わたくしの恥じらい
願掛け、というものがございますよね。
昔からよく聞くのはお茶断ちでしょうか。あとは色欲断ちとでもいうのもございますよね。
お師匠はこんなことをおっしゃったのですよ。
「ソナタさん。わたしがあなたに上げたあの歌はの。まだ若かりしわたしが夫婦の営みを断って、そうして書いたのです」
わ、わたくしだってカマトトぶるつもりはございませんわ。ふ、夫婦の営みが何を意味するかぐらいじゅ、じゅうぶん承知しておりますっ!
・・・・・・すみません、うろたえてしまいましたわ。お詫び申し上げます。
ぺこ。
お師匠にしてさえもそういうことをせねば本当に人を救う物が書けなかったということですわね。
さあ、では、わたくしは何を断ちましょうかしら?
「ソナタって、ほんっ、とうに小説が好きなのね」
「ええ。好きにも好きですし、わたくしの全てと言ってよいかもしれません・・・・・・・はっ!」
「ど、どうしたの!?急に!」
「いいえ。倉本さん、ありがとうございます!」
そうですわ。
どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんでしょう。
わたくしは授業が終わったらまっすぐお師匠のおうちに向かいましたわ!
「お師匠!」
「おや。ソナタさん。何やら決意したようなお顔ですね」
「はい!わたくし、決めましたわ!」
「お聞きしましょう」
「わたくし、今日からわたくし以外の作家さまの小説を一切断ちますわ!」
「・・・・・・後悔しませんか?」
「はい!わたくしにはお師匠の歌があります!わたくしにはこの世に生まれてこれまで育成下すった皆様の記憶や、今まさに日々生きている実生活のエピソードがございます。最新の一作を、渾身の一作を書き上げるまで、わたくし以外の作家さまの小説を読むことを一切断ちます!」
「ソナタさん。あなたにとって小説は伴侶のようなものですよね」
「は、はい」
「わたしが夫婦の営みを3×7=21日間断って歌を書き上げたことになぞらえているのですか?」
「そ、その通りですっ!」
「なぜ、今なのですか?」
「そ、それは・・・」
ええい、わたくし!
ここで詰まってはなりませぬ!
お師匠に、わたくしの、ココロからの熱を伝えるのですっ!
「今、世が滅びようとしているからですわ」
「よろしい」
お師匠は、そう言うなり、座敷に置かれた、わたくしたちが正座で向き合う背の低いテーブルから、くるん、と反転してわたくしに背をお向けになられましたわ。
そうして、お師匠がいつも心を癒し素養される時に眺めておられる、お生まれになったばかりで立って天と地を指しておられる木彫りした小さな男の子のお人形に、項垂れるようにして目を閉じて向き合われましたわ。
「ソナタさん。よう気づかれた。素晴らしいものを作る際には先人に倣うことは時として必要です。ですが、誰も成し遂げていない全くもって先例を超え尽くすものを作るためには、己自身を拠り所としなさい。微力ながらわたしも協力いたしましょう」
「お師匠、それでは・・・」
「世を救うソナタさん作の小説を、共に作り上げましょう」
「ありがとうございます!」
最後にお師匠はこう付け加えてくださいましたのよ。
「他の者との営みを断ち、そしてソナタさんとわたしとで、身も心も交わりましょう」
お師匠の極めて文学的な表現に、わたくしは顔を赤くいたしましたわ・・・
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