参 ク〝レイ〟マー

 そして、昼間の市民課や他の課でも同様に困っていることと思うのだが……一番厄介なのがDQNなことを言ってくるクレーマーだ。


「――このわしが死ぬなんておかしいだろ? これは何かの間違いだ! あんた達、わしらの税金で飯食ってんだからなんとかしろ! 上にかけあって生き返らすとかどうにかできないのか!?」


「いやあ、おかしいと言われましても、あなたの場合、かなりのご高齢な上に病気を患われていましたし、これはなんら疑う余地もない、老衰と病気によるごくごく一般的な自然死です。それに、もう亡くなられて火葬もすんでいることですし、ここは運命を素直に受け入れて、さ、閻魔王庁へ向かいましょう?」


 よわい90にもなるというのにまだまだ生への執着甚だしく、ぜったい死ぬのは嫌だと駄々を捏ねる頑固で人を見下したような態度の老人に、わたしは眉をしかめながらも、やはり公務員として丁寧な説明によるご理解とご協力をこいねがう。


「閻魔王庁へ行けだと? 誰にものを言うとる! わしは大会社の会長だぞ? そうだ! 金ならいくらでも用意する! あんたにも後でそれなりの礼はするから、それでなんとかしてくれ。わしなんかより、もっと死んでもいいような役に立たない輩がおるだろ? そいつの命と交換に、わしの死亡を撤回してくれるよう、閻魔王にでもなんでも頼んでくれ!」


 だが、それでもあまりに身勝手なことをいうDQNなその老人に、ついにわたしも堪忍袋の緒が切れた。


「あのですね、それ、〝贈収賄〟って言うんですよ? それに〝死〟は誰の上にも平等に訪れるものです。なのに、生き返ることも含め、そんな自然の法則に逆らうようなことをするのは極刑に値する大罪です! これ以上、そういう無理難題を要求するようでしたら、それこそ天への反逆罪で地獄行きになりますよ?」


「じ、地獄!? ……そ、それは……し、仕方ない。納得いかんが閻魔王庁行くんで、今の話はなかったことに……」


 さすがに〝地獄〟という脅し文句が効いたらしく、老人は急にトーンダウンすると、おとなしく鬼籍登録申請書に必要事項を記入し始める。


 本心を言えば、「この者は生への執着が捨てられない因業で無明な衆生のため、再度、人道(※人間の世界)以下の世界においてのさらなる修業が必要である」と、閻魔王庁へ送る添付書類の備考欄に記入しておいてやりたいところではあるが、そこまでやるのは公務員の倫理規定に抵触しそうであるし、あえてわたしが言わずとも、嘘や買収の通じない閻魔王も同じような判断を下すことだろう。ま、これでよしとしておいてやろう。


 そうこうして、次々にやって来る死民の皆さんへの対応に追われていると、夜の闇に包まれていた一階フロアもだんだんに薄明るくなってゆき、西のガラス窓から射すオレンジ色の陽光に照らされて、順番待ちをする霊達の明瞭だった姿形も朧げになって霧散してゆく……。


 そろそろ本日の…もとい、今夜の業務終了の時刻だ。


「――さ、あと少ししたら、市民課へこの場所を引き渡さなくちゃいけない。急いで片付けて帰るよ」


 受付終了の朝7時になったことを壁の時計で確認し、加茂課長がフロアを見回しながら、わたし達部下の職員に告げる。


「ふぅ~…終わったあ~っ! 言われなくても早く帰りますよ~っと」


 わたし達は各々に体を伸ばして席から立ち上がると、カウンターの上のノートPCやらなんやかやを慌ただしく片付け始める。


 8時半には日中の市役所業務が開始されるし、早い人は7時半を回れば登庁してくるだろう。〝死民課〟の存在はごく一部の者にしか知られてはならないので、つい今しがたまでここで業務を行っていたことは跡形もなく消し去って、昼間ここを使う市民課に席を譲らなければねばならない。


 そんなにまでして秘密にしなきゃならないんなら、どっか別の場所に専用の受付カウンターを作ってほしいと思うんだが、秘密の部署ゆえに予算もほとんどなく、そういうとこにお金かけてはくれない。


「――あ、当直おつかれさまです!」


 塵一つ残さず片付けを終え、昨夜ここへ来た時の状態を復元して退庁しようとするわたし達を見かけ、早く出勤してきた〝死民課〟を知らない職員が、やはり夜勤の当直だと思って労いの言葉をかけてくる。


「お、おつかれさまです……」


 無論、本当のことを言う訳にもいかないので、わたしもそんな風を装って頭を下げると、昼の顔・・・を取り戻したレトロな市役所庁舎を後にした。

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