第11話 BUG⇐


「……ん? 誰だ」


 レンヤさんはあからさまに眉を寄せて、ノックの聞こえた扉を睨みつける。



──ガチャッ


「ふふっ、『ナツ』。やはりここでしたよ。

あの奥にいる黒いマントを羽織った彼が、この間言ったハクという青年です」


 レンヤさんが開けた扉の前にいたのは、スラッと上品なたたずまいで妖艶に微笑む色白の男性と、庭にしゃがみこんで外の動物達と仲良くたわむれている、おおらかそうな男性。



 しかし、俺はその風貌を見ただけで、この二人が何者なのか勘づいてしまった。


(彼らは恐らく──)


 細身の男性と視線が重なった。


 するとその人は、どこかの王宮に住む執事のように気品のある立ち振る舞いで俺にお辞儀をしてみせる。


 左耳にかかっていた黒みの強い青髪が垂れ、端正な横顔に影が落ちた。


 これをオーラと呼ぶのだろうか。


 存在感が半端ない。状況的には初対面の男性が目の前にいるだけだ。なのに、圧倒されて動けなかった。


「おい、DAYBREAK夜明けの幹部が一体何の用だ」


(あっ、やっぱり!)


 予想通りだった。とりあえず彼らは、さっき話していた騎士団の幹部。

「…………レンヤ。お久しぶりですね」


 細身の彼は強い口調に動じることなく、何とも言えない間を空けて、そのまま言葉を続けていく。


「突然で申し訳ありませんが、そのハクという人物に用があってうかがいました」


(──!?)


 名前を名乗った覚えはない。


「どうして……」


 掠れた声でなんとか尋ねた俺に対し、その男性ひとは頷きながら笑みを深めた。


「ふふっ、分かりませんか?」


(お、恐らくこの人が俺のあとをついて来た事は間違いない。名前はハリアットの闘技場で知られたと考えても、居場所までは──)


「こまめに感知を使いながら、俺は二度もワープして……」

「それが?」


 決して圧力をかけられたわけではない。しかし、その男性ひとのそれ以上何も言わせない穏やかな笑顔にひるみ、結局その時の俺は、口を噤むほか無かった。





「ハク、ついてきてください。……もし心配であればお連れの皆様も我が騎士団の拠点へとご案内致しますが、どうなさいますか?」


 こんな一方的で勝手な提案を本来なら呑むはずは無いだろう。


 しかし、その妖艶な男性ひとの余裕のある振る舞いに、俺達は皆同じ事を思った。



((この人に、逆らってはいけない))


 場には、とてつもない緊張が走っていた。




「おい、『ロキ』。いきなりそんな言い方したらますます警戒されちゃうぞ?」


 家の中に漂っていた乾いた空気を破るように、さっきまで動物と戯れていたもうひとりの男性が急に声を発した。


 赤っぽい短髪のツーブロック。見るからにやる気はなさそうだが、ガタイは良く穏やかな雰囲気で話すその男性。


 俺もハッとして、我に返る。


「ふふっ、それはナツが動物の事を可愛がりすぎて、ずっと遊んでいるからですよ?」


 一気に部屋の空気が明るくなった。ナツさんと呼ばれたその人は、軍服の上から羽織っている、世間がイメージする騎士とは違うパーカーのようなフードのついた灰色のマントを呑気にパタパタと扇いでいる。


「だって無視できないだろ? って、元はと言えばロキが、動物に好かれちまう体質の俺をこんな所に連れてくるからじゃないか」

 

(これが有名なSランク騎士団幹部。

 ……ロキさん、とナツさん)




 二人はしばしの談笑を終えると、再びこちらを振り返る。


「ごめんな。こいつ、こんな人の良さそうな容姿しておいてやり方が強引なんだ。悪く思わないでやってくれよ」


「……」


 ナツさんに一番距離の近いレンヤさんは何かを考え込んでいるのか、さっきからずっと黙ったまま。


 俺の予想だと次くらいに怒りが爆発しそうな気がする。溜め込んでいた分、こう、ドカンッと。


 レンヤさんの視線は下から上へと移されて、ナツさんの顔を捉えた。


「……おい、ナツって言ったか?」


(あ、きた)


 俺は軽く両手で耳を塞いだ。


「ん? ああ、俺はナツだ。

 んで、こいつが──」

「いや、知ってる。それよりお前……」


(くるぞ、くるぞ、くるぞ、くるぞ)







「俺とフレンドにならないか?」


(ほらきた! あれ…………でも静かだな。

 って、ん? レンヤさん今何て言った?)


「お! どうした? 

 今の今まで俺らの事を警戒してたんじゃなかったのか?」


「いや、それとこれとは別の話だ。俺はお前とフレンドになりたい」


(……あ、あれ? 

 やっぱりフレンドって言ってるよな)


「俺は、動物に優しい奴に悪い奴はいないと思っている」


(はい? この人何言ってんだ?)


 ついにレンヤさんがバグった。


「ははっ、そうか。庭にこんなたくさん動物がいる家の主が、動物きじゃないわけが無いか。ん。……いいぞ? 全然」


(いやいやいやいや、飲み込みが早すぎる。

 そしてこの人も、何言ってるか分かりそうで分からない。ほんと、さっきまでの空気はどこ行ったんだ?)


「……おい、レンヤ。それじゃあ、お前のステータスがバレるだろ?」


 長い間状況を見守り、口を閉ざしていたフィンさんがバグったレンヤさんを引き止める為、落ち着いた声で忠告した。


(そうそう、この流れを止めてください)


「どうせ今からこいつらの拠点に行くんだし、それからにすれば良いじゃないか」


(……)


「はぁ、しゃあねぇな。分かったよ。その方がこいつらの信憑性も確かめられるし、ちょうどいいって言いたいんだろ?」


(……)


「ああ、そうだ。よく分かったな」


 ツッコミどころ満載。もはや何をどう訂正すればいいのか分からない。


 一応このおかしな状況に周りを見渡してみたが、ロキという男性はもちろん、頼みの綱だったランスすら笑っている。


(どうやら俺の周りには、まともな人が実は一人もいなかったらしい)


「お、じゃあ、来てくれるんだな! 

 俺らDAYBREAK夜明けの酒場に」


 なぜこうなったのかは本当によく分からないが、結局俺はこの2人について行くことになってしまった。


 そう、バグってしまった皆と一緒に。







 


        ……To be continued……

────────────────────


次回:第12話 PAUSE⇐【✱人物紹介、補足】

※最終改稿日 2020/10/03


次回は主にここまでの登場人物紹介となります。よろしくお願い致します。

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