第23話「これがタマネギの威力っ」
幼なじみと仲良くしてる人は世の中にどのくらいいるのだろうか。
親の話では高校生になっても幼なじみと疎遠になっていないのは少ないらしい。
まぁだからなんだよとその時思ったのだが、今になって気になったというか不安になった。
いつまでも美沙とはつるんで行動できないんだって。
でも、かといって恋愛対象って言われると違うのよ。
なんというか幼なじみというポジションは特別。そんな気がする。
自転車にまたがり幼なじみ小堀美沙を待つ花咲凪は、心中で悶々としていた。
まるで、今の季節のようである。五月の終わりくらいから高くなる湿度。
つまり梅雨。今年の梅雨は早いと天気予報で言っていたけど、ホントのようだ。
「……暑い」
ワイシャツにしてこの暑さ。恐るべく梅雨。
朝特有の風も吹いてこないし。ていうか、美沙のやつ遅くないか?
いつもなら全員我が友人達は遅れることはめったにないのに。
やはり季節性のなにかだろうか。
「あれ? まだ行ってなかったの?」
「全然美沙が来ないんだよ」
お母さんが外に出てきたってことはそこそこマズい時間になったってことを意味する。
もしかしてなにかあったのだろうか。
花咲は、少々不安を募らせ、小堀家を眺める。
「女の子は普通こんなもん」
「いや、それで片づけられても」
「大体待ち合わせ時間が早すぎるのよ。もっと美沙ちゃんのことも考えてあげなさい」
「……」
注意されてしまった。
まぁ、正門が閉ざされるのが八時三十分で待ち合わせが七時四十分だから早すぎるのは理解している。
でも、なにかあったらロードして戻るというのは現実ではほぼ無理だし。
腕を組み思案顔の息子を尻目に、花咲の母は車を走らせた。
「行ってきますくらいほしいもんだ」
「……わっ!」
「……っ! ……」
後方からの突然の大声に、文字通り肩を壮大にびくつかせる花咲。
ホントに驚いたとき人って声でないんだな。
バックバクなんですけど、心臓が!
「これまたいいリアクションするね」
「心臓に悪いからやめてくれ」
「うん、覚えてたらね」
「絶対覚えとけよ」
毎回やられたら心臓がもたない。
美沙の冗談に真面目に対応する花咲は、彼女を見る。
あ、もう衣替えの時季か。
「……」
「……あ、やっぱりまだ治ってない?」
「なんの話だ?」
頭を押さえ、焦った様子の美沙に花咲は首をかしげる。
そのしぐさを見た彼女は肩を落とすと同時に眉間にシワを寄せた。
「寝ぐせ!」
「どこに?」
「ほらっ。ついてるでしょ」
「あ、ホントだ」
該当箇所押さえていたら分かるもんも分からないだろと喉まででかけて飲み込む。
口に出したらとんだ仲良しカップルと噂されそうだからやめておいた。
でもまぁたしかに、わりと目立つ寝グセかもしれない。
ぴょんと天に向かって一房伸びている。
「これに苦戦してたの。なにやっても跳ねちゃうんだよ?」
「自転車に乗れば風で折れるんじゃないか?」
「舐めてもらっちゃ困りますぜ」
どこか悪役じみた言い方で花咲の提案を美沙が蹴る。
よほどしつこい寝グセらしい。
「ピン留めで無理やりなかったことにしちゃえばいいんじゃね?」
「その手があった!」
人のことを指差して興奮する美沙。これでようやくでだせる。
どこからか取り出したヘアピンを寝グセのついたところで留める。
うん、可愛い。あいにく好きになってしまいそうだ。
別にダメというわけじゃないけど、今の関係が一番良いし。
崩したくないというのが正直なところ。
「どう似合う?」
「人並みにな」
「え、それは喜んでいいの?」
「もちもち。そろそろ行こうぜ」
「おっとそうだった」
言うが早いかペダルに足をかけ、自転車を走らせる。
美沙の後ろについた花咲。彼女の背中に目がいってしまう。
季節柄湿度が増してきたのが原因だろうが、美沙のワイシャツが背中にくっついてブラヒモを浮かび上がらせていた。
薄ピンクか……。ヤバい季節になりましたっ。
――学校に着き、前方に座っている女子のブラを眺めつつ授業を淡々と受けこなし、3hとなった。
このあと2時間調理実習である。実は理科の実験より楽しい。
しかも、今回班の中に高林さんが入ってるという偶然っ。
また旨しな味を堪能できるなんて……。
「先生がランダムで決めたわりに知り合い班になってるみたいだぞ」
「ホントだ。みんなわいわいやってる」
「ごめんね、私初絡み」
明の考察が聞こえてしまったか一人混じったクラスメイトが謝罪してきた。
むしろ謝らなきゃいけないのは先生だと思う。
この班の組み方はボッチをまったく考えていない。
「よろしくな」
「俺もよろしく。阿賀野さん」
「……これから……よく……阿賀野さん」
「ありがとっ」
俺らくらいじゃないだろうか。知り合い以外を受け入れてるの。
他の班なんて孤立者を作っている。
「はい、注目」
授業開始のチャイムが鳴り、先生が声を上げる。
まさかの黒板が二枚っ。上下にそれを動かし、文字の書かれたところで動きを止めた。
そこには『肉じゃが』と記してある。
なんだ、今日は運勢良いのか?
「今日は肉じゃがを作ってもらいます。材料はテーブルの上にあるので、レシピ通りに作ってください」
まさかまた高林さんの料理を堪能できるなんて思わなかった。
……いや、分かってる。
正確には、俺らも調理に参加するから純粋に高林さんが作ったものではないけど。
「あ、私タマネギ切る」
「ハンカチ用意しなくて大丈夫か?」
「え、なんで?」
さては、この子料理あまりしてないな。
タマネギの攻撃を知らない人は料理経験が、あって一・二回と浅い(偏見)。
「タマネギ切ると涙出るじゃん」
「大丈夫。前は出なかったから」
「それは、多分前は偶然出なかったんだって」
なんだ明のやつ。料理したことある体で語りやがって。
俺の知ってる限りでは得意そうには思えないんだけど。
「ん〜。でも、私ハンカチ持ってないし」
「……これ……」
「ありがとぉ。よし、見てて。涙出ないから」
ハンカチを持っていない女子っているの?
俺の勝手なイメージなのか? 高林さんからハンカチを受け取り包丁を握る。
ぎこちねぇ。左手はねこの手っ。手切らないといいけど……。
「痛っ」
「だ、大丈――」
「これがタマネギの威力っ」
手を切ったかと花咲が阿賀野に駆寄ろうとしたら彼女が莉音奈から借りたハンカチで目を拭った。
鼻をすすってまでいる。
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