第64話「最悪……。ダブルで最悪」
ご褒美があると分かれば人は頑張れるのですよっ。
――というわけで、お茶と桜もちは俺達の胃袋の中へ入りました。
今日は、オリエンテーリング当日と相なって三時間目の始めに学校を出て、大きな公園へ我がクラスはチャリを漕いだ。
「はぐれた子とかいない?」
「分かりません」
「じゃあ、ペアになってみて?」
指示どおりに動く。余ってないことから男女の人数が同じということか。
去年って男女比同じじゃなかった気がするんだよな。
もしかして担任の策略? まさかそんなことできないか。
「なんか緊張してきた」
「どうした?」
「お弁当失敗しちゃったから」
「気にしない気にしない」
「……無理」
何をそんなに自信を無くすことある。
失敗して上手くなるんだから。
結構この子ガチになるタイプなのかもしれない。
「この公園は、ウォーキングコースになってるから一周とりあえずペアでしてもらって。そのあと早いけど昼食とします。絶対完歩してくださいっ」
「桜って葉桜もきれいだと思うんだよね」
はしゃぐ担任と温度差のある生徒達が付き合いきれないと言った具合にゆっくりと歩き出す。
花咲はひらひらと舞い落ちる花びらを見て美野里にそう語りかけた。
「ごめん。ちょっとそれどころじゃない」
「どんだけ緊張してんだよ。この間言っただろ。作ってくれることに意味があるって」
「忘れてないよ? けど、あたし料理が苦手だから」
一体この子は過去になにがあったというのか。
とやかく聞くのもタイミング的に違う気がしたので止めておく。
「ほら、せめて湖の水でも見て落ち着こう」
「いやいや、それで落ち着けてたら今ごろなってる」
「……ごめん」
重たい空気。このまま時間が経過してしまった。
現在時刻正午。担任に一抹の怒りを覚えながらちょうど良いベンチを見つけ腰を下ろした。
「……ふぅ」
「俺が開けようか?」
「い、いや、あたしが開ける」
包んでいた布を解き、美野里さんは自分の胸に手を当て一つ息を吐いて弁当箱のフタを開けた。
「おおー」
それは、事前の宣言の通り少し黒が目立つ彩り。
食べられないこともないな。真っ黒ではない。
「玉子焼き難しいね。焦げちゃった……」
「大丈夫大丈夫。砂糖入れたら作ったことない人はこうなるんだよ」
「そうなんだ。焦げって身体に悪いし、食べ――
「はむ……」
花咲は、美野里の話を最後まで聞かず焦げた玉子焼きを口に入れた。
うんうん、ちゃんと玉子焼きだよ。
「花咲君!?」
「ほら、大丈夫」
「いやいやいや、お茶飲んで! 苦いでしょ」
「ありがとう。残すとかないから」
「分かったよ……」
宣言した花咲に美野里が玉子焼きをつまむ。舌を出し、すぐお茶を飲んだ。
やっぱり笑顔の方が似合う。というか、美野里さんに限らず全員。
口の中はちょっと苦いけど。
☆☆☆
バイトが終わり、高林さんを送り届けたあと俺は、小腹が空いたのでスーパーへ足を運んだ。
なに食うかな。夕飯も考えないとだしあんまり重たいのは無理。
小腹を満たしてくれる物ってなんだろ。のり巻きじゃ多いし。
かと言って、から揚げ小パックも中々そしゃくするから満腹中枢刺激されてしまう。
「どうしたの?」
ん? この声は美野里さん。
レジの格好をした彼女を発見し、花咲は観察することにした。
しゃがんで近づいてきた男児に優しく問いかけている。
あらこの感じ迷子かな。
「……ぐす……お姉ちゃん……」
「はぐれちゃったの?」
「……うん」
「そっか。お姉ちゃんと一緒に探そうか」
「ありがとっ」
手をつないで動き出す二人。あ、こっちに来てるっ。
選んでるふりをしよう。こういうとき知り合いに見られてるの恥ずかしいからな。
コロッケ……男爵いも使って、牛肉入ってる。美味そうだな、おい。
これにしようかな。通り過ぎた美野里さんの背中を一瞥して俺はレジへ急いだ。
