃんさんはお言葉に甘えて僕たちの席にきてまかないを食べることになった。このお店ではまかないは好きなメニューを頼んでいいらしくりっちゃんさんは鉄板肉じゃがのご飯セットを頼んでいた。すぐにまかないは完成し、僕の横に座ったりっちゃんさんはまかないを食べ始める。先程、僕のお腹をいっぱいにした鉄板肉じゃがを割とあっさり食べ切ったりっちゃんさんの胃袋がどうなっているのか少し気になったが、楽しい夕食は終わった。


それぞれ注文した料理のお会計をして4人でお店を出るのだった。女将さんが外まで見送ってくれたので美味しかったです。御馳走様でした。と挨拶をした。



その後、まゆ先輩が送ってあげる。と言ってくださったので4人でまゆ先輩の車に乗る。


「あ、せっかくだしさ、今からうちでいつものゲームやらない?」


まゆ先輩の車に乗ってすぐに春香が提案する。今からと言ってももう時間は22時くらいなのだが…まゆ先輩とりっちゃんさんはりょうちゃんが良いならいいよ。と言う。どうやら、僕が来るまでは今日みたいに夜遅くなった日は3人でお泊まりして、割と遅い時間までうちでゲームしたり話したりしていたらしい。僕は全然問題ないのだが、まゆ先輩とりっちゃんさんは本当にいいのか確認するが、二人とも男がいることなんて全然気にしてない様子で急遽お泊まりすることになった。


まず、まゆ先輩の家に向かい、まゆ先輩は明日の着替えなど必要なものを取りに行く。まゆ先輩の家の外観はすごくおしゃれな白と茶色を軸にした一軒家でまゆ先輩のイメージにピッタリの家だった。まゆ先輩が親に泊まってくることを伝え、荷物の準備をしている間、僕たちは駐車場に止まっているまゆ先輩の車で待っていた。そして、次はりっちゃんさんの下宿先のアパートでりっちゃんさんが荷物を用意し、僕と春香のアパートに向かうのだった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る