わたくしの小説

naka-motoo

わたくしという女人

 わたくしは高校生なのですよ。

 どうして高校生かというと一番都合のよい年齢設定だからです。


 小学生では生活に自由度がなくて突拍子もないエピソードを組みにくいですし。

 中学生ですと『中二病』という言葉があるくらいで思春期のやや複雑な心理描写に触れずじまいに終えることはできないでしょうし。

 大学生ですと今度は自由度があり過ぎて『制約条件』によって却ってストーリーが進展することを期待できませんし。

 社会人ですと『制約条件』があり過ぎてお仕事小説みたいになってしまうのが口惜しいのですわ。


 いっそ老人という設定でも、と思うこともありますけれども、老人はダメ。


 悲し過ぎますわ。


 容姿や躯体が、ということではなくって。


 いいようのない寂しさがありますもの。


 老人には。


「ソナタさん」

「はい」

「今日は何ページ書けましたか?」

「5ページですわ」

「よろしい」


 わたくしの小説のお師匠はおばあさまなのですよ。

 笑顔がとてもおやさしい、本当に観音さまのようなお方ですの。


 母に連れられてわたくしは本当に赤ん坊のころからお師匠の元に通ったのですよ。


 道路を横断する電車の踏切を越えて、あ、そこにはお地蔵様がお堂に入って立っておられるのですけれども、その細い道を行くと水量の豊かな用水が流れていて。


 蒼い、美しい藻が流れに沿ってまっすぐに揺れているんですよ。


 お師匠のおうちはそこを左に曲がったところでした。


「ソナタさん、ソナタさん」


 因みにわたくしの名前はソナタではありません。


『あなた』という意味のソナタ、とお師匠はわたくしを呼んだのですわ。


 あれはわたくしが小学校中学年の頃、初めて母とではなくわたくしひとりでお師匠の家を訪れた時のことです。


「お師匠。どうしてお師匠はわたくしに小説を書く人間になって欲しいのですか?」

「ほう・・・よいことを質問しますね。ちょっと、ほれ・・・」


 お師匠は週に何回かお手伝いに来ておられる次女さんをお呼びになられてね。


「この子にお昼を作って上げて」

「はい」


 そうしてわたくしと一緒にお昼ご飯を食べながら話してくださいました。


「ほれ。ソナタさん。ハムと目玉焼きですよ。熱い内にお食べなさい」

「はい」

「それでね、ソナタさん。わたしは疲れ果てた時に小説を読むんです」

「疲れ果てた時に、ですか?」

「そうですよ。わたしはまあ、隠居の身で仕事と言えば畑を作って家族やら親戚やらにわずかばかりの野菜を差し上げるだけの、そういう年寄りです。もちろん畑仕事も疲れはしますが、一番ココロを砕くのは店子たちのお世話です。ほれ、ソナタさんは病気とかしとらんでしょう?」

「はい。わたくしは健康です。学校で健康だからと表彰も受けました」

「それはなにより。でもの、この世には人には分かってもらえんような辛い病気の人たちもおるんですよ。ウチの店子たちはの、ココロの病気のひとたちなんですよ」

「ココロの、病気ですか?」

「そうですよ」

「カラダの病気とは違うんですか?」

「いいえ。同じです。ココロは人間のカラダの一部ですし、カラダはココロがなければただの木偶の人形です」


 わたくしは、あ、と思ったのです。


 多分、今、お師匠はとても大切なお話をして下さっているのだと。


 お師匠の前では幼稚園の頃から既に正座のわたくしでしたけれども、きゅん、ともっとぴったりっぴっちりと太腿とふくらはぎを重ね合わせてグレーのソックスに被覆された足指の先を、ぴん、と正して、姿勢も伸ばしましたわ。


 忘れられない一言がありました。


「小説は、遍く、世を救うのです」

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