第36話「スルーを決められる」

 ゴーヤ農家を後にし、タクシーでホテルへ向かおうとした矢先高林母のスマホにメッセで依頼があった。

 現在そこで新郎の格好へ着替えている。

 そう依頼は結婚式場。


 高林さんの両親がモデルになるという選択肢もあったと思うのだけど。

 流れで俺らになってしまったので、断るのもめんどくさくされるがまま状態。


「ま、まさかこんなに早くウエディングドレス姿を見るなんてな」

「なに言ってんの。これはノーカンだから」

「……コク……」


 地味にショックっ。あからさまに俺に好意がないのが分かってしまって。


「それではまず、チャペルでの撮影をさせていただきます」

「分かりました」


 移動したチャペルという建物に到着すると、神聖な雰囲気に包まれた感じ。

 愛を誓うところに天井付近にあるステンドグラスの色が反射している。


「なんか神々しいな」

「……コク……」

「その神々しいところでの撮影です」

「分かりました」

「お二人とも光の中で向き合ってください」

「……はい……」


 花咲と莉音奈は依頼主からの指示に従い目を合わせる。

 距離が近いな。光の中で顔を見合わせてるからお互いの顔見えづらいのがせめてもの救いだけど。


「では、次にキスをするふりをしてください」

「え、き、キス!?」


 中々クレイジーなことを言ってくるじゃんよ、この女の人。

 さすが式場モデルを遠いところからきた俺らに任せる暴挙に出るだけはある。


「フリですよ?」

「それは、わ、分かってますけど」

「……大丈夫……」


 なにをもってしての大丈夫なの高林さん!

 てか、可愛いな。

 こっちの意志などあってないようなものなのか依頼主は高林さんに「ちょっと頭をななめにしてください」とさらなる要望を打ち出してきた。


「だ、大丈夫なんだな?」

「……コク……」

「男の子は女の子と反対に頭をななめにしてください」

「分かりました」


 近いなっ。ドラマのキスシーン大変なんじゃないだろうか。

 高林さんと出会って以来の至近距離。

 撮影用のカメラでカシャカシャ連写する依頼主は数分で腕を下ろした。


「ありがとうございました」


 早くない? どうせならもう少し高林さんの顔見ていたかった。


「次は夕日をバックにシルエットを撮ります」

「よくあるやつだな」

「……コク……」


 依頼主に連れられとある海辺の芝生。

「じゃあ、そこに座ってください」という指示に従い芝生部分に腰を下ろした。


「次に肩をつけてください」

「こうですか?」

「はい。次に頭と頭をくっつけてください」


 凄いドキドキしてきたっ。聞こえてないといいんだけど。

 美沙ともやったことない。恐らく小さい頃もない……はず。


「いいですね」

「……」

(痛くないか?)

(……大丈夫……)

(そうか。なら良かった)

「このくらいかな。ありがとうございました」


 だからなんでそんなに終わるの早いの。

 小声で話していたら撮影終了を宣言された。

 このままホテルへ直行かと思ったら依頼主の厚意でコース料理の一部を食べさせてもらえることになったので式場のメイン会場へ案内された。


「今回は協力いただいてありがとうございました。お礼と言ってはなんですが、コース料理の一部を召し上がっていただこうと思います」

「ありがとうございます」

「またなにかあったらお声がけください」


 なにもしてないに等しかった人なのにまっ先に依頼主に反応してるし。

 ていうか、今までどこ行ってたんだろうね。

 姿がまるで見えなかったけど。


「ありがとうございます。飛行機の時間もあるとのことでしたのでメインとデザートをお持ちしました」

「……っ! ……」

「う、美味そ」


 ステーキ・キャビアの乗ったフォアグラ。

 それからケーキ。

 労働という労働をしていないのにこれを食べてもいいのだろ――


「ヤバい、最高」

「痛風にならないといいけど」


 なんで俺らより先に食ってるんだよ!

 花咲は、一人プリプリしてステーキを口にした。



 ☆☆☆



 東京で一度ビジネスホテルで休憩し、無事に地元へたどり着き、高林家から歩いて自宅へと移動していたら明の妹の紗衣ちゃんからメッセが来た。

 タイミングが良いのがちょっと気がかりであるが。


[紗衣:今日おやすみでしたら泊まりに来てください]

[花咲:分かった。今から行くよ]

[紗衣:今からですか!?]

[紗衣:兄を今からスーパーに向かわせるので料理対決の材料を買っててください!]

[花咲:ん? 料理対決?]


 既読がついてちょっと待ったがスルーを決められたので最寄りのスーパーへ足を運ぶ。


「まさか凪と料理で対決するとはな」

「ホントだよ。一番びっくりしてる」

「タダ飯を食うっていうのもいいけど、せっかくの夏休みだし変わったことをしないと飽きちゃうだろ」

「まぁ、確かに」


 正直普通に飯を食いたかったが、流れ的に異を唱えるときではないので相槌を打っておいた。

 花咲は、ピーマンの袋を手に取り、全体を見渡す。

 それを見た新川は同じくピーマンの袋を取った。


「ピーマンって袋のままだと良いの悪いの分からなくないか?」

「いや、勘で」

「え〜。人の妹の口に入るって分かってるか?」

「分かってるもなにも紗衣氏から誘いがあったからな。考えないわけないじゃん」

「ならいいんだけど」

「紗衣氏の好き嫌い教えてくれ」

「ノーコメント」

「はいはい、分かりましたよ」


もういいや。料理は愛情と味付けを間違わなければ勝てる可能性はある。

しかも、審査員はプロじゃないし。

玉ねぎとニンジンをみじん切りにするのは確定。

使えない親友を置いて歩き始める花咲。


「あー、ごめん。特に好き嫌いはありません!」

「どっちに転がっても分からずじまいかよっ」

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