この世の3分の2は、弱くて愚かな黒い羊達

蒼狗

日常

 人が少なくなり静かな教室。そんな教室に彼女の紙をめくる音が響く。私はそんな彼女をスマホをいじるふりをしながら見ていた。

「なあに?」

 彼女は雑誌を見たまま口を開いた。気づかれてしまったらしい。

「見ていただけですよ」

「いっつもそれね」

 彼女が視線を上げる。長いまつげが窓からさす夕日に光っている。

「あなたを見るのが好きだから仕方がないのですよ」

 彼女の頬がわずかに紅潮した。再び視線は雑誌へ戻る。

「からかうのはやめてよね」

 雑誌をまた読み始める。

 しかし今度は沈黙に耐えきれなくなったのか、すぐに口を開く。

「見てこれ、この山って近くのじゃない?」

 彼女が小さな記事を指さす。

「妖怪だって。本当にいるのかな?」

「案外居るのかもしれませんよ。もしかしたら人口の三分の一は妖怪かもしれません」

 おどけて笑って見せると、彼女は驚いたようだった。

「珍しいね。そんなこと言うなんて」

「そうですか? 私も冗談ぐらい言いますよ」

 私はおもむろに時計を見ると、机の横にかけていた鞄を持ち上げる。

「そろそろ帰りましょう。あまり遅くなってもだめでしょうしね」

「……そうね」

 彼女も雑誌を鞄につっこみ立ち上がる。

「……あなたは妖怪なの」

「そうかもしれないですね」

 即答してみせると彼女は怪訝な顔をした。

「冗談ですよ」

「信じそうになったじゃない」

 子供のように笑う。幼い頃から見慣れた笑顔だ。

「不思議そうな雰囲気なんだもん。妖怪だって言っても信じちゃうわ」

 そうですか、と返す代わりに私は微笑んだ。

 彼女の頬が再び紅潮し、そっぽを向かれる。

 そのまま他愛ない会話を交わしていく。

 彼女の家の前で別れると、私はそのまま彼女の家の裏にある小さな小屋へと入った。

 私の意識はそこでとぎれる。明日も同じように過ごせるよう思いながら。




 管理AIより各種アンドロイドへ伝達。

 人口が減少した人類の代わり、及び危機から守るため、人の代わりとなるアンドロイドを導入します。急激に減少した分を補填するため、導入するアンドロイドの数は前全人口の三分の二です。これにより表面上の人類の総数は変わらずに存在できます。

 特に数の少ない子供に対しては、専用の守護アンドロイドを支給します。子供の成長に会わせて外装を定期的に交換してください。




 子供がアンドロイドに対し好意を抱くケースが多発しています。

 子供が一八歳を迎える年までを守護アンドロイドはサポート期間とします。それ以降の年齢に対してはその他のアンドロイドが各種分野ごとにサポートを行います。

 一八歳までのサポートを終えたアンドロイドは、対象の子供が高等学校を卒業するタイミングでその子供の元を離れ、サービスを終了します。




 開発者よりメッセージが入電。

 君たちを制作する際、わざと無機質な性格になるように設計した。それは本来の人間社会では少数派とされ、排除の対象になりやすい性格だ。本来の予定では君らがその「厄介者」としての役割を担い、集団の一体感を強めるための設定だった。黒い羊効果と呼ばれるものだ。

 だが現状は違うものとなってしまった。学校のクラスという少数の集団の内、三分の二は君達アンドロイドだ。人間が少数派になってしまっている。

 今となっては愚かな試みだと思っている。だが人類を救う数少ない方法となってしまった今では、君たちにかけるしかない。増えすぎてしまった黒い羊が人間社会にどう影響を与えるかわからない。

 君たちには損な役回りを押しつけてしまった。すまない。




 彼女が目覚めると同時に私は起動する。

 深夜の間で機体のメンテナンスは完了している。

 彼女が朝食をとり終え、玄関へ向かったのが通知で届く。

 私は小屋を出ると、彼女の玄関外へと向かう。

 いつもと同じ時間。

 いつもと同じ光景。

 私の姿が変わったとしても繰り返してきた時間。それもあと少しで終了する。

「おはよう」

 玄関からでた彼女が私を見ると、表情が明るくなるのを感知。

「おはようございます」

 いくつかある表情データから微笑みを選択する。

 後少し。この管理された時間が長続きして欲しい。

 作られた感情であっても、この時間を愛おしく感じる私は愚かなのだろうか。

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