――家に帰ると、美沙が俺の部屋でくつろいでいた。
「あ、おかえり〜」
「美沙の部屋じゃないぞここは」
「今日ウチの親遅いの」
「だからって勝手に入るなよ」
コロッケが食えないじゃないか! せっかく一人で美味しく食べようと思ったのに。
本当にこの子友達いるのかな。イジメられてるとか。心配になってきた。
「あたしになにがあってもいいってこと……」
眉を八の字にして目をうるうるさせて美沙がこっちを見てくる。
セコいわ。そんな目をされたら拒否れないじゃないか。
「それは、だめに決まってるだろ」
「じゃあ、いいじゃん」
「リビングにいればよかったじゃないか」
「なんか違うんだよ」
「雰囲気?」
「だと思う。慣れないというか」
「……分からなくもない」
一人でいるときの大部屋ってなんであんなにむなしく感じるんだろうね。
時計の時を刻む音も自分の部屋でも聞こえるのにまるで別物だし。
「ところでさ、凪」
「ん? どうした?」
「なんかじゃがいもの臭いがするんだけど」
カバンの中にあるのになんで分かるんだよ。
花咲は心中でグチり、「犬かよお前」と悪態をついた。
それを気にする素振りなど見せず美沙はスンスンと鼻を鳴らす。
「コロッケみたいな臭い」
「まさに犬じゃん」
「私も食べたい」
「一個しか買ってないから」
「半分こして。食べかけでいいから」
「手で割ればいいじゃん」
「あ、食べていいの?」
「いいよ」
横で見られながら食べるとか嫌すぎる。あとそこまで俺はケチではない。
カバンからコロッケを取り出し、花咲は半分にして美沙に手渡す。
「ありがとう」
「ソースつけたらもっと美味いけど下まで行くのがめんどくさいから我慢しよう」
「そのままでも美味しいよ?」
「確かにな」
素材本来の味を堪能できるという点では。
だけど、ソースと素材のハーモニーを味わいたいのが本音。
「んで、どうだった? ピクニックは」
「玉子焼きが焦げてた」
「ちゃんとフォローした?」
「一応したけどちゃんと届いたかどうかは分からない」
「まぁ、言わないよりはいいと思う」
コロッケを食べる美沙が微笑む。美味しそうに食べやがって……。
そう思いながら、俺は半かけのコロッケにかぶりついた。
☆
確実に2日間は休みだという宣言をされてしまい突如暇となってしまった。
学校の休みも重なりやることがない。
他の面々は、バイトやら用事があるやらで遊べない。
「こういうとき兄弟がいれば……」
まぁ、今さら俺がこう嘆いたところでなにも意味はないのだけどもっ。
……外の空気でも吸ってくるか。花咲は外向きの格好に着替え、家を出る。
風が気持ちいい。一番春の陽気が好きかも。
あ、土手でも行こうかな。チャリに乗って土手。
ここも桜が満開である。写真家っぽい人が思い思いにシャッターをきっていた。
チャリから降りて押して歩くことしばし。
「……チュ」
なにやら変な音が聞こえてきた。
思わず振り向くと、女性と思われる長い髪が見て取れる。
え、こんな白昼堂々!? チャラい男が相手な――あ、明だたっ!
「……」
マジかよ……。つか、なんで橋の下。
ムードって今の時代関係な――突如斜めに身体が傾き肩に草と土の感触。
花咲はキスをする親友に気を取られ、土手を転がり落ちてしまう。
チャリが! あ、止まらない! こんなに土手の傾斜ってあったっけ?! ……グヘァ!
転がり落ちていった花咲はほぼ砂利のところに顔をつけて停止した。
最悪……。ダブルで最悪。
「……大丈夫? ……」
「え?」
なんか聞き馴染みのある声が耳に入ってきた。
少し顔を声のした方向に傾けると、しゃがんでこちらを見つめている高林さん。
どんな偶然でしょうね。あとどこから見られていたのか凄い気になる。
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