第60話「デジャヴのデジャヴ」
「お腹減ってるんだよ」
「そういうイラつきじゃないんだけど」
「そろそろつくし我慢我慢」
「話し聞こうか」
「後でゆっくり聞くから」
「後でじゃ意味ないし」
「はいはい」
「……」
もういいや。着いたし。世の中諦めも肝心。
チャリを空いたスペースに適当に停め公園内を歩く。
「なんか長かった」
「お腹減ってるからだよ」
「だからそりゃ美沙もだろ」
「私はそんなにお腹減ってない」
「じゃあ、全部俺が食べる」
まさかそこまで言うのだから断るまい。
ウソついてるのを承知ではっぱをかけた。
あからさまだからその方が面白いかと思って。
「ダメに決まってるでしょ」
「ホントは腹減りまくりなんだろ?」
「うん。心が折れかけた」
「良かったな間に合って」
腹がすきすぎると、気持ち悪くなったりするから。
大惨事になる前で良かったかもしれない。
「ペンキ塗りたてとかトラップ大丈夫か?」
こういうところはまれにベンチが塗りたてのときがある。
しかも、そういうときに限って張り紙が貼ってなかったり。
「大丈夫というのは季節的に容易に言えない」
「なんでそんな女子っぽくない言い方なんだよ」
「ちょっと緊張してきた」
中々座らない。見た感じ全然塗りたてに見えないけど。
早く食べたいのでベンチに触れてみる。
「大丈夫みたいだぞ」
「予算の都合で塗り替えたりするじゃん」
「なんの話だよ」
「分からないんだったらいい。食べよう」
「よっしゃからあげ」
言いかけられるとものすごい気になるけど、空腹の方が勝っているので止めておく。
から揚げを前にして細かいことなど興味ないっ。
「おにぎりも作ってきた」
「まだ寒いから傷んでるってことはないよな」
「大丈夫大丈夫。保冷剤入れてきたから」
「なら平気か。サンキュ」
美沙からおにぎりを受け取り、から揚げを口に含む。
うわぁ、ジューシー。しかもモモ肉。
「絶妙な味だな。米とも相性が抜群」
「良かった。ツナマヨとおかか。たらこもあるよ」
「とりあえず全種類行くぜ」
「え、大丈夫?」
「腹減ってたから行けるっしょ」
そう息巻いてガツガツ食べる花咲。
――食べすぎた。夕飯入らなかった。
昼からだいぶ経ってるのにまだ満腹なんですけど。
「凪〜お風呂沸いたわよ」
階下から母の声。ちなみに、なぜかこの時間になっても美沙は我が家にいる。
年頃の女の子を年頃の男の子の家に泊まらせるって俺からしたら考えられないんだけど。
美沙のお父さんの胸中はどうなってんだ。
「じゃあ入ってくるな」
「うん、行ってらっしゃい」
上から出たらごめんなさいね。
脱衣所は寒いなと思いながら浴室。
髪の毛身体を洗い、湯船に浸かる。
ガラガラッ!
とゆっくり浸かろうという概念の前に閉めた扉が勢いよく開かれた。
開けた犯人である水着姿の美沙が浴室に入ってくる。
「な、なにしてんだ」
「久しぶりに一緒に入ろうと思って」
魅力的な身体しやがって……。
真後ろに立つ美沙に花咲は「いやいやいや」と首だけを彼女に向けて発言を否定する。
「水着着てれば問題ないでしょ」
「俺はなにもやってないんだが」
真っ裸なやつの前でよくそんなこと言えたものだ。
フェイスタオルで隠せなくもないが、ちょっともう遅いのよ。
「なにも見てないよ?」
「いいから湯船入れよ」
「身体洗ってから入るんだよ」
「それは大浴場ルール」
「寒いっ」
美沙は、自分の身体を抱き鳥肌が立っている。
ある意味エロいんじゃない?
「話聞けよ……」
「にしても、懐かしいな」
「……そうか?」
「え、懐かしくない? 私と入るのは久しぶりじゃん」
「本来ならもう入らないはずなんだよ」
「まぁいいじゃない。女子の身体見られるんだから」
「自分で言うなよ。んで、なんか用があるんだろ」
「とくに何も。ただ一緒に入りたかっただけ」
素直にそれを受け取るなら嬉しいけど。
身体についた泡を洗い流し、美沙が俺が入っている湯船に侵入してきた。
「あ、狭いね」
「そりゃもうほぼ大人なわけだし」
「たしかにね。凪の足とか男の人のそれになったもん」
「そうか?」
ちょっと身体が反応してきた。先に出てもらおう。
トラウマになられても困る。
――翌朝。デジャヴのデジャヴ。
またピリピリとした感覚で目が覚めた。
「なにしてる」
「無言の圧力で起こすことをしてる」
「普通に起こせって」
「ていうか起きろって」
正論で返すなよ……。
もうちょいキャッチボールしようぜ。
そう思いながら花咲はベットから下りる。
「今日はなにするんだよ」
「バイト今日も休みか」
「そうだと思う。高林さん呼んだら来るって」
「じゃあ休みだ。ん? みんなで遊ぶのか?」
「よく分かったね。みんなでプリ撮る」
「今の時代スマホで写真撮ればよくね?」
ていうか、毎回毎回ことあるごとにプリ撮るのは昔から変わらないけど、この先もずっとというのは恐らく無理だろう。
いつ言おうか迷ってるけど、あしらわれそうなんだよな。
「プリはもので来るじゃん」
「なるほど。じゃあ行くか」
「高林さん絡むと動くの早いよね?」
「美沙のときも動くの早いから安心しろ」
「これは、照れるべき?」
「言った身としては照れてほしい」
「ポッ」
頬を両手で押さえ照れた真似をする。
これは拾わないほうがいい流れですね。
「さぁ着替えるからリビングで待っててくれ」
「……ポッ」
「いいから行けよ」
敬礼なんかして部屋から消える美沙。まったくよ、これが逆だったらセクハラなのに……。
外向きの服に着替え、階下へ下りる。すると、母親がニヤニヤしてこちらを見ていた。
「んだよっ。気持ち悪いな」
「だって男の子だなって思って」
「なんのこっちゃ分からない」
玉子焼きの臭いと白米の臭いがやばいなこれ。母親の悪ノリなど耳に入りませんわ。
「ほら、凪。早く食べて」
「分かった」
「味わって食べて」
「それは無理」
ガツガツと食ってやったぜ。食器を片し、美沙と共にみんなのところへ向かう。
ゲーセンに到着すると、すでにいつもの面々が顔をつられていた。
「遅いぞ」
「ごめんごめん。凪が遅くって」
「朝飯が思いの外多かったんだよ」
「ったく。じゃあ、プリ撮ろうぜ」
「お兄ちゃんに仕切られるのなんかムカつく」
これは、ひどい。紗衣ちゃんが眉をしかめた。
「そんな言い方すんなよ」
「……プリ……入る? ……」
「ギリギリかもな」
「詰めればいけるよ」
詰めるということは、くっつかなきゃいけないレベルよこれ。花咲がプレ機を見て焦る。ちょっと今のうちに紗衣ちゃんから離れておこう。
「凪はセンターね」
「なんでだよ」
「いいから。右は高林さん。左は私」
「異議あり!」
「あ、ほら早くしないとシャッター切れちゃうから」
「むぅ。……えい!」
後ろに立ち紗衣は花咲の肩に手を置き、顔を近づける。
その手があったのか……!
――あとで見返してみたら心なしか高林さんが自分に近寄っていた。
心の距離が縮まったと思いたいな……。
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